第10話 千里香。
行けば、分かる気がした。
あの花の香りに、なぜあんなに惹かれたのか。
湖の貴族用の別荘地は、ぐるりとたくさんの家が構えている。
王都から半日ほど馬車に揺られる。
もう、9月末になっていた。
ローズはまだいるだろうか?そもそも、、、ここにいるかどうかも分からないが、、、
あの花が咲いていたら、いる気がした。
馬車の窓を開ける。かすかに、甘い、柔らかな香りが漂う。
「千里香、と、華国では呼ばれているんですって。それくらい、香りが飛ぶのよ。そしてね、、その位遠くの記憶も運んでくれるのよ?あなたの思い出が、良いものであるように祈るわ。」
そう言って、僕の頭を撫でてくれた。ローズ、、、あの人が、、、
大きな門は難なく入れた。広々とした庭の真ん中に、その木はあった。
黄色みがかったオレンジの、小さな花が、連なるように咲いている。
「・・・・・」
こんもりとしたその木の下に、一面にシーツが敷いてある。そこに、小さい花がいくつも落ちている。
彼女はいない。
旅行カバンをそっと置いて、木の下まで歩いて行って、花を見上げる。
はらはらと花が落ちてくる。
沢山の、、、小さな星のようだ、、、、
「あら?アルノ?早かったのね?」
青々とした重なる葉の中から、聞き慣れた声がする。
ゆっくりと、白い足が下ろされる。
「ちょっと待ってて。」
はらはらと、花が落ちてくる。
キュロットスカート姿の彼女が、その木から降りてくるところだった。
逆光で、よく顔は見えない、、、明るい茶色の髪?、、、、
僕は思わず手を伸ばす。
「・・・・・・・・」
驚いた顔の彼女を抱え下ろす。
いつかの日も、、、、あの人はこうやって、僕の頭上に星を降らせた。
・・・・・いつ、、、?
「あら?ルーカスだったのね?良く分かったわね?いらっしゃい!ブルクハルトのとこの、アルノかと思ったわ!」
驚いた顔のローズさんを、そっとシーツの上に降ろす。
相変わらずの黒髪に黒い服。にっこり笑ったいつもの笑顔。きちんとされた化粧に、泣き黒子。
「遠かったでしょ?お茶にしましょうか?」
いつも通りだ、、、、なんで、、、、赤毛の少女が降りてくると思い込んだのか?不思議だ、、、、、、、
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「知りたがっておられますね?」
「・・・・・・」
「うちで、一年間お預かりいたしましたでしょう?笑うようになられて、、、、それから、10年、頑張って子育てなさいましたな?ふふっ、、、しかも、難しい年頃の息子、二人も。」
「ああ、、、お前の寄こしてくれた教育係と侍女には本当に世話になった、、、、おかげで、いい子に育った。二人共、、、、」
「大丈夫でございますよ、、、、いつかは、自分の身に起こったことを理解して、昇華することができるように、、、、」
「・・・・なるだろうか?」
「・・・・ならねばならないでしょうな、、、、これを越えられなければ、、、家族を持てますまい。あの方が、決まった方が決められないのは、無意識にでも、、、、、それがあるかと。貴殿が、、、まだ弟君の婚約を発表しないのも、、、、それがあるのでございましょう?あの方は、私の別荘に行きたいらしいですよ。止めませんでした。」
「・・・・・」
「・・・・・」
「忘れたままにいてほしかった。それに、、、、それを伏せるために、お前の家族を犠牲にしてしまった。」
「いえ、、、、前にも申し上げましたでしょう?あれたちの、選択した道です。」