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第11話:新婚の幸せ


結婚から一か月が過ぎた頃、リナとセドリックは宮廷内の新居で穏やかな新婚生活を送っていた。朝の陽射しが差し込む居間で、二人は朝食を取りながら一日の予定を話し合っていた。


「今日は午後から重要な患者の診察があるの」


リナがパンにジャムを塗りながら言った。


「王族の方?」


「ええ。原因不明の熱が続いているそうで」


「君なら大丈夫だ」


セドリックが優しく微笑みかけた。


「でも、最近少し疲れやすくて」


「無理はしないでくれ」


心配そうな夫の表情に、リナは頬を染めた。


「ありがとう。でも、まだまだ大丈夫よ」


新婚生活は、リナにとって今まで経験したことのない幸福をもたらしていた。一人で過ごしていた宿舎とは違い、帰る場所に愛する人がいる安心感は何物にも代えがたかった。


医療棟での仕事も順調だった。結婚によって立場が変わったものの、王国第二位の錬金術師としての技術は変わらず、患者たちからの信頼も厚かった。


「リナ様、おかえりなさい」


夕方、仕事から戻ったリナを、セドリックが玄関で迎えた。


「ただいま」


「お疲れ様。今日の患者さんはどうだった?」


「無事に原因を特定できたわ。珍しい寄生虫による感染症だったの」


リナは治療の詳細をセドリックに説明した。医療に詳しくない夫でも理解できるよう、分かりやすい言葉を選んでいた。


「さすがだな」


セドリックの素直な称賛に、リナは嬉しそうに微笑んだ。


「セドリック様の訓練はいかがでした?」


「順調だ。来月の演習に向けて準備している」


夫婦となってからも、お互いの仕事を尊重し合う関係が築けていた。


夕食は二人で手作りした。リナの料理の腕は決して上手とは言えなかったが、セドリックは文句一つ言わずに美味しそうに食べてくれた。


「今度、故郷の料理を教えてもらいたいな」


「私の故郷の?」


「ああ。君のことをもっと知りたいんだ」


セドリックの言葉に、リナの心は温かくなった。


「喜んで。でも、とても素朴な料理ばかりよ」


「それがいい」


夜になると、二人は居間で読書を楽しんだ。リナは医学書を、セドリックは騎士道に関する書物を読みながら、静かな時間を過ごした。


「この症例は興味深いわね」


「どんな?」


リナが読んでいる箇所を、セドリックに見せる。専門的な内容でも、夫は真剣に聞いてくれた。


そんな穏やかな日々が続く中、リナの体調に変化が現れ始めた。朝の目覚めが悪く、時折軽い吐き気を感じるようになっていた。


「大丈夫?」


心配するセドリックに、リナは大丈夫だと答えていたが、内心では気になっていた。


ある日の朝、いつもより強い吐き気に襲われたリナは、慌てて洗面所に駆け込んだ。


「リナ!」


セドリックが心配そうに後を追ってきた。


「少し気分が悪いだけ」


「医者に診てもらった方が」


「私が錬金術師なのを忘れてるの?」


軽く冗談めかして言ったものの、リナ自身も自分の症状が気になり始めていた。


午後、医療棟で一人になった時、リナは自分で診断を行った。脈拍、体温、そして血液の状態。一通りの検査を終えた時、彼女の顔は驚きに染まった。


「まさか……」


再度確認すると、結果は変わらなかった。


「妊娠してる」


小さく呟いた声は、喜びと戸惑いが混じっていた。


その夜、リナはセドリックに報告することにした。


「あの、お話があるの」


夕食後、リナが改まった口調で切り出した。


「どうした?何か深刻なことか?」


「深刻というか……とても大切なことよ」


リナは深呼吸をした。


「私、妊娠したみたい」


セドリックの手に持っていたカップが、危うく落ちそうになった。


「本当か?」


「ええ。今日検査して確認したの」


しばらくの沈黙の後、セドリックの顔が歓喜に輝いた。


「それは……素晴らしい」


立ち上がったセドリックは、リナを優しく抱きしめた。


「君との子供が……」


「まだ初期だから、油断はできないけれど」


「大切にしよう。君も、お腹の子も」


セドリックの声は感動で震えていた。


「父親になるのね」


「ああ。まだ実感がわかないが」


二人は幸福感に包まれながら、未来への希望を語り合った。


「男の子かしら、女の子かしら」


「どちらでも嬉しい」


「名前も考えなければ」


「まだ早いよ」


セドリックが笑いながら言った。


「でも、楽しみね」


その夜、リナは夫に支えられながらベッドに入った。お腹に手を当てると、まだ何も感じられないが、確実に新しい命が宿っているのだと思うと、不思議な感動が湧いてきた。


「お祖母様、私、お母さんになります」


窓の外の星空に向かって、心の中で報告した。


「君は素晴らしい母親になる」


セドリックが優しく髪を撫でてくれた。


「そうかしら」


「間違いない。患者に対する優しさを見ていれば分かる」


夫の言葉に、リナは安心感を覚えた。


翌朝、師匠のヴィクトルに妊娠を報告すると、珍しく表情を緩めた。


「そうか。おめでとう」


「ありがとうございます」


「体調管理には十分気をつけろ」


「はい」


「仕事の量も調整が必要だな」


師匠の配慮に、リナは感謝した。


宮廷内にも、やがて妊娠の知らせが広まった。祝福する声が多かったが、中には複雑な反応を示す者もいた。


「農民の血が宮廷に混じるのね」


陰口も聞こえてきたが、リナはそれらを気にしないよう努めた。


「君たちの子供だ。きっと素晴らしい子になる」


セドリックの言葉が、何よりの支えだった。


新婚から数か月、二人の生活は新たな段階に入ろうとしていた。愛し合う夫婦に授かった新しい命が、これからどんな運命を歩むのか。まだ誰も知る由はなかった。


ただ、リナとセドリックは、生まれてくる子供への愛情で満たされていた。十九歳の若い夫婦にとって、人生最大の喜びが訪れた瞬間だった。


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