21話 ~Last~
ゴミの無いゴミ捨て場の前に立ち止まり、しばらくの沈黙のあと、真利亜がぽつりと口を開いた。
「行っちゃうんだね………」
「うん。待っている人が、いるから」
フレイヤが静かに頷く。彼女の祖国は今、魔物の侵攻によって甚大な被害を受けている。国を立て直し、魔物に対抗するためには、彼女が手に入れた『金』の莫大な資金力がどうしても必要なのだ。だからこそ、目的を果たしたフレイヤは一刻も早く元の世界へ戻らなければならない。
それは真利亜も十分に理解していた。それでも、聞かずにはいられなかった。
「また、来てくれるんだろう?」
招福の問いかけに、フレイヤは愛おしそうに微笑んだ。
「はい。きっとすぐに。今回は様子見、のようなものでしたから。こちらの世界で金が手に入ることがはっきりと分かりましたので、資金調達のためにきっとまた来ることになると思います」
「私、毎日ここに来る。フレイヤがもう一度来てないか、毎日見に来るから」
「ふふ、ありがとう、真利亜」
フレイヤは持っていた傘を静かに畳み始めた。
「いまから、真利亜が『見たい』って言ってた魔法を使うよ」
「え……何をするの?」
「向こうの世界に渡るために、時空に穴を開けるの。今からここに黒い渦が現れるけど、怖がらなくて大丈夫だから」
「時空に穴って……本当にそんな事が出来るの?」
「だから私は、この重大な任務の術者に選ばれたのよ」
「フレイヤって、本当にすごい魔法使いだったんだね……」
「だから今までもそう言ってたでしょ! 二人とも全然信じてくれないんだから」
ぷくっと膨れて見せるフレイヤの表情に、招福と真利亜はたまらず吹き出した。いつもの、大好きなフレイヤの顔だった。
「それじゃあ、いくね。本当にありがとう。二人のことは、向こうの世界に戻っても絶対に忘れない」
「こちらこそありがとう、フレイヤ。楽しかったよ」
「すぐに、すぐに戻って来てね」
二人が微笑みを返すと、フレイヤは両手を前に突き出した。
その手の平の先から、バチバチ、と強烈な放電音が鳴り始める。金属を激しく研磨した時のような、独特な金臭い匂いが、夜の雨の匂いと混ざり合って鼻を突いた。
「――、――、――」
呟くような静かな声量で、この世界の人間には理解不能な言語(呪文)を発するフレイヤ。次の瞬間、ゴミ捨て場の上空に巨大な魔法陣が出現した。
「うっ………!」
あまりの凄まじい光量に、招福は思わず腕で目を覆った。眩い光の中心で、今度は小さな黒い渦が、次第に大きさを増していく。
「ありがとう招福。ありがとう真利亜。私、いくね」
最初は握り拳ほどだった黒い渦は、瞬く間にフレイヤの身体がすっぽりと収まるほどの大きさにまで拡大した。
中心に向かって猛烈に回り続けるその渦には、音も風もなかった。しかし、そこには確かに異様なまでの、空間の歪み(プレッシャー)が存在していた。触れればタダでは済まないことが、人間の本能で察せられるほどの超密度。
「気をつけてね!」
「大丈夫。二回目だから、今度はあっちに着いても気を失わないと思う」
「また来てね!」
「約束する」
フレイヤと真利亜は、ガッチリと互いの手を握りしめた。
真利亜は本来、極度の人見知りな性格だ。学校でも友達と呼べる人はほとんどいなかったし、高校を中退した大きな理由の一つもそれだった。それなのに、なぜだかフレイヤとだけは、驚くほど早く打ち解けることができた。真利亜にとって、フレイヤは本当に特別な存在になっていたのだ。
「ありがとう」
何度目か分からない感謝の言葉を告げると、フレイヤはついに背を向け、アタッシュケースを抱え直して黒い渦に向かって歩き出した。
いつの間にか止んでいた夜の雨。その静寂の中へ消えていく背中に向かって、真利亜は言葉にならない惜別の叫びをあげた。
――その瞬間。
視界が強制的にシャットダウンされたかのような、完全な暗闇が広がった。
どれほどの時間が経っただろうか。
次に気がつくと、さっきまで夜だったはずの世界に、頭上からギラギラとした強烈な太陽の光が降り注いでいた。
「あれ………?」
招福の間抜けた声が、どこか見知らぬ荒野に響き渡った。
慌てて辺りを見回すと、自分のすぐ隣に真利亜、そしてその目の前に、呆然としたフレイヤが立ち尽くしている。
「これ……どこ……?」
「嘘でしょ……?」
招福と真利亜が、冷や汗を流しながらフレイヤの顔をじっと見つめる。
視線を浴びたフレイヤは、アタッシュケースを抱えたまま、冷や汗を流してぎこちなく頬を引きつらせた。
「えーと………どうやら、空間魔法に、ちょっとしたミスがあったようです。……でも仕方がありません。私があちらの世界(地球)で、あの魔法を使うのは初めてでしたから! ………というわけで、異世界へようこそ。心から、歓迎します……!」
「「嘘だろ(嘘でしょ)ーー!!」」
フレイヤの開き直ったようなカタコトのセリフに、招福と真利亜は絶望の叫びをあげながら、その場に膝から崩れ落ちるのだった。
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