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500年の鬼と恋活JK  作者: あいすらん
1章

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7/13

本当の気持ち

 春の屋上には、桜の香りが漂っていた。 

 教室に居場所がなくて屋上ボッチ飯と洒落込んだ私は、先客に腰を抜かしそうになる。

 金髪に真っ赤なルージュ、学園唯一のヤンキー娘にして幼馴染の田中メグミが給水塔に座ってお弁当を広げていたのだ。


「ヤッホ。日和。もしかして新学期デビュー失敗した?」 

 

 その通りだが、問題はそこじゃない。


「ちょ、何やってんの! 昼休みの交流は貴重でしょ! クラスに友達欲しくないの?!」

「別に。面倒」

「贅沢な! けど羨ましい! そのメンタル!」


 ため息をつきながら隣に座る。

 彼女が同じクラスだったら、きっとボッチにはならなかったろうが、夢であるグループ活動は無理だったろう。メグミが恋バナにキャッキャしてるなんて……ああ、ない。絶対に。


「あんた、うちのパパリンになにしたの。あんたの名前呼びながら塩撒いてたんだけど」


 お弁当を食べながら尋ねられ、私はシンプルに答えた。


「昨日ね、色々あって恐怖心を与えてしまったの。謝っといて」

「へえ。そうなんだ。了解」 


 あっさりと言うメグミ。

 いつもの事ながら、ホッとする。

 話せばわかる、がポリシーになったのは、幼い頃から身近にいたメグミがそういう人だったからだ。

 納得すればという条件つきだが、私の言うことは基本信じてくれるから、一緒にいるととても楽だ。その代わり弁解が下手くそになってしまった気もするけれど。

 人生はままならない。


「あー、それから、あんた、ぶりっ子女に目をつけられたみたいね」


 さり気なく言われ、首をかしげる。


「ぶりっ子女?」

「姫山珠姫。男の前でだけクネクネして女だけだとヤカラなやつ」

「ああ……」


 さっきの会話を思い出し、たちまちテンションが低くなる。


「姫山さんがどうしたの?」

「あんたに呪いの力がある、って触れ回ってるらしいよ。うちのクラスでも噂になってた」

「うわ……そうなんだ」


 まさか、他のクラスにまで知れ渡っていたなんて。ショックである。しかし、冷静に考えると仕方ないとも思えてきた。


(呪いって、見えないよね……だから昨日のパントマイムも、私が呪いの儀式をしてるように見えなくも……ない……か……いや、確実に、そう見える……)


 警官であるメグミの父でさえ、震え上がるほどの怪奇現象に彼女は正面から遭遇した。


(呪いの女に立ち向かう元気があるだけマシかもしれないわ……)


 想定外の出来事にあうとすぐ凹みがちな私と違って、メグミも姫山さんも、メンタルが強くて羨ましい。見習いたいものだ。

 それにしても。

 考えてみたら謎だらけだ。

 彼女は血で描かれたサークルの中でしばらく意識を失っていた。

 あそこまで誰が連れてきたんだろう。

 本人に確かめたいけれど、そんなことが聞ける空気ではない。

 それに……。


 (血柱の血、何だったんだろ。鬼がいなくなったら、すぐに消えちゃったけど……)


 鬼。

 紫苑という名の、美しすぎるあやかしの男。

 トクン、と心臓が甘く跳ねる。

 彼は私の唇にその血をそっと塗りつけた。

 それは、桜の花びらへと変わってしまったけれど……。

 あんな感触――初めてだった。

 白馬の王子なんて言ってるけれど、私の毎日に男の人が入ってくる隙は全然なくて。

 ついドキドキしてしまった。


 あやかしなのに。

 ちょっと格好いいだけなのに。

 ……オーラが半端ないだけなのに。

 ……。

 …………。


 なんだか頬が赤らんでいく。心臓も変な感じにとくとくしてきた。

 いけない。

 浮かれていると、ろくな事にならない。

 それに、私にはやらなきゃならない事がある。


「あんたみたいな弱っちいのが呪いなんて笑える。そもそも、呪いなんて非科学的なもん、あるわけないのに。ぶりっ子女って、マジでバカだね」

 

 両肩をちょいちょいとはらいながら、メグミは言う。

 彼女の肩には、さっきから羽のある妖精みたいなあやかしが2体、ふわふわとまとわりついている。彼女の手が触れた瞬間、あやかしは水蒸気のように細かい粒になって消えた。そのタイミングの良さに私はため息をつく。いつもながら、見えてるみたいだ。


「メグミって、何気にすごいよね」

「ん?」

「あ、いや、何でもない」


 科学信者な彼女に、いや、あなた今あやかしを滅しましたよとはとても言えない。

 それにしても、今まで学校にあやかしが出るなんてほとんどなかったのに、今日はあちこちで見かけている。

 自称ボディガードのコンだったが、本当に壁になってくれてたのかも。


「ねえ、スマホ持ってるよね。鬼、スペース、退治、で検索してくれる?」

「は?」


 と言いつつも、メグミは凄い速さで検索を終えた。


「きびだんごに豆まきって出てるわ」

「……桃太郎に節分ね……なるほど。ありがとう」


 きびだんご作りは無理だけれど、スーパーで豆を買って帰ろう。

 あやかしは私の管轄だ。

 500年の眠りから覚め、世界を滅ぼすなんて、縁起でもないセリフを吐きまくる鬼を、鎮めるのは私の使命だと思った。






 色々と針の筵に座らされたような一日が過ぎ、桜並木を歩きながら、私はふと、足を止めた。


(ん?)


 ざわわ、ざわわ、と路面の両脇から何かの気配が漂ってくる。

 あやかしかな? 

 と思ったけれど、覚えのある空気ではない。

 ゾクゾク、と背中が震える。

 コンの声がどこからともなく聞こえてきた。

 勿論本物じゃない。私の心の中に響いているだけだ。


「人助けなんて、割に合わんもんや。特にあやかしは人には見えん。何をやったって何もやってないことにされる。これに懲りたらもういらんことからは手を引きや」


 豆の入ったスーパーの袋を握りしめながら、私は心の中で言い返す。


「……でも、関わってしまったんだからしょうがないじゃない」


 私だけが知っている。

 恐ろしい鬼が蘇ったこと。

 そいつが、ただのストレス解消に、人を、街を壊そうとしていること。

 姫山さんが危なかったこと。

 コンが飛ばされてしまったこと。

 目の前で誰かが傷ついていて。

 放っておける人なんているのだろうか。


「それだけやないやろ。日和はもっと、欲望に忠実な女のはずや。なんせ真顔で白馬の王子なんて言ってのける女やからなあ」

「……」

「本当は全部わかっとんやろ」

「……」


 コンの声がうるさすぎて、普段は封じている心の井戸が、そっと禁断の蓋を開ける。

 子どもの頃、両親が事故で亡くなり、祖母と二人暮らしになった。


「わしもそのうちいなくなる。じゃから、守ってくれる人を探しなさい」


 口癖通り、祖母も数年前に亡くなった。

 私を自立させるための言葉だとは思うが、子どもの頃の私にとって、一人ぼっちはとても怖かった。

 誰かと遊んでいても、穏やかな未来が保証されている彼らのことが羨ましくて。


(だから、あやかしとの会話に夢中になったのかな……)


 私の前に現れる彼らはいつも困って泣いていた。

 その声に耳を傾け、寄り添う時間は、ここにいてもいいのだという、一時の安心を与えてくれた。

 彼らが笑えば、自分にも、何か出来ることがあるのだと思えた。

 コンみたいに、口うるさい存在も、本当はとてもありがたかった。

 世界の中にたった一人。

 私のことを気にかけてくれている人がいる……。

 そうか。

 私は寂しかったのだ。


「お帰り、って本当は誰かに言ってほしいだけなのかな」


 白馬の王子様と巡り合ったら、私にもそう言ってくれる家族が出来る。

 恋活よりも……浅ましい欲望。

 でも、おばあちゃんは気づいていたんだろう。私には守ってくれる誰かの存在が必要だ、と。


(……ああ、なんだか、私ってちっぽけだな)


 街を、あやかしを、誰かを守る、なんて言いながら、本当は私こそが、誰かの手を待ってるなんて。


 コンは今頃どこにいるんだろう。

 あやかしの強さは知っているから、生死の心配はしていない。

 でも、もう会えないかもしれない。

 気分が重く、辛くなり、背中がどんどん丸くなる。淋しい。

 うん。

 淋しいよ。コン。


 ところが……。


「……ただいまー」


 誰もいないはずの玄関でとりあえずそう言った私は、美味しそうな匂いと、カチャカチャという食器が擦れるような音にハッとした。

 靴を慌てて脱ぎ、キッチンへ。

 そこには……。

 割烹着に三角ずきん姿のお料理真っ最中なコンがいて……。


「お帰り。どしたん。早かったやんけ」


 当たり前みたいな顔で私を迎えてくれたのだった。

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