ルフナ 歌劇 5/12 昼下がり~
わたし達はコピチを眺めた後も、あれこれと食べ物の屋台を巡った。
「すまん、食べ過ぎた。。。」
「大丈夫?無理しないでね?」
その間、ヴァレンは、わたしが興味を示した食べ物を、とりあえず食べてみせるという暴挙を繰り返した。その挙げ句、ヴァレンはお腹を抱えて歩く羽目になってしまった。
護衛としての使命感なのか、それとも男らしさを見せつけたかったのか、はたまたわたしの懺悔を受けての動揺だったのか、ヴァレンの本心は分からない。それでも今のヴァレンの状態が、彼にとって恥ずべき事態だということは、よく分かった。
「全く、信じ難い。。。」
「ごめん!ほんとにごめんねっ」
しかし、ヴァレンがこうなってしまった理由として考えられることは、もう1つだけあった。
わたしはヴァレンの食べた物は大抵、いえ、全部一緒に食べた。名前を聞いても全然分からないお肉を、何種類か食べた。白身魚の揚げた物も美味しかった。タコ焼きはなくても、お好み焼きみたいなものはあったし、それはソースが無くてもなんの問題もなかった。甘いものは目移りするほどあったけれど、わたしは我慢して2つだけにした。そこで、満足したはずだった。
「最後のあれはなんだ。初めて見たぞ」
「わたしには、お餅にしか見えませんでした!」
ジュラの国で見られるお米はパサパサで、わたしとしてはどうにも満足できるものじゃなかった。お米はもっと、もちもちしていた記憶があったからだ。でも、最後の屋台にあったものは、つやつやモチモチした、どう見ても、食べてもお餅だった。甘くしたお餅と、しょっぱいお餅。わたしは本当に涙を流しながら、2つずつ頂いた。
ヴァレンはといえば、既にその時、一口食べるのがやっとだったらしい。
そうなのです。白状してしまうと、わたしはもしかしたら、大食らいなのかもしれません。
「あれは本当に良いものでした」
「満足したなら、良かっ。。。た」
屋台のある辺りは、人混みが凄かった。わたし達はようやくそこから抜け出し、大井戸の近くまでやってきた。
エレスには、いくつか井戸が掘ってある。その中でも一番大きいこの大井戸は、すり鉢状に整備されていて、その縁の直径は30メートルにもなる。
「そこで休もう。段になってるから座れるよ」
「あぁ、助かる。歩くのも大変だ」
その中心にある大きな井戸は、今は一時的に塞がれていて、即席の舞台を作ってあるみたいだった。中央の舞台を見下ろす形になるために、縁に座ったわたし達からでもよく見えた。
わたし達が立ち寄った時、歌劇はちょうど終盤に差し掛かるところだった。
『アルス様!あの恐ろしい、魔獣の涌き出る地へ、本当に行ってしまわれるのですか?』
女優の1人がアルスという青年役に呼び掛けた。
『アァそうだ!私はそこへ、皆を率いて、往かねばならん。法螺吹きと言われたまま、死ねるものかァッ!』
アルスは女優に背中を向けたまま、大音声を上げる。
『嘘つきでもっ、構いません。どうかっ、どうか行かないでェ』
女優はアルスの背中に、しなだれる様に抱きついた。
『いいや私は往くっ。我等のうち、いずれかのものが、帰って、真を告げるであろう。たとえ礎になろうと、あなたのためと、そう信じれば。悔いなど、ありはァせん!』
アルスが振り返り、女優を抱き寄せる。二人以外の役者が悲しげな声で歌う中、少しだけそうすると、アルスはすぐに、馬を模した道具に跨がり、舞台を後にした。
「これは素晴らしい。アルス様の歌劇だ」
ヴァレンが目を輝かせて、そう言った。
「アルス様って?」
わたしは舞台を見ながら、脳裏にうっすらと、歌舞伎というものを映していた。何かが決定的に違うはずだけれど、節回しや見た目がそっくりに思えた。
「これは物語という形なんだが、史実を元に作られている。アルス様は実在の人物だ。この国では本来、名前すら伏せられているが、建国前、この地に住んでいた部族の1人だそうだ」
「建国前って、ジュラの国の?この辺りは魔獣だらけだったって。。。なんでそんな所で生きていられたの?」
アレンさんの授業では、首都があった場所にさえも魔獣がいたと言っていた。それより奥地で、人間が生きていけるとは思えなかった。
「元々、この地には、アルスダムの原型となるものがあったんだ。自然が作ったものだ。アルス様達は、その中で隠れるように生きておられたと聞く。そしてその原型を、初代国王様の命を受けたマハルジオン様が陣頭に立って改良、整備したのが今のアルスダムだ。マハルジオン様とは、アルス様の話を信じ、この地へ最初に調査にきた者の1人だ」
「へぇ。じゃあさ、マハルジオン様ってもしかしてヴァレンの御先祖様?」
その予想に、ヴァレンは小さく頷いた。わたしにしては、珍しく頭が冴えている。ご飯をいっぱい食べたおかげかもしれない。
「その言い方が正しいかは分からんが、マハルジオン様は、確かに初代アルスダム家当主だ」
「じゃあやっぱりアルスダムのアルスって、アルス様のことなのね?」
ヴァレンがそこで、満足そうな顔をした。
「そうだ。アレン司祭は濁していたが、アルスダム家では確かに、そのように伝わっている」
ヴァレンは興奮で、お腹のことなんて忘れているみたいだった。夏至祭りの日に、自分のことで子孫にこんな顔をしてもらえるなんて、御先祖様も大喜びしてるんじゃないかと思った。
夏至祭りを満喫したわたし達が教会へ戻ってくると、綺麗な造りの馬車が、1輛停まっていた。
「わ、すごい。あれも夏至祭りの何かなの?」
「いや、あれは。。。王家の馬車ではないか?」
そう騒ぎ立てるわたし達の前で、馬車は動き出し、去っていった。
「アレンさんに、何かあったの。。。?」
と、ヴァレンは無言でこちらを見ると、さっと駆けていった。
わたしがヴァレンの後を追って向かった礼拝堂には、ハゼットと姉さんがいたものの、アレンさんの姿は無かった。ハゼットに尋ねると、食堂へ行ってみるように言われた。わたしは短くお礼を言って、食堂へと急いだ。
そうして、恐る恐る中を覗くと、そこにはアレンさんとヴァレンがいた。
「何かあったんですか?」
戸口から、どきどきしながらわたしが問うと、アレンさんが気付いて、ぱぁっと表情を明るくした。
「あぁ、ちょうど良い所に来ましたね。今しがた、伯父上様から届けられたものがあるんですよ!」
アレンさんが興奮した様子で声を上げた。食卓には黄金で所々装飾された時計が置かれていた。それは規則正しくコチコチと、可愛い音を立てている。
「わぁ、時計だー!すっごく可愛いですね。贈り物ですか?」
その時計は、ガラスでわざと透けさせたような所もあり、歯車が忙しそうに動いているのがよく見える。
「可愛い、ですか?私はどちらかと言うと、格好いいと思うんですが。。。」
「ええ!この振り子なんて、こんなに忙しそうにちょこちょこ動いて、いじらしいじゃないですか」
きらきらの装飾は格好いいかもしれないけど、このコの動きには、各所に可愛いが溢れている。その可愛さに、議論の余地は無かった。
「。。。とにかく、これはまぁ、昔の私の部屋に置いてあったものでして。ルフナについて手紙を出した時、ついでにお願いしてたんですよ」
アレンさんは言いながら、愛おしそうに時計を撫でた。
「エレスに来た頃は、この辺りに時計なんてありませんでしたからね。それで泣く泣く諦めたのですが、今なら教会にあっても、びっくりされることもないでしょうから」
アレンさんのいた首都では、昔から時計があったんだろうかと、わたしは行ったことのない首都を想像した。こっちの世界にきてからというもの、2時間おきに鳴る時計台の鐘の音を基に、これまで生活していたけれど、これからは新しい時間を過ごしていくような気になった。
「そのコは、礼拝堂に置くんですか?」
礼拝堂の荘厳な空気の中、このコをひとり静かに働かせるのは可哀想な気がした。
「いいえ。しばらくは、食堂に飾っておきましょう。いずれは孤児院に置けるといいですねぇ」
アレンさんの言葉に、よかったね、と時計を見た。
「それがいいです!これなら、子供達の時計のお勉強の時も、きっと役に立ちますよ」
わたしがエレスで見た時計といえは、大通りに1つと、大門の所にあった1つの、合わせて2つだけだった。子供達が学ぶのなら、実物が身近にあることは大事に思えた。
「そうですね。エレスでも、昔は都市長室に1つあっただけなんですよ。それでさえ、日々の調整が不可欠で、時刻はまだまだ曖昧なものだったそうです。ですが今は、皆が正確な時刻を基準に生活していますからね。それを学ぶのは大切だと思います」
アレンさんがとても嬉しそうに、そう言った。目の前の時計を眺めながら、昔の思い出を見ているような、そんな優しい眼差しだった。
「。。。これはもしかして、カレンさんからの頂き物なんですか?」
口にするか迷いながら、やっぱり聞かずにはいられなかった。それほどまでに、この時計に対する愛着を、アレンさんから感じていたからだ。
「いえいえ、これは伯父上様から、昔に頂いたものですよ。当時は大変高価なものでしたからね」
お腹が落ち着くと、わたしの頭の冴えは失われてしまったみたいだった。本当に余計なことを言ってしまったと1人反省していると、アレンさんが時計を見つめながら、言葉を続けた。
「ですが、そうですね。形などありませんが、カレンとの思い出も、確かにここに刻まれています。その時間の大切さや、愛おしさとでも言うんでしょうか。そういった物を、今もしっかりと刻んでくれています」
小さく音を鳴らしながら優しく時を刻むその時計を、アレンさんはもう一度撫でた。
「さて、そろそろ夕食の支度を始めましょうか。今日はハゼットも食べて行くでしょうが、少なめに作った方が良いですか?」
アレンさんは、わたしの腹具合を気にしているみたいだった。お腹に手を当てて、考える、ふりをした。
「いえ、大丈夫です。いつも通り、ちゃんと食べられます!」
夕食と聞いて、わたしのお腹が催促を始めるのが分かった。
「馬鹿な!無茶をするな」
黙っていたヴァレンが、横から突然声を上げる。
「無茶って何よ?」
ヴァレンを見ると、嘲るというよりも、驚愕の表情を浮かべていた。
「俺は今日はもう、食べるのも嫌なぐらいなのに、どうなっているんだその腹は?」
そう言って人のお腹を指差してくる。乙女のお腹を。
「ルフナは食いしん坊ですからね」
アレンさんまで、そう言って笑い声を上げた。いつの間にかそんな印象を持たれていたことに、わたしは叫び声を上げそうになった。
「う、嘘!?アレンさんまでそんな。。。」
わたしは今まで、出されたものはきちんと食べる、を実践していただけだ。ただ、近頃、アレンさんの準備する食材が増えてきたかな、ぐらいには思っていた。
「ご飯が美味しいのが悪いんですよ!」
わたしはそう言い残して、調理場へ逃げ出した。




