第32話 島でも妹は最強でした
期末テスト最終日。
帰宅した城ヶ崎春は、制服のままリビングのソファにバフッと倒れ込んだ。
「終わった……すべてが……」
全教科を全力で乗り越えた春の脳は、もはや空っぽ。
黒板の文字も、先生の声も、鉛筆の感触すら記憶にない。
「もう……明日から1週間、絶対なにもしない。人間やめる……」
そのとき――。
「兄さん♡」
涼しげな声とともに、ふわりと良い香りが鼻をくすぐる。
いつの間にかソファの背後から登場したのは、妹・城ヶ崎結衣。
パステルカラーのワンピースに、キラキラのサングラス。
見るからにバカンス仕様である。
「お疲れ様。よくがんばったね、兄さん♡」
「はあ……まあな……」
「そんな兄さんのために――はいっ、テスト終了ごほうび!」
彼女が差し出したのは……1枚の分厚い書類。
「……何これ?」
「所有権移転契約書だよ♡ 今日から、この無人島は私たちのもの!」
「はああああああああ!?!?」
◆
次の日。
春は気づけばヘリの中だった。
「説明しろ!もっと事前に段階を踏んで説明しろ!!」
「だって、“兄さんに静かに羽を伸ばしてほしい”って思ったら、リゾート地じゃ不十分かなって。
だったら、いっそ――島、買っちゃえばいいって♡」
「その思考の暴走が怖いんだよ!毎回フットワークが商社!!」
「ふふっ、ちゃんと安全確保も万全だよ♡」
座席の向かいには、いつもの顔ぶれ――
お手伝いさん・橘花 凛と、生徒会長・霧島 梓がなぜかフル装備で座っていた。
凛「島に着いたらまず物資の確認と、緊急時の脱出手段の確保を行います。あ、カヌーは4艇用意しました」
梓「無人島でサバイバルとか……ほんとにバカらしい……(でも少し楽しみ)」
春「いや、お前らなんで普通に乗ってんの!?」
◆
到着した島は――まるで絵に描いたような美しさだった。
白い砂浜、透明な海、ヤシの木、そして……妙に完成度の高いログハウス。
春「え、もう建物ある……?」
結衣「うん♡ プレハブじゃ味気ないから、別荘業者に頼んで昨日のうちに建ててもらったよ♪」
春「昨日っていつの昨日!?」
凛「ちなみにソーラーパネル完備で電気も自給可能です」
梓「非常食も完備してるし……実質、陸地と変わらないわね……」
春「俺の癒しの無人島プランは!? 大自然の中でスローライフってやつは!?」
結衣「安心して兄さん♡ 夕方からは“妹と楽しむ島での1日デートコース(全4時間)”を予定してるから♡」
春「俺の自由時間はどこ!?」
◆
島探索開始から30分。
春は日陰のハンモックでようやく寝転がることに成功していた。
「ふぅ……ようやく静かに……」
そこに――
バッシャアアア!
海から豪快に水しぶきを上げて現れる結衣(シュノーケル装備)。
「兄さん!シュノーケルしよっ!」
「今から寝ようとしてたんだが!?」
結衣「じゃあ!浜辺で貝拾い競争!」
春「それも元気出す系だろ!?」
結衣「じゃあ!夜は花火で“兄さんシルエット文字”作ろうね♡」
春「お願いだから30分だけ放っておいてぇぇぇぇ!!」
夕方。
海に沈む夕日が、島全体をオレンジ色に染め上げていた。
春は波打ち際のハンモックに身を預けていた。
「……ようやく、ちょっとだけ静かになったな……」
目を閉じると、潮風と鳥のさえずり。
非日常のはずなのに、どこか懐かしいような、穏やかな空気。
……と思ったのも束の間。
「兄さーん♡」
パラソルの影から飛び出してきたのは、もちろん結衣。
水色のパーカーを羽織った上からでも分かる、濡れた髪と濃縮された元気。
「次はね、兄さんと2人きりの夕日クルーズだよ♡」
「もうちょっと寝かせてぇぇぇ……!!」
◆
島での生活2日目。
相変わらず春は振り回されていた。
【午前】結衣とビーチバレー(凛のサーブが強すぎて春だけ地獄)
【昼】梓による“砂の要塞講座”(なぜか理論から入る)
【午後】凛の主導で“結衣様のためのアイスかき氷対決”(なお氷はヘリ空輸)
そして――夕暮れ時。
「……はあ……今度こそ、静かな時間を……」
そうつぶやいた瞬間、後ろから誰かがそっとタオルを肩にかけてくれた。
「……兄さん、疲れた?」
結衣だった。
濡れた髪をまとめて、ラフなシャツに短パン姿。
普段の完璧系ではなく、どこか“妹らしい”姿だった。
「まあな。なんだかんだで、楽しかったけどな」
「ほんとに……?」
「……楽しかったよ。やっぱ、すげーな、結衣って」
「えへへ……兄さんがそう言ってくれると、報われるなぁ」
静かに並んで座り、夕日を見つめる二人。
春は、ふと思い出したように尋ねた。
「なあ、結衣。なんでこんな大掛かりなこと……島まで買ってさ。勉強終わった後の“ただの休み”に、そこまでやる意味あったか?」
「あるよ」
即答だった。
「だって、兄さんががんばったから。がんばった人には、世界でいちばんのごほうびが必要でしょ?」
「世界一って、島かよ……」
「うん♡ あとね……この島、実はもう1個あるの」
「は?」
結衣は立ち上がると、少し歩いて砂浜に手を差し伸べた。
そこには、木で作られた小さな鳥居と社殿が立っていた。
「“兄さん神社”だよ♡」
「おいやめろおおおおおおお!!!!」
「兄さんの健康と成績と人生の幸福を祈願する、妹による、妹のための、兄推し神社♡」
「やっぱり妹、こええぇぇぇぇぇ!!」
◆
その夜。
焚き火の周りで全員が輪になって座り、ゆったりと語り合う。
凛「春様は意外と泳ぎが得意でしたね。あ、でも後半バテてました」
梓「なぜか私が海の家の売り子やらされたんだけど。焼きそば何人前作ったと思ってんのよ……(くすっ)」
結衣「ふふ、来年はもっと大きな島でもいいかもね♡」
春「もうやめてくれ!十分だから!!」
◆
帰りのヘリの中。
春はぐっすりと眠っていた。
結衣はそんな兄の横顔を眺めて、小さくつぶやく。
「また、兄さんのために……最高の場所、作ろうね」
その声は、誰にも届かない。
でも、確かにその場に残っていた。




