第31話 兄さん、暗記は物理じゃないよ?
テスト一週間前。
放課後の城ヶ崎家のリビングでは、重い空気が漂っていた。
「……はぁ。全然進まねぇ……」
テーブルの上には山のような教科書とノート。
その真ん中で、城ヶ崎春がうなだれていた。
「英単語は忘れるし、数学の関数は意味不明だし……なんでこんなときに限って、こんなに範囲広いんだよ……」
脳内は完全にパンク状態。
何ページ目を読んでいるのか、もはや把握すらできていない。
「兄さん♡」
ソファからすっと現れたのは、例の妹――城ヶ崎結衣。
白いルームウェアに身を包み、手には分厚い参考書数冊。
目元はキラキラ、笑顔は100点満点。
「テスト勉強、苦戦してるの?♡」
「お前が話しかけてくるたびに集中切れるんだよ……」
「じゃあ、教えてあげよっか?」
「嫌な予感しかしない」
「ふふふ、兄さん……舐めてもらっちゃ困るよ?」
結衣が取り出したのは、なぜか自作の参考書。
表紙には、でかでかとこう書かれていた。
『結衣式!0から分かる高校カリキュラム全科目攻略本 ver.3.5(兄専用モデル)』
「バージョンいくつまで作ってんだよ……」
「ちなみに1.0は“兄さんが眠くならないフォント”を研究したやつで、2.0は“兄さんが覚えやすい匂い付き”だったよ♡」
「お前、勉強をなんだと思ってるんだよ……」
◆
その後、結衣は本気で講義を始めた。
「この英単語、“observe”は“観察する”って意味だけど、兄さんはこれ、【お爺さんがベランダから星を観察してる】って覚えてたよね?」
「……覚えてたな……それ、俺の中二の頃のノートじゃん」
「ふふっ♡ 懐かしいよね♡ あと“photosynthesis(光合成)”は?」
「植物がフォトジェニックってことで……光浴びる……って無理やり覚えた……」
「兄さんの語呂合わせ、昔からセンス独特すぎるよね♡」
「やめてぇぇぇぇぇぇ!! 俺の黒歴史掘り起こすなあああ!!」
◆
そんなやりとりをしながらも、結衣の教え方は驚くほど分かりやすかった。
難しい関数も図解でスッと入ってくるし、歴史の年号も語呂合わせで自然と頭に入る。
「マジで天才かお前……」
「うん♡ IQ200だから♡」
「ドヤ顔すんな」
「ちなみに兄さん、今日の勉強進捗率は13.6%です。明日までに残り86.4%をこなさないと、**“結衣式補習地獄コース”**に強制突入です♪」
「地獄が見えてきた……!!」
「兄さんのための、愛のスパルタ♡」
結衣の笑顔の裏に、うっすらと光る鬼のオーラ。
「試験より怖ぇぇぇぇぇ!!」
試験前日。
夜9時を過ぎた城ヶ崎家のリビングには、再びあの兄妹の姿があった。
「……もう無理……脳が豆腐……」
春は机に突っ伏し、白目をむいていた。
その背中に、無言でブランケットをかける妹・結衣。
服装はなぜかビシッとしたスーツ姿。
「兄さん、心が折れかけてるみたいだね。じゃあ、いよいよ最終奥義を使う時がきたようだね♡」
「……なに、そのサラリと怖い発言」
「ジャーン! 本日限りの特別開催、“妹プレゼンツ!兄さん補講ライブ!”」
そう叫ぶと同時に、結衣がリビングのカーテンをシャッと開ける。
するとそこには、即席のホワイトボード・スポットライト・拡声器が完備されていた。
「準備が良すぎるだろ!! てかライブって何する気だよ!!」
「まずはこちら、【古典文法ショータイム】!」
ドドン!とBGM(妹お手製ラップ)が鳴り響く。
「『ず・ぬ・ね・ぬ・ぬる・ぬれ・ね』! 兄さん、未然形の活用、いくよーっ!」
「テンションがおかしいィィ!! てかそれ、逆に記憶に残りそうで怖い!」
◆
続いて始まったのは――
「数学公式早押しバトル・兄vs凛(お手伝いさん)」
「春様、問います。放物線y=ax²+bx+cの頂点のx座標は?」
「えっ、えっ……えっと、-b/2a……?」
「正解!春様に5ポイント!」
「……俺、何やってんの……?」
「ちなみに優勝者には“妹からの抱きつき券”が贈られます♡」
「絶対負けるわ!!!」
凛「ならば私が全力で勝ちに行きますね」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」
◆
23時30分。
笑いあり、涙あり、学びあり(?)の補講ライブもついに終盤。
最後に結衣が静かに語りかける。
「兄さん、明日は大丈夫。わたしがここまで仕上げたんだから、安心して解いてくればいいよ」
「……仕上げられてたのか、俺……」
「もちろん♡ 私に“兄さんの人生設計表”が見えてないと思った?」
「それどこまで見えてんだよ!!?」
◆
翌日。
試験を終えた春は、珍しく晴れやかな顔で帰宅した。
「……思ったより解けた。お前の勉強法、マジで最強だな」
「でしょ♡ IQ200+愛情ブーストで、兄さんもついに偏差値偏差値超えたね!」
「意味がわからん!」
その夜、春は寝る前にひとりごちた。
「……ありがとうな、結衣」
すると、枕元のスマホが光る。
【結衣様システム】
『兄さんへ。今夜はぐっすり休んでね。おつかれさま♡
明日からは、期末テスト対策講座に突入だよ♪』
「地獄の延長戦始まったーーーーッ!!」




