第9話 凛の初任務編
朝の城ヶ崎邸。
完璧な制服姿でキッチンに立つ橘花 凛。白いエプロン姿は、まるで高級ホテルのメイド。
「本日の朝食、城ヶ崎春様には糖質バランスを調整した和洋折衷セットを。
副菜には、昨日の栄養摂取状況から鉄分強化を加え──」
「おおー凛、今日も完璧♡ ありがと♡」
ソファに寝転ぶ結衣が、ダラダラしながら親指を立てる。
「……結衣様、制服、後ろ前に着ておられます」
「うっそ! 兄さんの前じゃなくてよかったー!」
「春様はすでに、玄関で靴を履いています」
「ギャアアアアア!!」
そんな賑やかな朝が終わり、春が登校すると──
結衣は、凛に一通の封筒を差し出した。
「じゃーん。これが初任務だよ、凛!」
「……“兄さんの学園に潜入し、不審人物の排除および交友関係の精査”──
これは、もはや諜報活動の類では……?」
「違うよ? 兄さんのことが心配なだけ♡」
「(いつものやつだ)」
「凛、あなたなら余裕でしょ? なんなら副会長にでもなって、兄さんの行動を正面から監視してもいいよ?」
「“副会長”の下りがさらっと出る時点で、学園システムを舐めすぎでは……?」
──その日午後。
春が教室で昼寝していると、クラスがざわついた。
「え、誰あの美人……!?」
「転入生? モデル? 芸能人? メイドっぽい?」
「こっち来るぞ……!」
扉から現れたのは、完璧な姿勢で立つ、黒髪の少女──橘花 凛。
「皆様、ごきげんよう。私、本日よりこの学園にお仕え──いえ、通わせていただきます、橘花 凛と申します」
「ちょっとまて!? “お仕え”って何だ今!?」
兄・春が立ち上がるが、凛は完璧な微笑で応える。
「偶然ですよ、春様。まったくの偶然でこの学園に──」
「お前、今“春様”って言っただろ!?」
「気のせいです」
周囲の生徒はぽかんとしていたが、すぐに凛の美貌と知性に釘付けとなり、
担任は「この学園に入学許可を出した覚えは……あ、出てた」と書類を確認してうなずく。
(結衣がどんな手を使ったんだ……!?)
その日のうちに、凛はテストで全教科満点、体育では100mを11秒で走り、料理実習では教員より早く完成させ──
気づけば、「学園広報誌の表紙」「副会長就任要請」「生徒会からスカウト」まで受けていた。
──そして放課後。
「兄上、本日の交友関係は特筆すべき変動なし。
ただし、2時間目に隣の席の女子が話しかけていましたね」
「えっ、それまで見てたの……!? ていうか、なんで記録取って──」
「……不審者かと思いましたが、ただの国語のノート貸し借りでしたので見逃します」
「見逃さなくていいよ! ていうか、どう見ても俺が不審者みたいに……!」
「ご安心ください。結衣様からの指示で、24時間体制で春様を護衛します」
「監視じゃん!!」
──こうして、凛の初任務は大成功(?)で終わったのだった。
学園はますます結衣と凛に支配されつつあることに、春だけが気づいている──。
次の日ー
その日、学園では生徒会役員の改選が告知されていた。
「生徒会副会長選挙だってさ~」
「このタイミングで転校生が出る幕ないよな」
「……いや、あの橘花 凛って子、もしかして出馬する気じゃ?」
「まさかねぇ」
──しかし、その“まさか”が現実になるのがこの学園である。
「皆さま、投票用紙はお手元にございますか?
私、橘花 凛は、学園の秩序と品格、そして兄上の健やかな学園生活のため──
いえ、皆様のため、全力で職務に励ませていただきたく思います」
壇上に立つ凛。
その演説は、理路整然としていて一切の隙がなかった。
いや、少しだけおかしかった。
「兄さんの健やかな学園生活」というワードだけが浮いていた。
が、それ以外が完璧すぎて誰もツッコめなかった。
「演説原稿、AI使ってるんじゃ?」
「いや、あれは自作だって……」
「スーツ似合いすぎて怖い……!」
春は教室でプリントを見て頭を抱える。
「おい待て、これ完全に俺の監視強化じゃん! 何で副会長に!? っていうかそもそも選挙出たのおかしくないか!?」
「春様、私の選挙戦略に抜かりはありません。
すでに、主要クラブ代表者、学年委員会からの支持も取りつけております」
「どこの政党だよ!!」
そして選挙当日──
橘花 凛、圧勝。
開票結果:
•橘花 凛:全校票の98.6%
•他の立候補者:1.4%
•無効票:2票(うち1票は「結衣様」とだけ書かれていた)
凛は当選の挨拶でこう言い放った。
「皆さまの期待にお応えすべく、まず初手として、学園の自動販売機をすべて“春様好みの甘さ控えめ紅茶”に切り替えます」
「やめろおおおおおおお!!!」
「そして、今後の生徒会定例会議は、春様の下校時間に合わせて調整します」
「だからそれ誰得なんだよォ!!」
「結衣様 得です」
学園全体が、徐々に“城ヶ崎家”に染まりはじめている。
その裏で、結衣は家のソファでくつろぎながら画面越しに凛の活躍を見守っていた。
「ふふふ……凛、いい働きっぷり♡
これで兄さんの周囲から“面倒な女”を全部フィルターできる……!」
「“面倒な女”って私たちのことでは?」
「え? 凛は例外だよ♡」
「……光栄です、結衣様」
──そして今日も、学園では春が静かに叫ぶのであった。
「俺の居場所、どんどん狭くなってない!? いや物理的にも心理的にも!?」




