第8話 お手伝いさんが最強すぎるのだけど。
「兄さ〜ん♡ こっち来てよ〜♡」
休日の昼下がり。リフォームされたばかりの自室の他に、無駄に広すぎるリビングルーム。
城ヶ崎春は、フカフカすぎるソファの上でゴロゴロしながら、テレビのバラエティ番組をぼんやり眺めていた。
「なぁ結衣。なんでリビングに暖炉あんの?」
「兄さんには癒しが必要だから♡」
「てかこの暖炉、1時間で薪5束使うって書いてあるんだけど!? 燃費どうなってんだよ!」
「兄さんに燃費とか関係ないでしょ♡」
「俺は車か!!」
結衣は、白いフリルのワンピースに身を包み、なぜか兄の真横にぴったりくっついている。
気づけば手にはマッサージオイル、足元には謎の高級足湯バケツ。
「ほら♡ 足揉んであげる。兄さん最近お疲れだもんねぇ♡」
「いや疲れてねぇし! なんだよこの距離感! 兄妹ってこんな近かったっけ!?」
「私はいつでも兄さんの“半径30cm以内”にいたいの♡」
「狭すぎだろ!! 俺のプライベート空間どこ!?」
──その時。
玄関の扉が静かに開き、ヒールの音がリビングへ向かって近づいてくる。
「ただいま戻りました、お嬢様。そして春様。高級紅茶と、例の“月に一度だけ幻の牧場から直送されるバター”を購入してまいりました」
現れたのは、長身で気品ある佇まいの美少女。
銀髪ロングにメイド風の控えめな制服。完璧な身のこなし、落ち着き払った声。
彼女こそ、城ヶ崎家のお手伝い──
**橘花 凛**である。
「ちなみにこのバター、運送の際に“専用セレモニー”が必要で、現在は入荷数が月に1個です。私が拳で競り落としました」
「なんでオークションを物理で制圧してんだよ!!」
凛は静かに微笑み、すっと足湯バケツを横に移動させる。
「お嬢様、本日の“兄妹密着足湯タイム”は、リビング使用規定第13条により却下されます」
「そんな条文ないよ〜!」
「今、作成して脳内議会で可決しました。施行済みです」
「議会どこ!? てか独裁国家すぎるだろ!?」
凛は続けて淡々と指摘する。
「それにお嬢様、マッサージオイルが“兄さん特製スペシャルブレンド”ってラベルになってます。これは偽装表示ですね」
「うそっ!? じゃあ今度“兄さん直搾り”って名前にしとく!」
「それはそれでアウトです。出所が倫理的に問われます」
春は目を覆った。
「俺の休日が……静寂のない地獄と化していく……」
「ふふ、兄さんがいるから楽しいんだよ?♡」
凛は淡々とティーカップを並べながら、最後に一言。
「それにしても……ご兄妹の距離感、物理的にも精神的にもゼロ距離ですね。
このままでは近隣住民の空気にも影響を及ぼす可能性が──」
「うち防音完備だからッ!!」
春のツッコミを聞きながら凛は、
結衣との出会いについて回想していた。
場所は、とある超高級ホテルのラウンジ──
世界中の富豪・要人が集う、通称“億超えサロン”。
静かにピアノの旋律が流れる中、ひときわ目立つのは…
「あなたが、わたくしをスカウトした少女──城ヶ崎 結衣さん、ですね」
凛と名乗る黒髪の少女は、紅茶を優雅に一口啜りながら言った。
その姿はまるで貴族令嬢。完璧な礼儀作法、整った容姿、静かな威圧感。
対するのは中学制服姿の結衣。にっこり微笑んだまま、カップを置く。
「うん。会いたかったよ、橘花 凛さん。あなたの噂は色んな市場から聞いてた」
「市場…?」
「カリブ海の財閥解体戦、東欧債権バトル、アフリカの水利利権交渉──
ぜーんぶ、あなたが暗躍してたでしょ?」
凛の目がわずかに見開かれる。
この少女、一体何者──?
「…あれは極秘のはず。どうやって私の素性を?」
「そんなの、兄さんに比べたら簡単だったよ♡」
「……兄?」
「うん。私の大事な、世界一尊い兄さん。
その兄さんのためにね、私は優秀で完璧なお手伝いさんを探してたの。
だから──」
結衣は小さく笑って、まっすぐ凛を見つめる。
「私の“右腕”になってくれない?」
──沈黙。
高級ラウンジの空気が、一瞬止まる。
「……その依頼、詳細を」
「お手伝いとして家事全般はもちろん、兄さんの健康管理、
学園生活の情報収集、必要なら企業交渉や国家間合意もお願い。
あと、可愛い妹としての私を尊重することも、必須条件です♡」
「最後だけ基準が抽象的すぎます」
「大丈夫。慣れたら可愛いが常識になるから♡」
凛は紅茶を飲み干し、静かに立ち上がる。
「──ふふ、面白い。
完璧を自称する子どもなど、鼻で笑うつもりでしたが……
貴女は、“規格外”ですね」
そして、右手を差し出す。
「よろしければ、あなたの“完璧な右腕”としてお仕えしましょう。
兄上のために」
「契約成立♡ よろしくね、凛」
──こうして、
完璧×天才、静×暴のバランスが絶妙すぎるコンビが誕生したのである。
城ヶ崎家に嵐が吹き荒れる日々の、始まりだった──。