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剥製屋事件簿<山わらわ>  作者: 仙堂ルリコ


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14/16

年越し


「俺が、カオルにモモタロウの話をしたのが、発端だよね」

「……セイに落ち度は無いわ」


「『せんでええ(しなくていい)ことして……死ぬ運命や無かったのに』って、山田社長が言ってたんだ」

 死ぬ3時間前の写真に<死の影>は無かった。


「あの人、『しなくていいこと』したんだろうか?」

 長井のわめき声を聞き、検索行為。

 突発的な行動はそれだけ。

 しなくていい、らしくない行動だったのか?


「セイ……それで?」

「『誰かが、しなくていいコトをした』と、そういう意味で言ったのかも。誰かは、俺かも知れない」

「セイが?……何しちゃったの?」


「あの時カオルに、何してるか聞かれた。イノシシの話は当然だ。でも……モモタロウの話を何で、長々と喋ったのか……」

 薫が工房に来ると予想できた。

 電話で伝えるべきは

 喰刀庵からもどったところ、

 漆黒のイノシシ解体中、

 この2点だけ。

 モモタロウとレオの話は、後でよかったのだ。


「可愛い子だったから印象が強くて、つい喋ったのかしら」

「まあ、そうかも」

「……どうして親は殺そうとしたんでしょうね」

 マユは顎に白い指を当てる。

 暫く何か考え、

 つと、立ち上がった。


「セイ、桃太郎の家来はキジと猿と犬だったわね」

「はあ?」

 なんでまた桃太郎?


「モモタロウ君の家来は、黒いイノシシとフクロウみたいな動物のお医者さんと、剝製屋、かもしれない」

「……俺が、家来?」


「黒いイノシシに導かれてモモタロウ君の元へ。それが始まり。巡り巡って鬼退治成就ね」

 聖は間接的にモモタロウの存在を長井に知らせ、

 結果、長井は雪深い谷へ行ったのだ。

 長井(鬼)を焼身自殺に追い込めたのは、聖の働きがあったから。


「何か美味しい食べ物、貰ってない?……きびだんごに相当するような」

「へっ?」

 団子、美味しいと聞いて

 喰刀庵の団子汁、あの舌触りが蘇ってしまった。


「あれを喰ったんで家来になった、って?」

 知らない間に家来にされて、操られていた?

 まさかと、スルー出来ない。

 マユが言うのだからと真に受ける。

 

 でも、

 マユは笑っている。

「だったら面白いのにね」

 と。

「なんだ、脅かさないでよ」

 からかわれた、だけ。

 ……なあんだ。

 

 マユは(ふふ、ふ)と

 まだ笑っているから

 釣られて聖も笑ってしまう。

 囚われていたマイナス思考が

 どっかへ行ってしまった。

 


 2日後の昼時

「セイ、事後報告や」

 薫が電話を架けてきた。

 

「長井の嫁が自白したと、谷本はんが、知らせてくれた。息子の生存を聞き、観念したんやて。何もかも長井が主犯。自分は従うしか無かったんやて」

 長井は、2年前から心療内科に通院、服薬していた。

 自覚症状は不眠、食欲不振、手の震え。

 鬱病の診断。

 感情不安定で妻子への暴力もあった。


「思い込み激しく、過剰反応の傾向あり。……あの日、俺が電話で話してンのを聞き、パニクったんやな」。

 勢いにまかせトイレで『妻』に喚いた。

 自分は、(娘の下着が汚れていたので)車に着替えを取りに行っていた。

 戻ると、夫が幽霊を見たように驚いた。

 その次に、恐ろしい形相でトイレのドアに身体をぴったり寄せ(静かに)

 と、自分に合図を送る。

 全く状況が分からなかった。

 

 数分後に、夫がドアに体当たりした。

 その後何が起こったかは見ていない。

 知らない女の人を殺すなどと、知ってはいなかった。

 夫は人が変わったように、凶暴な顔つきに変わってる。

 こんな時は、逆らってはいけない。

 質問も怒りをかう。

 自分も娘も、殺されてしまう。

 ……夫の指示に従うしかなかった。


「突発的犯行か……けど子供殺しは計画的だよね」

「うん」

「で? なんで殺そうとしたの?」

「自分の子や無い、悪魔の子やと、言い始めたんやて。妄想もあってんな」

「妄想が<殺害動機>か」

「あの子が一番、長井に殴られていたらしい」

「つまり、虐待されてたんだね」

 父親の皮を被った鬼ではないか。

 

「あの子のコトは心配せんでええで。近々な、児童福祉センターから面談に行く。保護者(母親)が身柄拘束中やからな。複雑やねんけど」

 複雑すぎて極秘に事は動いている。

 当面報道もされない。

「正月は、あのログハウスでゆっくり迎えられる。セイ、一件落着やで」

 薫の声は明るい。

 聖は、全て終わったのだと安堵。


「ほんで、明日やけど、俺らの年越しは、セイのとこでゲーム対戦、やんな?」

「え?……あ、うん」

 その予定は忘れていた。

 ……いや、初耳かも。 


「悠斗はな、山田社長の差し入れ持って行く。熊さんはな、デパ地下で揚げもん買うて行く言うてた。セイは、ビール担当やで」

「わかった。一杯買っとく」

 

 そうと決まれば、色々準備が必要だ。

 まず切りの良いところまで作業を終わらせた。

 2階の寝室をざっと掃除して……。

 買い出しは、今日行った方がいいか……。

 楠本酒店が閉まっちゃったのは不便……。

 

 午後は慌ただしく過ぎた。


「セイ、なんだか楽しそうね」

 マユはローテーブルを指差す。

(ゲームのコントローラーが数個、さっくり置いてある)


 明日、薫達が来るのだと伝える。

「鈴森さんも、来るのね?」

 マユは大事なことのように聞く。

「……あ、例のミヤタと、鈴森さんが連れてきた獣医と、同一人物か、聞いてみるよ」

 

 <あやかし>と矢馬は呼んでいた。

(人里に戻したらアカンで。山におったら、だんだん元気になると思うで。

そのうちに心臓も動き出すやろ。『黒いお方』はな、だんだん弱っていくと思うけどな)

 ミヤタはモモタロウの潰れた足を切り取り、黒い瓜坊に喰わせた。

 マユは(呪術使いかしら)と。

 

 本当は何者なのか、マユも知りたいのでは?

「それ、なんだけど。鈴森さんに聞かないで欲しいの」

「へ?……マユは気にならないの?」

「……知らなくていいコトだと思うの」

 知らない方が良い、と聞こえた。

「わかった。俺が知る必要ないしね」


 翌日、まだ明るい時間に

 近くでトラとシロの鳴き声。

 ドアを引っ掻いて、入れてくれと鳴いている。


 外に出ると

 薫と鈴森と悠斗が、やってきた。

 雪が積もった森から出てきた。

 それぞれが紙袋を提げている。


「カオル、鈴森さんと一緒に来たの?」

 トラックに乗せて貰ったらしい。

「しやで。柿の葉寿司、買うてきてん」

 紙袋を見せる。


「それと……花も、持ってはったからね」

 と、鈴森が付け足す。


 花って……なに?

 聞く前に薫が呟いた。


「遺体発見現場に供えてきたんや。事件解決の報告してきた」

「あ……そっか」

 聖は軽く返したが、

 内心動揺していた。

 自分は、花を供えるなど思いつきもしなかった。

 自分が余計なコト喋らなければ、あの人は殺されなかったと、

 考えれば気は重かった。

 ……けれど、死者を憐れんではいなかった。

 無関係でありたい、そんな冷たい心しか無かった。

 小さい男だと自分が情けなくなる。


「仕事収め、でしたな。お疲れさん」

 鈴森は誰にともなく言い、

 聖の肩をポンと叩いた。


(誰の役にも立てへん感傷ですよ)

 鈴森の声が聞こえた気がした……。 


 鈴子の差し入れは

 一升瓶2本と、3重おせちが4セット、カニ缶やらスモークサーモンやら。

 鈴森はデパ地下で牛カツとヒレカツ、エビフライに牡蠣フライを買ってきた。

 悠斗は、アイスクリームとシャインマスカットを。


「ちょっと……多すぎませんか?」

 と、悠斗。

「人間だけやったら、多すぎますけどね」

 鈴森はお座りしているシロとトラに、大きな牛カツを一枚ずつ与える。


「柿の葉寿司は後やで。ゲームしながら食べるねん」

 薫が缶ビールを配り、宴が始まる。

 料理も酒も美味い

 ゲームは面白い

 笑い声が絶えない。

 とびきり楽しい一夜。


 聖の脳内は、

 酔うほどに笑うほどに楽天思考に傾いていく。


 悲惨な事件の全体像は希薄になり

 可愛らしい『モモタロウ』だけが残る。


(年が明けたら、モモタロウとレオに会いに行こうかな)

 軽率に思ったりもする。

(やっぱ、直ぐ行くのはダサいな。桜の頃がいいか。桜を見に来たついでに寄ったとか)

 桜が咲く頃には

 モモタロウの顔も忘れているかもしれないと、理性で知っていながら……。


 1月18日

 薫からライン


「報告。1月8日長井タクト死亡。

(健康診断のため)N子供病院に向かう車中で心肺停止。

 就眠中に突然死。死因詳細不明。解剖要請なし」

 

 聖は、あのモモタロウが死んだと理解するまで

 何度も読み返した。




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