種まき 1
会社の食堂の味は、週の真ん中である水曜日が一番美味しくなり、金曜日になればそこそこの味まで落ちる。そして会社で最も食事をに楽しめる日、それが今日だ。献立は味噌汁、米、とんかつ、なんとも素晴らしい組み合わせだ。
鼻歌を歌いながら列に並び、順番が来た。
食堂のおばちゃんとは仲良く噂話をする仲で、いつも米を人より少しだけ多くしてもらっている。おばちゃんが親指を立てて、ニコッとしたので、自分も感謝のウィンクで返した。人との関わりは大事に!サラリーマンの基本だ。
席について取り忘れがないかを確認した。うん、完璧だ。
「いただきます」手を合わせ命に感謝した。
まずはお米から。うん!やっぱり水曜日は一流だ、米の炊き方から違うのだろうか。人が違うとここまで変わるのかと感心した。
米の香りが口に広がりとほのかな甘味、そして嫌にならない粘り気としっとりさ。次はやはりとんかつだろう。カリカリとした衣が、油をまとって艶めいている。一切れを2本の箸で持ち、口に迎え入れた。ん〜この衣!バリバリと硬すぎず、肉の味が一番引き立たされる、絶妙な食感。そして何と言ってもこのお肉、ジューシーで綺麗な澄んだ肉汁がジュワっとひと噛みひと噛みで肉から放出される。そして、米を口いっぱいに放りこんで噛みしめる。あ、幸せ。
箸休めにとんかつ皿に盛られているシャキシャキキャベツを食べる。ついでに味噌汁も一口。ん?美味しいけど、なんだろうこの味は?少し酸味があって味噌汁にも合っている。
トマトだろうか?トマト味噌汁とはなかなかセンスがある。味噌汁はしっかりおだしを取っていて、旨味が凝縮されてトマトの味が違和感なく馴染んでいる。だが、味噌汁はトマトの味がするのに果肉が見当たらない、強いて言うならとんかつ皿のキャベツにポツンとミニトマトが置かれてるだけだ。少し不思議に思ったが、まあ美味しいし問題ない。とんかつ ✕ 米、まさに黄金比!夢の共演!肉の旨汁が上手に米と交わって吸収されて、ああ なんたるか。止まらない、手が、ああ止まらない。そして、フィナーレに味噌汁を一飲み。
「ごちそうさまでした」天井に顔を向けて神に感謝。
お盆を下げて、タバコ休憩をして自分のデスクに戻った。
僕のデスクは後輩に囲まれている。右に一人、左に一人、後ろにも三人、毎度のこと何故そんな非効率なオフィスになったかと思う。
だがたぶん、僕の教育担当になることが役員や出世の登竜門という噂が所以だろう。だが確かに僕が教育係に付いた後輩は皆、一人残らず僕を越えて凄まじい出世の道を登っている。
たしかに最初は育てた子猫に引っ掻き回されるみたいな気持ちだったが、今となって皆慕ってくれるし後輩の躍進を素直に喜べるようになった。なんなら最近では、親心さえ芽生えてきている。
「先輩、水曜日は相変わらず嬉しそうっすね。確かに美味しかったすもんね。」左の席の秋山くんが話しかけてきた。
「そうだろう、そうだろう!秋山君は分かってるねえ」彼の背中をポポンと叩きながら返事した。
「今日の味噌汁とか..」後輩がそう言い掛けた。
「そう!今日の味噌汁はトマトが入ってビックリしたけど美味かったよな」遮るように言ってしまった。
「あれ、トマトなんて入ってましたっけ?」秋山くんは、目ン玉を左上に向けて不思議そうにおでこに皺を寄せた。
あれ?と思った。彼も僕と同様、味には敏感で良い舌を持っている。まあ、そんなもんか人間だしと、思考するのを止めた。僕の方が舌が良いのだろう。




