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ルフナ 夏至祭り 5/12 正午前~

 教会から大通りにやってくるまで、わたし達はニコニコと笑いながらも、会話はせずにいた。お互いなんとなく、先に怒った方が負けという認識を共有しているはずだった。

「何かで勝負でもする?」

だからわたしは、もちろん笑顔を絶やさない。

「ほう。それは面白そうだ」

ヴァレンも似合わない笑顔を張り付けている。

「こっちのお祭りってどういうものがあるの?」

勝負と言っておきながらも、夏至祭りについて何も知らなかった。わたしはまたも、予習を怠ってしまった。

「。。。実は、私もよく知らんのだ。幼い頃に立ち寄った記憶はあるのだが。。。」

そこでわたしはつい、意地悪をしたくなった。

「それってお姉ちゃんとの思い出?」

わたしはその時、ヴァレンの頬がぴくっと動いたのを見逃さなかった。ところが、その質問に答えは返ってこなかった。

「ねえ?」

再び問いかけるもヴァレンは答えない。顔も厳しめの仏頂面に戻っている。わたしは途端に虚しくなった。こんなやり取りは、疲れるだけだった。

ふと近くに目をやると、手を繋いだふたりが軽やかに駆けていく。その男女の顔はどちらも、とっても幸せそうだった。その姿を見たら、わたし達の行動が余りにも馬鹿馬鹿しく思えた。

いや、自分ひとりが馬鹿だったことに、ようやく気付いた。

わたしは、思いきってヴァレンの前に立った。

「ごめんなさい。こんなのやっぱり嫌だ。全然面白くなかった。。。」

勢いに任せて、地面に届けとばかりに頭を下げた。

「意地っぱりだった。こんなわたし、全然楽しくないよ」

「。。。いや、こちらこそ」

ヴァレンがそれ以上言おうとするのを、手を上げて遮った。ぽつぽつと謝罪する内に、今日の分だけじゃ足りないことに気が付いた。

「別にあなたが嫌いなわけじゃないの。ただ、あなたのことが分からなくて、ロレア姉さんみたいにしたら、仲良くなれるのかなって。。。」

わたしは彼との出会いを、その後の出来事を、引きずり過ぎたのかもしれなかった。

「わたしの方こそ、自己紹介もまだだったよね」

一昨日の喧嘩だって本当は、全然終わってなんか無かったかもしれない。そうだ、あの時、わたしは、きちんと謝っていなかったではないか。

もういっそ、全てを忘れて、ヴァレンを見てみたくなった。そんなことはもう無理だけど、わたしの気持ちが伝わるように願いをこめて、再び頭を下げた。

「わたしはルフナといいます。わたしは、この世界のことを、なんにも知らないの」

黙ったまま変な顔をしているヴァレンに、思いきって手を差し出してみた。もう一度、深く、頭を下げて。

「助けてもらえませんか?」

だけれど、ヴァレンは応えない。

「もう嫌?」

わたしが姿勢をそのままに、もう一度問いかけると、わたしの手を優しく包むものがある。

「嫌じゃない」

ヴァレンは、ようやく応えてくれた。

「。。。ありがとう」

感謝の気持ちが伝わるように、握手する右手に、そっと力を込めた。

「そうだ。あなたのこと、ヴァレンティオンさんって呼べばいい?」

「ヴァレンでいい。さん、もいらない」

ヴァレンは手を離すと、すっぱりと背中を向けた。

「まったく、急な奴だ。。。私はあまり、器用じゃないんだ」

ヴァレンは照れ隠しなのか、呆れているのか、ばりばりと頭をかいている。その背中を見ていたら、ちょっぴり照れくさくなった。

「わたしのことは、なんて呼んでくれるの?」

「。。。だから、器用じゃないんだ。そんなもの、早々変えられない」

それはその通りだった。こんなので変わったら変わったで、むず痒いだけかもしれない。

「そっか。怖くしないなら何でもいいや。。。でも、一つだけ確認したいことがあるんだけど」

わたしはこの数日間の、ヴァレンに対する自分の態度を思い出していた。それはあまりにも自分勝手で、心がずきずきした。

「なんだ?」

「わたしって、あなたの前でずーっと、怖い顔、してた?」

わたしはヴァレンを見て、いつも仏頂面だと思っていたけれど、もしかしたら自分も、そうだったのかもしれないと、今更ながらに気が付いた。

「。。。そうかもしれないな。怯えたり、怒ったり。あんまり良い顔は、見ていないかもしれない」

「やっぱりそっか、ごめんね。勝手に、あなたはいっつも仏頂面だって、決めつけちゃってた」

ヴァレンは何も言わなかった。だけど、悪態もつかなかった。

「一昨日もありがとう。ヴァレンが助けてくれなかったら、全部、台無しにしてたね」

「それはもういい」

ヴァレンは背中を向けたまま、こちらを見ない。でもその背中は、全然怖くないし、別にもう、嫌いじゃなかった。

「あと、意地悪してごめんね?」

「それももういい」


 その時、大通りにある時計台が12時を告げた。

姉さんのお説教が、思いの外、長かったらしい。お昼御飯の時間になっていたことに気付くと、わたしのお腹が鳴りだした。それは鐘の音で、ヴァレンには聞こえていないはずだった。

「お腹空いちゃった」

鐘が鳴り終わると、多分笑顔で、そう言えた。

「またそれか。しかし、私。。。俺もだ。とにかく何か食べよう。こっちの世界での食事は慣れたのか?」

「うん、野菜の色とか大きさは不思議だけど、味は大丈夫だよ。ちゃんと美味しいし」

きっとヴァレンは、今は無理をして言葉を崩してくれている。本心なんて分からないけれど、その姿勢をわざわざ見せてくれたことがとっても嬉しかった。

「祭りを見に行こうか。何かあるだろう」

「うん、行こう!お祭りだもんね」

お互い少し、ぎこちない感じがするけど、今はそれが丁度良かった。

せっかくの初めての夏至祭りを、嫌な気持ちで見て回ることにならなくて本当に良かったと、わたしは素直に思った。

「どうせなら、祭りでしか食べられない物を食べよう」

ヴァレンがそう言って歩き出す。わたしもお祭りに集中する。

「お祭り。。。タコ。。。は海の物だから、タコ焼きはないだろうしなぁ。。。」

実は、お祭りと聞いた時から、わたしの脳裏はソースでいっぱいだ。食べ物の記憶は不思議と鮮明で、それが今は、ちょっと悔しかった。

「タコ焼きがというものが、どういうものか知らないが、タコはいるぞ。エレスの大市でも、昨日見たからな」

「え?タコって海のものだよね?」

海は大きい魔獣が出ると聞いて、わたしはもう、魚介類なんて食べられないものだと思っていた。

「磯や、海岸近くなら安全だ。海辺には漁民もいる。というより、エレスは海が近いからな。肉より魚介を食べることが多いはずだ。首都の人々は、海産物を気味悪がってあまり食べないが、わた、俺は好きだ」

「良かったー。もう二度と食べれないと思ってたから、それだけでも助かったよ」

ソースが無くとも、タコがあるならなんとかなりそうだ。他にも食べたかった魚介類は山程ある。明日は大市に行ってみることに、密かに決定した。

「タコは屋台になさそうだが、魚なら色々あるみたいだぞ。白身魚を揚げたものや。。。お、これなんてどうだ?祭りらしくはないが」

ヴァレンはそう言って、右側の屋台を指差した。そこはエビのようなものを串焼きにしてあるお店だった。いや、エビのようなものと言うよりそれは、形だけは、わたしの記憶にもあるエビそのものだった。

「これはエビ?それなら大好物だけど、これはもしかして殻ごと食べるの?」

「ああ。この辺りでしか獲れないエレスエビだな。こいつは殻ごと食べられる。父上も、魚は駄目だが、エビだけは好んで食べていたんだ」

塩と香辛料を振って(あぶ)ってあるその小さめのエビは、なんと青い殻に覆われていた。

「う~ん、こっちではエビって、こんな青い殻が普通なの?」

「いや、青はむしろ少ない。火を通すと、ほとんどが赤か、黄色だな。こいつは殻ごと食べた方が美味いと有名なんだ」

そう言うとヴァレンは、お店のおじさんからそれを2串、受け取った。

「味は保証する」

わたしにひとつ手渡すと、早速、ヴァレンは自分のものにかぶりついた。わたしもそれを見てから、恐る恐る口に運んだ。

「わあ!美味しい!」

わたしの覚えているエビよりも、はるかに美味しい気がした。お店のおじさんもニッコリとしている。夢中で食べる間に、ヴァレンはもう2串、おじさんから受け取っていた。

「そうだろう。エレスにいて、こいつを食べないのは勿体ない。ほとんど年中獲れるから、いつでも大市にあるはずだ」

「明日探してみる!教会では魚介なんて見たことなかったから」

アレンさん達が苦手だったりするんだろうかと、わたしが考えていると、向かいの屋台にあるものが目に入った。

「あ、あれ?あそこにいるのって、金魚?」

ガラスの器の中をひらひら泳ぐ魚は、金魚に見えた。白地の体に黒と赤が美しく散らばって、尾びれだけが妙に大きい、小振りな魚だった。

「コピチのことか?北方三国のひとつ、カリマヤにいる魚だな。俺も昔、祭りで見た記憶がある」

「わたしの覚えてるのは、もっと細い感じの魚だけど、こんなのもいたはずなんだよね。あ!そうだ。向こうの世界ではね、その金魚っていうのをね、(すく)うんだ。薄い、破れやすい紙を張った道具で。お祭りの定番だったと思う」

目をつむると、小さな女の子がヒラヒラの可愛らしい服を着て、一生懸命に金魚を掬う情景が見えた。

「魚を掬う?。。。少し、悪趣味じゃないか?」

「ええ!そんなことないよ。え、でも、そうなのかな。。。遊びで。。。そう言われると、確かに虐めてるみたいな。。。」

改めて指摘されると、残酷なような気もしてくる。でも決して、残虐な遊びではなかったはずだった。

「でも、このコはそんなことされないで、良かったのかもね。ほら、気持ち良さそうに泳いでるよ」

「確かにそうだ。暢気(のんき)にも見える」

透明な器の中でコピチが眠りを誘うようにフワフワと動くと、とっても穏やかな心地になった。

「欲しいのか?」

ヴァレンが横から尋ねてくる。値札をちらっと見ると、先ほどの青いエビより、2桁も並んでいる数字が多かった。

「ううん。まだお祭りも見て歩きたいし、荷物になるよ。それに、持って歩いたら、やっぱり虐めてるみたいで可哀想」

「そうか」

ヴァレンも懐かしむような、優しい目をして、コピチを眺めていた。

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