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第十話

 五月に入って雨の日が続き、俺の気持ちはその天気と同様に一段とどんよりとしていた。多分、聞いてないけど真助の気持ちも一緒だろう。そんな中、珍しく真助も休暇を入れた土曜日、朝から久し振りに雲一つない晴天が広がっていた。俺と真助も休みはいつも寝坊するのにこの日は八時前には起きた。

「おはよう、母さん、ゆき、しず」

「グッドモーニング、マイファミリーズビューティフルレディスたちよ」

「え!何?何?今、真助、何て言ったの?」

「真助、朝っぱらから変な英語を使うな。ゆきとしずがポカンとしてるだろ」

「それがいいんじゃないか。たまにはそんな顔のしずとゆきを見たいだろ。俺、頭の中に疑問符がついたしずとゆきの顔、大好きなんだよ。そんなこと言う経幸だって大好きなくせしてよ」

「あ、ああ、まあ、否定はできないな。でも一つ言っておくぞ。最後につけた“たちよ”は余計だぞ、真助。英語の複数形に日本語の複数形を被せてどうするんだよ、訳すと俺の家族の素敵な女性たちたちよになるだろ」

「はあ、また経幸は。軽い挨拶で言ったのに、真面目か!そんなリトルビットなミスくらい流せよな。本当にお前は」

「うるせー、素直に認めろ。これが俺の性格だ。文句あるか!」

「何だよ、逆ギレかよ」

「違うだろ、何でこれが逆ギレになるんだよ。あと気になったからもう一つな、真助。厳密に言うとリトルビットの前にはaをつけないとダメだからな」

「ねえ、真助、経幸、朝起きていきなりの兄弟喧嘩は終わりましたか?おはよう、仲のいい?双子さん。フフフ」

「姉さん、それ私が言おうとしてた台詞。本当に朝から騒がしい兄弟だね。おはよう、経幸、真助」

「な、何だよ、姉妹揃って、何か兄弟揃って小馬鹿にされてるような・・・」

「あら?真助、分かっちゃった」

「おい、それはないだろ、しず。何か前まではゆきだけが毒舌かと思ったけど、時間が経てば経つほど、しずも俺の扱いが雑になってるような、結局、姉妹は似るのか?しずも最近、毒舌だもんな」

「全くだな」

 そんな俺たちの光景を母が優しい笑顔で見ていた。

「な、何だよ、お袋。その笑顔は?怖いな」

「いえね、何か凄く微笑ましいなって思ったのよ。何かね、仲のいい夫婦の当たり前の朝の日常を見てるみたいで。本当にしずちゃんとゆきちゃんがね、真助と経幸の傍にずっといてくれたら、私もこんな幸せな光景を生きてるうちに後何回見られるのかなあ、なんて思ってたら、何か私も凄く幸せな気持ちになってね。グスン、お願いします、しずちゃん、ゆきちゃん。真助と経幸のこと、これからもずっと宜しくお願いします」

「ちょっと、ヤダ、ママ。そんな泣かないでよ」

「そうだよ、ママ。泣いちゃヤダよ。こっちまで涙が出ちゃうよ」

「だって、だってね、しずちゃんとゆきちゃんのこと、私も本当に大好きなのよ。今はもう本当の娘だと思ってる。でもね、冷静に考えるとね、正真正銘の神話の美女なのよね。私たちとの出会いも奇跡の何ものでもないわ。だからね、いつか、突然、しずちゃんもゆきちゃんもいなくなっちゃうんじゃないかと思えてね、何か不安になるときがあるの。ごめんね、こんないい天気の日に」

 俺と真助は母にこんなことを言われて、ふとあの温泉旅行での真夜中の出来事が頭をよぎり、何も言えなかった。そして横を見ると、しずとゆきも母に何も言わずに寄り添ったままだった。

「ごめんね、気にしないで。ただのおばさんの戯言だと思って聞き流して。さあ、朝ご飯、食べましょう。あなた、あなた、朝よ、ご飯食べるわよ」

 母は父を起こしに行ってしまった。

「な、何か、母さんの一言で、何て言ったらいいんだろう。不思議な雰囲気になっちゃったな」

「うん。でもね、私も姉さんも凄く嬉しかったよ、今のママの言葉。だってあんなに素敵な涙を見せられて、あんなに私たちを受け入れてくれてる言葉を聞かされたら、私たちだって心が揺れちゃうよ」

「え!な、何だよ、ゆき、心が揺れちゃうって?」

「あ、え、あのね、それはね」

「もう、ゆきは、もっと考えて喋りなさいよ。真助も経幸も勘違いするでしょ。ごめんね、大きな意味はないのよ。ただね、ママにあんなこと言われたら、もっとママにもパパにも、そして真助、経幸にも好きになってもらえるように頑張らなきゃって思う反面、この先、ここにいて嫌われてしまったら私たちどうなるんだろうっていう不安も出てきてね」

 俺と真助はその瞬間、ゆきとしずを自然に抱きしめていた。

「大丈夫、俺は決めてるんだ。絶対にしずとこれからずっと一緒にいるって」

「俺だって。俺は絶対にゆきのこと、嫌いになんてならない。なれる訳がない。だってこんなにゆきのこと大好きなんだ。俺の好きは執念深いんだからな」

「ふっ!経幸、お前、ゆきを抱きしめて、何言ってるんだよ。それでかっこつけたつもりかよ。執念深いなんて言ったらお前のゆきに対する気持ちがとても綺麗には思えないだろ」

「そ、そうか。別にかっこつけるつもりなんてなかったけど、確かに言われてみれば、そうか。ゆき、今から訂正していいか?」

「もういいよ、ありがとう。もう十分に経幸の気持ちは伝わってるから」

「おいおい、真助、経幸、朝から熱いな。若いっていいな」

「本当ね、朝から熱い熱い」

 俺と真助はしずとゆきから離れた。

「おい、お袋、そんな言い方あるかよ。元はと言えばこんな雰囲気になったのは、さっきのお袋の言葉からなのによ」

「あら?私何か言いましたっけ?覚えてませんけど?でも良かったんじゃないの?しずちゃんとゆきちゃんともっといい雰囲気になって」

「おい、親父、何とかしろよ、このボケ母よ」

「バカ野郎、誰がボケ母だ。俺の永遠のプリンセスをボケ呼ばわりは許さんぞ。なあ、栞」

「ありがとう、あなた」

「また出たよ、親父とお袋のイチャイチャ劇場だよ」

「あら、家でならいいんでしょ?真助、滝の前では止めろ、家でやれって言ってたじゃない」

「うるさいな、家でやるならな、俺たちの見てないところでやれよ」

「もう!勝手な息子ね。自分たちだって堂々とこんなところで真助の言うイチャイチャ劇場かしら?してたくせに」

「フフフ、本当に楽しい。私、パパもママも真助も経幸も、この家族みーんな大好き」

「私も。できるならずっとここに居たい。ここでずっとみんなで暮らしたいな・・・グスン」

「しず、何で最後に泣くんだよ」

「だって、だって今、凄く幸せなんだもん」

「本当にしずは泣き虫だよな」

 俺たちはこの時のしずの涙の決意の意味を未だ知らずにいた。

「さあ、みんなで朝ご飯食べましょう」

 朝ご飯を食べた後、俺とゆき、真助としずは出会ってから一度もしたことがなかった、家の周辺を散歩することにした。

「おい、真助、俺たちさ、そう言えば、まだ一度もゆきとしずを連れて、この辺り散歩したことないよな。父さんと母さんとはしたことあるみたいだけど」

「そう言えばそうだな」

「だからさ、今日、雨続きの合間の久し振りの天気だし、四人で散歩しないか?」

「うん、いいわね、行ってきなさいよ。私たちは家で待ってるから。あなたたちの邪魔はしないから安心しなさい」

「何だよそれ。でもいいな、行こうか」

「ねえ、気持ちいいね。久し振りのこんな青い空だもんね。真助と初めてだね、家の周りをこんなにのんびり一緒に歩くの」

「そうだね、俺たちが住んでるこの宮崎県のいいところをしずとゆきに見せてやろうと思っていろんなところに連れていったけど、家の周りは俺たちとは全くの手つかずだったもんな」

「凄く嬉しいな、経幸とこんな風に穏やかな気持ちで歩けるの」

「いいもんだな、改めて家の周りを歩いてみると。何か小さい頃を思い出すし、楽しかった思い出が蘇るよ。でも今はもっと楽しくて幸せだな。何と言ってもゆき、君が横にいるからね」

 そう言うとゆきは俺の腕をギュッと掴んだ。

「さあ、あの公園で少し休もうか」

 俺たちは散歩で通りかかった近くの公園のベンチに座った。

「こんな穏やかな気持ちは久し振りだな、なあ、真助」

「ああ、俺は特に年度末から今まで仕事が忙しかったしな」

「よし、こんないい朝にはちょうどいい曲があるからな。いいか、スマホに入れてるから掛けても」

「ああ、頼む」

 そして俺はある曲を掛けた。

「なるほど、経幸、これか。お前らしいな。Flowerのやさしさで溢れるように、だな。もともとはJUJUさんの曲だけどな」

「お、お前、よく知ってるな。確かにオリジナルもいいんだけど、やっぱり俺にとってはFlowerのカバーの方なんだよな」

 そう真助と話してると、俺たちは驚きの光景を目にした。

「う、嘘だろ、まさか、ゆき、しず、何で、お、覚えたのか?」

「うん、だって経幸、言ってたでしょ。聞きたかったらいつでも聞いていいよって。私も姉さんも特にこの曲大好きだもん。聞いてると凄く優しい気持ちになれるから。何回もミュージックビデオ?だっけ、見ながら姉さんと見よう見まねで踊ってたの」

「おい、経幸、じゃあ、まさか、これって」

「そう、やさしさで溢れるようにのⅯⅤに出てくるFlowerの踊り、すげーよ。俺も何回も見てるけど、すげー。まさに完コピだぞ。すげーレベル高いよ」

 俺たちはそのゆきとしずのこの曲に乗せて踊る姿に釘づけになった。まさに俺たちにとっては真っ青な空の美しさと二人の美しさがコラボした最高の癒しになっていた。公園の周りを見ると近所の人が数十人集まって見ていた。しずとゆきが踊り終わると拍手が起こった。

「ママ、凄いね、あのお姉さんたち。凄く綺麗でカッコいい」

「本当だね。こんないい天気の日に、素敵なものが観れたね」

「ヤダ、恥かしい。あんなたくさんの人が見てたのね。踊りに夢中で気付かなかった」

「本当に凄いよ、ゆき、しず。ⅯⅤ見ただけでここまで完コピするなんて」

「ああ、俺も感動したよ。俺はダンスのことなんて全く分からないけど、他に見てた人達もあれだけ拍手してるんだ。しずとゆきにはこんな才能もあったんだな。新しい発見だよ」

「ありがとう、ゆき、しず。今の踊り見てて、俺たち、癒されたよ。本当に二人といると幸せになれるよ。さあ、そろそろ戻ろうか。母さんが昼ご飯用意してくれてるはずだから」



 五月下旬の木曜日、俺は真助が休みの日に合わせて有給休暇を取っていた。

「ねえ、経幸、どうして今日、お仕事お休みしたの?」

「ああ、今日は15時頃から出かけるからね。俺とゆき、それから真助としず四人でね」

「どこに行くの?ねえ、真助」

「今日はね、一度、飲みに行っただろ。あなたにひとめぼれ、あいつのところ、眞光のところに行くんだよ」

「ええ!塩路さんのところに」

「そうだよ、ゆき、しず。今日は眞光のお店、定休日なんだけどさ、改めて俺たちのことお祝いさせてくれって、この前あいつから電話があってね。店で飲もうぜってさ」

「そんな。だって塩路さん、お店、せっかくお休みなんでしょ。それにこの前の飲食代だってサービスしてくれたじゃない」

「ああ、俺たちもそう言ったんだよ。この前ので十分だって。でもあいつさ、この前のは流れで結果的にサービスしちゃっただけだろって。正式に俺と経幸が最高のパートナーを見つけたことをお祝いするという気持ちで飲みたいって言ってさ。その正式って意味が俺たちにもよく分からないんだけど。そういうところ、眞光は凄く律儀というのか」

「そうなんだ、本当に塩路さんて優しい方なんだね。いいお友達だね」

「ああ、本当に眞光はいい奴なんだよ。だからしず、ゆき、一緒に眞光の店、付き合ってくれるか?」

「もちろん。だって私たちのためにわざわざ休みの日にお店を使って飲ませてくれるんでしょ?」

「そうよ、私たちもまこうちゃんに会って直接お礼を言いたい」

 そして俺たち四人は15時頃、あなたにひとめぼれにお邪魔した。

「こんにちは、邪魔するぞ、眞光」

「ああ、邪魔するなら帰ってーー」

「すいません、分かりました、って、おい、お前が呼んでおいてそれはないだろ」

「相変わらず、いつも真助はこのやり取りに付き合ってくれるな」

「なあ、もういい加減、この件、やめねーか」

「いいじゃねーかよ、俺、真助とのこのやり取り大好きなんだからよ。付き合ってくれよ。だって、これが経幸だとお前みたいに終わらないだろ。今はもう分かってるから大丈夫だけど、最初に経幸が俺の家に遊びに来た時にやっただろ。あの時、マジで取って帰ろうとしただろ」

「おい、もうそんな昔のことぶり返すなよ。ゆきとしずがいるんだぞ」

「ぷっ!やっぱり経幸って、小さい頃からそんなだったんだね。真面目か!」

 そう言って俺はゆきに真助張りに頭を軽く叩かれてツッコまれた。

「お、おい、ゆき、止めろよ、真助じゃないんだから」

「さあ、ゆきさん、しずさん、どうぞ、座って」

「今日はお招き頂いてありがとうございます、塩路さん」

「ありがとうね、まこうちゃん」

「あ、ハハハ、やっぱり、その呼び方、この前、酔ってたからじゃないんだ。姉妹でもやっぱり性格はかなり違うみたいだね。妹のゆきさんは結構、気さくで自由な方みたいだね。お姉さんのしずさんは落ち着いててしっかりしてるよね。今の挨拶で分かるよ」

「ああ、まこうちゃん、やっぱり姉さんのねこに騙されてる。姉さんは、猫かぶってるだけだよ。こんなおしとやかにしてるけど、慣れてくると結構毒吐くんだよ」

「ちょっと、ゆき、変なこと言わないでよね。私はそんなことないもん。ね、真助、経幸」

 しずがそう言って俺と真助を見ると、俺と真助はゆきの言葉に頷いていたのを横に首を振った。

「ちょ、ちょっと、何よ、真助、経幸、その違うぞっていう素振りは」

「うんうん、眞光、ゆきの言うとおりだぞ。普段はしず、こんな感じで私、虫も殺しませんって感じだけど、もう俺たちには結構、凄いダメージ受けること言うんだぜ」

「そうだぜ、根本はやっぱり姉妹で似てるんだよ」

「ちょっと、酷いよ。真助も経幸も、2人揃ってそこまで言うことないじゃない」

 そう言って頬を膨らませたしずはとてもキュートだった。その顔に眞光も正直な感想を漏らした。

「はあ、なるほどな。本当に四人とも仲がいいんだな。それにやっぱりしずさん、とても可愛いな。そんな膨れた顔まで絵になるよ。なあ、真助、お前、こんなところも全部、しずさんに惚れてるんだろ。経幸もな、ゆきさんも感情がはっきりしてるみたいだから、色んな表情を見せてくれるもんな。まだ、俺は今日でお二人に逢うの二回目だけど、もう、俺も何か楽しい気持ちでいっぱいだから。しずさんとゆきさんは居てくれるだけで周りを幸せにしてくれるな」

「眞光、お前はやっぱり、職業柄、人の本質を見抜く力があるな」

「よせよ。こんな店をしてればいろんなお客さんと上手く付き合わないといけないから、確かに他の人よりはそんなことに長けてるかもしれないけど、しずさんとゆきさんは俺のこととは関係ないよ。二人はそこに存在するだけで大勢の人の心に綺麗な花を咲かせてくれる、そんな人だよ。多分、しずさんとゆきさんと触れ合えば誰でも分かるんじゃないかな?それくらい魅力的な女性だよ」

「もう、ヤダ、塩路さん、そんなに褒められると恥ずかしいわ」

「もう、まこうちゃんて話が上手過ぎ。ありがとう。経幸にも少しは見習ってほしいわ」

「お、おい、俺だっていつもゆきとしずのことは上手く褒めてるつもりだけどな」

「あら、そうかな。さっきはゆきの私に対するディスりに頷いてたくせに」

「あ、いや、それは・・・ゴメン、しず」

「ハーハハハ。いいな、真助も経幸も、凄く幸せそうで。でも・・・」

「でも、何だよ、眞光」

「い、いや、何でもない。さあ、今日は貸切だ。何でも言ってくれ。メニューにあるものなら何でも作るぞ。しずさんもゆきさんも、今日は僕のおごりだから、遠慮なくいっぱい、食べて飲んで」

 眞光のでもの後、何を言おうとしたのかは気になったが、特に聞かなかった。でもそれは付き合いの長い眞光だからこそ気付いた、俺たちのゆきとしずを見つめている時の違和感だったのかも知れない。そんなことをずっと先の未来に、思い返した時にふと思った。



 六月に入ったある日、晩御飯を家族六人で食べていると、しずとゆきが俺と真助にあるお願いを切り出した。

「あ、あのね、真助、あなたにお願いがあるの」

「私も、経幸にお願いがあるの」

「何だよ、そんな改まって。無茶苦茶なお願いじゃなければ、しずの頼みなら大抵のことは聞くぞ」

「俺だって、ゆきの頼みなら、俺ができることなら何でも聞くよ」

「私ね、真助の職場で働いてみたい」

「私も経幸の職場で働いてみたいの。ダメ?」

「ええ!そんなこと言われてもなあ。俺は別にいいけど、料理長の面接も受けてもらわないと」

 この真助の返答に、何故か不思議だけど、いつも自分がされてるツッコミをした。

「バカ、真助、真面目か!しずもゆきもこんな真剣にお願いしてるんだ。考えるまでもないだろ。何とかしてやる!とか言えないのかよ。ゆき、俺はいいぞ。働けるように社長にお願いしてやる」

「あのな、経幸、こんな話こそ、真面目に考えるべきだろ。お前、真面目の使い所が可笑しいぞ。いつも俺に言われてるからって、ここぞとばかりに使っただろ」

「いや、それは別にそんなことないよ。二人がこんなに真剣なんだぞ。お前だってしずのためにお願いしてやれよ」

「あのね、一日でいいの。一日で。私もゆきもね、真助と経幸がどんな風に働いてるか、自分の目に焼き付けておきたいの」

「おい、しず、何だよその言い方。まるでもうすぐいなくなるみたいな言い草じゃないか?」

「ごめん、違うの」

「もう、姉さん。この前、私にも注意したばかりでしょ。ごめんね、経幸、真助。二人の働いてる姿もみたいんだけどね、一日でいいからお仕事してる二人の傍にいたくて。家にいるときと違う仕事に向かい合ってる真剣な二人を見たいの」

「ね、真助、一日でいいの。一緒に働いてる皆さんの邪魔にならないように私、頑張るから。お願い」

「分かったよ。俺も料理長にお願いしてみるよ。一日だけなら、体験てことで何とかなるかもな」

 こうして俺と真助は職場の上司に直談判して、何とか一日だけゆきとしずと一緒に働くことになった。

 六月の中旬のある日、まずは俺の働く㈱エムエムシステムでゆきとしずが働くことになり、その日を迎えていた。

「初めまして、私は経幸と今、お付き合いさせてもらってます、ゆきです。そしてこちらは私の姉、しずです」

「初めまして、しずです。あ、嵯峨野さんとは一度お会いしていますね。今日、一日だけですが、頑張りますので宜しくお願いします」

「社長、本当に突然のお願いを聞いてもらってすいません」

「あ、ああ、別に構わないよ。体験てことでいいんだろ。それに、今日はクライアントとの打合せが三社、予定が入ってるから、そのお迎えをしてもらえれば。こんな凄い美人姉妹が出迎えてくれたら、クライアントも絶対に喜ぶよ。今日はよろしくお願いしますね。ゆきさん、しずさん」

「こちらこそ、突然、無理なお願いをして申し訳ありませんでした」

「本当にありがとうございます。私も姉も今日一日、精一杯頑張ります。宜しく御願いします」

「なあ、重留、本当にお二人、凄い姉妹だな。俺も五十五年生きてるが、こんな美人姉妹今まで見たことないぞ。まあ、こんな姉妹なら嵯峨野がフラれて超絶ダメージくらうのも分かるよ。なあ、嵯峨野」

「ねえ、社長、俺、今日、早退していいですか?とてもじゃないけど、本気で一目惚れして、そしてそのすぐフラれた女性と一日でもこの空間で仕事をするなんて。そんな苦痛を受けながら一日を過ごすなんて、耐えられません」

 そう嵯峨野先輩が言うと、しずは先輩に謝って帰ろうとした。

「ごめんなさい、嵯峨野さん。嵯峨野さんのお気持ちに配慮が足りませんでした。ごめん、ゆき、私のせいで嵯峨野さんが早退なんてしたら、経幸が働くこの職場にご迷惑がかかっちゃうから、私は帰るね」

「そうだね」

 そう二人が話していると俺は自然に嵯峨野先輩に頭を下げていた。

「嵯峨野先輩、お願いします。今日だけなんです。この通りです。しずも働かせてもらえませんか?お願いします」

「いいよ、経幸、私は帰るから」

「分かった、分かったよ。今まで彼女いない暦の長かった同士の本気のお願いだ。俺のわがままは胸の奥にしまうよ。ごめんね、しずさん、俺が変なわがまま言って」

「本当だぞ、嵯峨野。後輩の重留の真剣なお願いなんだぞ。それにこんな素敵なお二人に変な気を揉ませるんじゃない。そんなガキみたいなこと言ってる嵯峨野は解雇して、しずさんとゆきさんを本採用しようかな?その方が会社にプラスになるかも?」

「な!何てこと言うんですか、社長。それは無いっすよ。もう、パワハラで訴えますよ、社長」

 こんなやり取りにその場にいた全員爆笑だった。そしてこの後、しずとゆきはクライアント三社の出迎えとご案内を担当し、その美しさと丁寧な対応で、好印象を持たれ、それも要因の一つとなり、三社とも新規の契約に漕ぎ着けた。

 そして定時となり。

「いやあ、しずさん、ゆきさん、お二人のおかげだ。まさか三社とも新規の契約を取り交わすことができるなんて、想定してなかったから。三社とも打合せの中で、お二人の対応が気持ち良かったと言っててね。それも新規契約を決めた一つだと言ってたから」

「良かった。私たち、経幸の真剣な仕事する姿も近くで見られたし、経幸の職場のために働けたのかな?」

「なあ、重留、しずさんもゆきさんも是非、うちで働いてもらえたら私としても嬉しいんだけどな」

「あ、そうですね。どうする?ゆき、しず」

「そ、そうだね。ありがとうございます。社長さん。そんな風に評価して頂いて光栄です。でもまだ、真助の方もあるから、その後、姉さんと考えてみます」

 そしてその二日後、今度はゆきとしずは真助の働くキッチンガーデン夢見が丘にいた。

「どうも、かなり前のお暑い時期に一度、皆さんとはご挨拶させて頂いていますが、改めて。しずと申します。こちらは妹のゆきです」

「いやあ、それにしても副料理長、凄い姉妹ですよね。それにそのお姉さんが副料理長の彼女なんて。こんな美人が傍にいてくれるなんて、羨まし過ぎますよ、もう!真助」

 真助はこう後輩スタッフに言われて尻を蹴られた。

「痛っ!おい、甲斐、お前、な、何てことを。そりゃあ、俺は料理長みたいに威厳はないかもしれないけど、曲がりなりにもお前の五年も先輩だぞ。蹴りをくれるなんて。それに呼び捨てって何だよ」

「す、すいません、重留先輩。あまりに羨まし過ぎて、つい。だって、こんなすげー美人、探そうと思っても中々、見つけられないでしょ。俺も一人が長いし。何かそう思ったら、一人が長かった同士の重留先輩に思い切りドデカい石で頭をド突かれたようで。何か無性に腹が立って」

「おーい、甲斐。だ・か・ら、俺は先輩、副料理長だぞ」

「フフフ、あの、真助はやっぱり、ここでも人を笑わせる人なんですね」

「ええ、重留は本当にスタッフのみんなから愛されてます。仕事はできるし、どんなに忙しくて大変な時でも笑顔でね。周りを明るくしてくれてますよ」

「真助、やっぱりあなたは素敵な男性です。私、あなたの彼女にこの限られた時間だけでもなれたことが嬉しい」

 そう言ってしずは真助の職場のスタッフが見ている前で、堂々と真助の腕にすり寄った。

「おい、しず、ダメだって。みんな見てる」

「かーっ!あの、重留先輩、後輩だからってもう遠慮しませんよ。一言言わせてもらいますよ。ここに何しに来てるんですか?俺たちにこんな美しい女性を彼女にしましたよって、自慢しに来たんですか?」

「あ、ごめんなさい、甲斐さん。私、そんなつもりでは。ごめんなさい、ご気分を害されたなら、この通り、謝ります。今のは全部私が悪いんです」

「そ、そんな、しずさんにそんなことをしてもらうために言ったんじゃ。すいません、ちょっとあまりに重留先輩が羨ましすぎて」

「フフフ、ねえ、真助、何か、甲斐さんて経幸の職場の嵯峨野さんみたいね」

「ハハハ、確かに、ゆきの言う通りだ。嵯峨野さんにソックリだ、甲斐」

「え!誰ですか、その嵯峨野さん?」

「ハハハ、いいからいいから」

「よし、じゃあ、しずさんとゆきさんは今日一日だけだから、料理運びと食べ終わった食器の回収をお願いしようかな。甲斐、一通り作業の流れを教えてあげてくれ」

 ゆきとしずは教えてもらった作業を黙々とこなし、そのちょっと手の空いた時に真助が厨房で食材に向かう真剣な姿を見つめていた。そして一番忙しくなるお昼時、その日は特に凄い数のお客が詰めかけていた。その客の中からはこんな声が聞かれた。

「おい、どの店員さんだよ」

「おい、あの娘とあの娘じゃないか?前はあんな店員さんいなかっただろ」

「マジか。おい、何だよ、さっきここから出てきたお客が言ってたこと、本当だったんだな。すげー可愛い店員だな。よし、早く頼もうぜ。でも忙しいからあの娘たちが持ってきてくれるとは限らないぞ」

「いいよ、それでも。近くを通ったらラッキーだろ。そうだ!俺、料理を持ってきてもらえる可能性が増えるから、食べ終わった後でもう一つ食べよう」

 そう、ここで食事をしたお客さんの話で、しずとゆきが噂になっていたこともあり、その噂を聞きつけて特に男性客が多かったのだ。そしてそのオーダーする数も一人で複数頼む客が多く、物凄い忙しさになっていたのだ。

「な、何だよ、この忙しさは、今日、平日だぞ。お昼も凄かったけど、お昼過ぎても何なんだよ。作ってる俺たちが休む暇ないじゃないかよ。どうなってるんだよ」

「重留副料理長殿、そんなぼやきはあの二人を連れてきたあなたが言うことじゃありませんよ」

「な、何だよ、甲斐。どういうことだよ」

「だって、今日のこの殺人的な忙しさはしずさんとゆきさんが原因なんですから。だって、お客さんの声を聞いてると、しずさんとゆきさん見たさに男性客が物凄く多いんですから。それにそのお客さんが二人に料理持って来てもらおうと思って複数オーダーがメチャクチャ多いんですよ」

「そ、そういう事か」

「だから、この忙しさに文句があるなら、しずさんとゆきさんに言って下さいよね。まあ、その張本人のお二人はそんな忙しさに文句ひとつ言わず、黙々と頑張ってくれてますけど」

「そ、そうか、ありがとう、甲斐。よし、しずとゆきがそんな頑張ってるなら、俺が弱音を吐いてる場合じゃないな。料理長、俺は今日、休みなしでいいですよ」

「バカ、重留、そんなこと、はい、って返事できるか」

「あの、料理長、今の副料理長と同じことをしずさんとゆきさんも言ってますけど。私たち他のスタッフも休む暇が見つけられないから、私たちが頑張るって言って」

「はあ、しずとゆきは、何てこと言ってるんだよ」

「重留、お前がそんなこと言えるか!お前だって同じこと言ったくせして」

「でも、これでは本当にみんなが休む暇がないですから。まずは最年長から、ね、料理長」

「お前、ちぇっ!年寄り扱いしやがって、分かった。そんなに重留が言ってくれるなら、よし、厨房スタッフはいいか、一人ずつ休憩入るぞ。それから、ホールスタッフは・・・、いいのかな?重留、しずさんとゆきさんに甘えてしまって」

「あ、ええ、あの二人も結構頑固で、言い出したら意見を曲げないタイプですから」

「よし、じゃあ、ホールスタッフもしずさんとゆきさんに甘えるぞ」

 そしてこの日、俺としず、ゆきは働きづめで閉店時間を迎えた。

「いやあ、料理長、レジ締め、終りました。凄いですよ。こんなの私がここで働き出してから初めて見た売上ですよ」

「わっ!本当に凄いな、それも平日だぞ。こんなの土日でも見たことないぞ。私も初めてだ」

「でもそうなりますよ、料理長。あの客数ですよ。あんな忙しさ、恐ろしすぎますよ。それに一人当たりの複数オーダー率が高すぎますよ。一つ食べてまた頼むお客さんが凄かったですからね。それに、そのお客さんが言うこと、全然待つから、しずさんかゆきさんに持ってきて欲しいって言うお客さんが続出だもんな。おかげでホールスタッフは休憩することができたんだけど」

「いやあ、今日のこの盛況は完全にしずさんとゆきさんのおかげだな。重留、全く持って凄いな、このお二人は。しずさん、ゆきさん、休憩もなしで本当に申し訳なかったね。疲れたでしょ」

「あ、いえ、私たちは何もしないでボーっとしてるよりは動いてる方が好きですから。それにこんなに大変なお仕事を毎日されてる皆さんのことを尊敬します。私と姉は今日だけですから」

「それにしたって、今日のこの殺人的な忙しさを休憩なしでね。本当に無理させてゴメンね」

「大丈夫です。だって、ね、姉さん、合間合間に真助も休憩なしで頑張ってる姿が見られたから、それだけで私たち頑張れたもんね」

「うん、そうだね。だって大好きな真助もあんなに真剣な顔であんな暑そうな中で頑張ってたんだもん。それ見てたら私たちもね、ゆき、疲れたなんて言ってられないもんね」

「うわあ、しずさん、さりげなく先輩との惚気ですか」

「あ、いえ、ごめんなさい」

「いいな、先輩、こんな素敵な彼女に、愛されてるんですね。よ!この幸せ絶頂男」

「悪いな、甲斐。俺はしずと絶対に幸せになるぜ」

「うわあ、もう勝手にして下さい。料理長、早く終わりましょう」

「そうだな、これ以上、熱いお二人の近くには居たくないな」

「ちょっと、料理長まで」

「ハハハ、それはまあ冗談として。よし、はい、しずさん、ゆきさん、今日頑張ってくれた証。お給料です」

「あ、いえ、それはいいんです。私とゆきはただ、真助の職場で働いてみたかっただけです」

「ダメだよ、こんなに頑張ってくれたんだから。少ないけど、これで何か好きなものでも買って下さい」

「じゃあ、遠慮なく。ありがとうございます。料理長」

「本当にありがとうな、しず、ゆき。じゃあ、帰ろうか」

「うん」

 そしてしずとゆきは俺と真助の職場体験を終えた。

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