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「ねえ、この隙間、何だか大きくなってない?」由美がポツリと言った。
「え?」言われて御子も気がついた。そう言えば、入って来る時は子供たちに引っ張られてギリギリ潜り込んでいたこてつが、さっきは楽々と通って行った。
あらためて見ると、だいぶ隙間が広がっている。さっきの爆発の振動で、広がったのかもしれない。
「これ、子供くらいなら、這いつくばれば、通れるんじゃないかしら?」
子供だけでも先に助ける事が出来るかもしれない。一気に希望が胸に湧く。
「だが、逆に言えば、ここにそれだけ極端な負荷がかかっていると言う事だろう。建物全体も歪んでいるかもしれない。いつまでも安全とは限らないぞ。早く子供達をここから逃がした方がいいかもしれない」
良平は、男性店員や、従業員たちを呼んだ。事情を説明すると、
「たしかに、せめて子供だけでも脱出させた方が良さそうですね。少しでも持ちこたえるように、上からの負荷を何かで支えましょう」
そう言って、良平と共に男数人がかりで、ちょうど良さそうな長さの、丈夫そうな商品棚の棚板や支柱を扉の隙間に、通る空間を確保しつつも、出来る限り押し込めた。
「子供たちを集めて。支えを入れて少し狭まったが、小柄な女性でも、もしかしたら通れるかもしれない。そういう人から先に脱出してもらおう」店員は母子たちの集っているところに急いだ。
最も身体の小さそうな、若い母親に、先に潜り抜けてもらう。窮屈そうに這って行ったが、なんとか通り抜ける事が出来た。
「これなら子供は通れる。早く、順番に潜り抜けてもらおう」
親たちにいい聞かせられて、子供たちが次々と隙間を潜り抜けていく。中には母親と離れるのを嫌がって、泣き出す子供もいたが、親の方も必死で子供を隙間に押し込める。子供も親の想いが伝わるのか、べそをかきながらも隙間の向こうに這いだした。
さらに小柄な女性が一人、潜り抜けて行ったが、最後の女性が抜け出る時に、ギギッと上から嫌な音がした。一応支えたとはいえ、これ以上は危険かもしれない。
「真見を、早く!」
良平に促されて、御子は真見を、隙間の向こうの若い母親に託した。
「救助隊もこちらに向かっているはずです。途中で会えるかもしれません。慌てず、落ち着いて行って下さい。子供たちを頼みます」
良平の言葉と、送りだした親たちの祈るような視線を受けて、二人の女性が、子供たちを連れて階段へと向かって行った。隙間から姿が見えなくなっても、そこに視線を送り続ける人や、その場に座って、手を合わせる人もいる。誰もが子供らの無事を祈っているのだろう。
「あとは、救助を待つだけですね」あの男性店員が良平に話かけた。
「きっともうすぐ、全員助かりますよ。こんなに皆さん、落ち着いているんですから。あなた達従業員の皆さんのおかげです。皆さんの気使いでパニックも起きることなく、子供達も脱出させる事が出来た。ありがとうございます」
おかげで真見も、脱出させる事が出来た。良平は心から礼を言った。
「お礼を言うのはこちらです。あなたのように冷静な方がいるから、皆、落ち着いていられるんです。爆発物の時と言い、さっきと言い」
「さっき?」
「さっき、子供たちを送り出すのに、ご自分のお子さんを一番最後にされましたね。あなたのような方があの場にいたから、誰も、我先にと自分の子供を優先させようと押し掛けたりしないんです。あの時、あなたが真っ先に我が子を助けようとしたら、動揺する人もいたと思います。あんなに小さな幼子を、あなたは冷静に最後に回した。なかなかできる事じゃありません」
気がつくと、親たちの視線が、御子と良平に集っていた。
その視線を受けて、必ず全員で無事に帰ろう。良平はそう思った。