第3話
11月24日。
今日はアレクの16歳の誕生日だ。
だが彼は今まで一度も自分の誕生日を誰にも話したことがない。
だから当然、誰かに祝われるとも思っていなかった。
そもそも本人が言わない限り、誕生日なんて分かるわけがないだろう?
教室へ入ったアレクは、健の隣の席へ座る。
その後ろには、もう一人の友人である一郎が座っていた。
白く染めた髪と茶色の目を持つ彼は空手部所属で、学校では不良扱いされている。
もっとも、本人は虫一匹傷つけられないような性格なのだが。
席に着くと、二人ともこちらを見ていることに気付いた。
(今度は何企んでるんだ……)
すると一郎が口を開く。
「今日が何の日か知ってるか?」
「金曜日」
すると健が口を挟む。
「月の日付だよ、バカ」
「11月」
「11月の何日だ?」
「24日……?」
すると残りの友人たちが現れる。
手には誕生日ケーキ。
「1」と「6」のろうそくが立っていた。
彼らはアレクを囲みながら、英語でハッピーバースデーを歌い始める。
「Happy birthday to you, happy birthday, happy-」
「なんで俺の誕生日知ってるんだよ? 誰にも言ってないぞ」
全員が気まずそうに沈黙した。
やがて健が渋々口を開く。
「長い話なんだ……」
◇
歴史担当の田中先生は、いつも通りやる気のない授業をしていた。
たまに挟まる寒いジョーク以外は特に変化もない。
生徒が単位を落とさない限り何も気にしないような、かなり適当な教師だった。
するとアレクが席を立ち、教室の出口へ向かう。
「先生、ちょっとトイレ行ってきます」
「もう少し上品な言い方をしなさい……」
アレクは廊下を歩きながらトイレへ向かう。
その途中で一枚の掲示板を見つけた。
各月ごとに欄が分かれていて、生徒たちが自分の名前を書くためのものだ。
どの月生まれかを書く、生徒会のちょっとした遊びである。
アレクは何気なく10月の欄に自分の名前を書いた。
◇
その後、健と一郎がそこを通りかかる。
二人は10月の欄に書かれたアレクの名前を見つけた。
「おい、健」
「なんだ?」
「アレク、今月16歳になるんだな……」
「クソ、祝ってやりたいけど、あいつ誕生日を教えたことないだろ。だから絶対分からないぞ」
「一人だけ助けてくれそうな人がいる」
「誰だ?」
◇
「片川先輩! アレクの誕生日教えてください!」
二人はそう叫びながら深々と頭を下げた。
「それくらいなら手伝えるわ。ちょっと待ってて。奨学金の書類を確認させるから」
そう言うと、葵は明らかに仕事に追われている生徒会書記へ振り向く。
黒いネクタイなので一年生だと分かった。
「鈴木さん。ブラックウェル・アレクの奨学金書類を持ってきて」
「ひどいです! 生徒会書記を個人秘書みたいに使わないでください!」
「命令よ」
「はい……」
◇
「つまり、お前らは葵が汚職まみれなのを利用して俺の誕生日を調べたってことか?」
「そうだ」
「ありがとう……と言うべきなんだろうけど、普通に聞けばよかったんじゃないか?」
「……あ」
二人は顔を見合わせる。
まるで今になって重大な発見をしたかのようだった。
「まさか今まで気付いてなかったのか……?」
◇
いつものように、アレクと葵は一緒に下校していた。
すると突然、葵が口を開く。
「誕生日おめでとう、後輩くん」
「もう同い年だろ……」
「それでも私の方が一つ年上よ」
葵は頬を膨らませる。
そしてポケットから二枚の路面電車の切符を取り出した。
「それと、プレゼントを用意したわ」
「何だよ?」
「私はとても優しくて寛大な友達だから、京都旅行をプレゼントしてあげる」
「俺たちもう京都に住んでるだろ」
「だから選んだのよ。便利だから」
「ああ、本当にありがたいな。たった二百円もの偉大な祝福を俺なんかの魂に授けてくださってありがとうございます」
彼は大げさで皮肉っぽい口調で言った。
「でもまあ、本当にありがとう。切符はありがたくもらうよ」
「まあ〜、なんて素敵な若者なんでしょう〜」
葵はわざとらしく言った。
「でも本当によかったわ。それに一番高い出費はそれじゃないの」
「どういうことだ?」
「月曜日まで観光エリアのホテルに泊まるの」
それは突然すぎる。
まあいいか。
ただの友達だし。
「月曜日って普通に授業あるだろ?」
「あるけど大丈夫よ。適当に言い訳するから」
「そこは妙に信用できるな……。でももっと重要なことがあるだろ」
「何?」
「女が三日間も男友達とホテルに泊まるって、親とか心配しないのか?」
「大丈夫。私、兄と住んでるから」
「え?」
「両親が離婚して、兄と暮らすことになったの」
「それはちょっと情報量が多いな……。でも俺も人のこと言えないか。養子だし」
「さらっと爆弾発言しないでよ……」
「というか、男友達といきなりホテル泊まるのって普通に危なくないか?」
しまった。
確かに危ないかもしれない。
でもまあ、ただの友達だし……。
「へぇ〜。そういうこと考えてたんだ〜?」
「欲求不満なのか?」
「違う!」
葵は慌てて顔を背ける。
頬が少し赤かった。
「分かるよ。俺がイケメンだからな。順番待ちしてくれ」
彼は大げさな尊大さで言った。
「本当に死んでくれないかしら」
葵の顔から一瞬で赤みが消える。
表情も完全に真顔になった。
「それはひどくないか……?」
「当然よ!」
「怒ってるのか?」
「怒ってる!」
アレクは敗北したようにため息をついた。
「アイスでも奢ったら許してくれるか?」
「……たぶん」
◇
アイスクリーム店へ入ると、葵の機嫌は一瞬で回復した。
アイスを一口食べた途端、怒りなど跡形もなく消えてしまった。
(ちょろいな……)
「美味しいか?」
「うん!」
「さっきまで怒ってなかったか?」
「今は怒ってない」
「この女……」
アレクは呆れたように呟いた。




