ルフナ 夏至 5/12 朝
「。。。言いたい」
昨日は魔獣について学んだ後も、結局なんだかんだと授業は長引いた。ヴァレンが、
「この無知め」
と言わんばかりのお目々で睨んでくるから、サリムと一緒の居残り授業は続いた。アレンさんの長講釈は嫌いじゃなかったけれど、授業となると話は別かもしれない。
「早く、言いたい」
授業が終わってからも、午後からはアレンさんの代わりとして、わたしが子供達の授業を任されてしまった。昨日は算数だからなんとかなったけれど、それでも20人以上いる子供達をまとめるのは大変だった。
あんまり頭と体を使ったからか、晩御飯はたくさん食べた。おかわりなんて生まれ変わって初めてで、ちょっぴり恥ずかしかった。それでも、アレンさんは何か予感したのか、多めにご飯を準備してくれていた。
「ロレア姉さん!」
昨日からセスという少し遠くにある村に、お仕事で行っていた姉さんが、今、ようやく帰ってきた。
「どうしたの急に?。。。あ、あなた、顔が真っ赤よ!?大丈夫なの?」
興奮しすぎたのか、頭に血が上っていたみたいだった。
「わたしは大丈夫です!とってもオモシロイ話を聞いたから!昨日から、姉さんに言いたくて言いたくて、大変だったんだから!」
「いいからちょっと落ち着きなさい。礼拝堂よ、ここは」
ふと周りを見ると、お祈りに来ていた信徒の人達が、何事かとこちらを見ている。
「そうでした。。。うるさくして、すみません。。。」
わたしは、恥ずかしくて顔を上げていられなくなって、これでもかと頭を下げた。でも、頭を下げてしまうと、今度は頭を上げるのが怖くて、わたしはそのまま消えてしまいたいと思った。
姉さんと礼拝堂を出ると、食堂へと避難した。さっきまでの興奮は引っ込んでしまって、今はただただ、自分が恥ずかしかった。
「で、どうしたの一体?」
姉さんにこれからお説教されるのかと思うと、わたしは途方もなく恐ろしかった。ヴァレンにはどんな悪態をつかれても、もう怖くはないけれど、姉さんに怒られるのは、心底堪える気がする。
「いえ、本当に下らないことで。。。興奮してた自分が馬鹿みたいで、反省してます」
言葉と共に、わたしの頭は徐々に下がっていって、再びそのまま上がらなくなってしまった。それぐらい、姉さんの目を見るのが怖かった。
「いいから言ってみなさい」
だけれど、姉さんにこうまで、ぴしゃりと言われてしまっては観念するしかなかった。
「うぅ、えっと。。。ヴァレンに、お姉ちゃんがいるっていう。。。ただそれだけの話です。。。」
ごめんなさい、という最後の言葉は、姉さんに聞こえたかは分からない。
「ふーん。あの男に、お姉さんがねぇ」
姉さんはそう言ったきり、ぷいっと背中を向けた。沈黙が耳と胸に刺さって痛い。自分を奮い立たせて、キチンと謝るために顔を上げると、姉さんが顔を伏せていた。
「。。。ふふ」
と、姉さんの肩が小刻みに震える。
「なによ、それ。。。ふふ。ほんとにつまらない。。。あはは」
姉さんが笑い出したものの、わたしはどうするのが正しいのか、まるで分からなかった。
「怒ってないデスカ?」
「もちろん怒る気だったわ!。。。でも。。あはは!」
姉さんがお腹を抱えて、堪えきれずに笑い声を上げた。わたしはなんとか生き延びることができそうだった。
「。。。そう。ヴァレンにはお姉さんがいたのね。分かったわ」
ところがそこで、姉さんの顔から、すぅっと笑みが引いて、やっぱり怖い顔になってしまった。わたしの頭からは、血の気が引いていった。
「教会に仕えているわけじゃなくても、ここで暮らしているなら気をつけなさい。わかったわね?」
姉さんはわたしが思っていた以上に、きちんと、教会に仕える人だった。慕っている人からのお説教が、ここまで胸を刺すものなんだと、わたしは我が身をもって知ることができた。少し前のわたしなら、泣いていたに違いない。
「はい。二度と、同じ失敗はしません」
姉さんが長く息を吐く音が聞こえた。
「あんまり慣れないことをさせないでちょうだい。孤児院で働くようになったら、あなたにも責任が生まれるんだから」
その通りだった。今はただのお手伝いでも、わたしはこの世界で、ちゃんと暮らしていかなければならないのだ。
「それで、ヴァレンにお姉さんがいるのは確かなのね?」
「はい。昨日、自分で言ってました」
わたしの返事に姉さんが、にんまりと笑った。
「わたしの想像ですけど。。。ヴァレンってきっと、お姉ちゃんのこと、大好きなんだろうなぁって、思ったんです」
「ふふん、そうでしょうねぇ。面白い話を聞いたわ。へぇ~、あの男、本当に弟だったのね」
わたしが恐る恐る言った言葉は、姉さんをニヤニヤさせた。姉さんにとっても、面白い情報であったと分かって、ほわっと肩の力が抜けた。
「どんなお姉さんかは知らないんですけどね。二人姉弟ってことは間違いないです」
姉さんは何度も頷いた。
「あの男に会うのが楽しみになったわ。今日はまだ来てないのかしら?」
そう言われて、今朝はまだヴァレンを見ていないことに気付いた。姉さんに早く話したくて、今朝はこれまで、ヴァレンなんてどうでも良かった。
「今日はまだ見てませんね。どこかから、隠れて見てるのかもしれないけど。。。」
調理場を見渡してみても、外を覗いてみても、ヴァレンどころか他には誰もいなかった。
「いいのいいの。楽しみがあると分かると、今日1日、張り合いが出るわ」
「今日はどんなお仕事があるんですか?」
姉さんの仕事を真似ていれば、わたしも少しは格好よくなれるんじゃないのかと、鼻息荒く尋ねた。ところが姉さんときたら、きょとんとした顔をしていた。と、そこで、今日という日が、なにか特別な日だったような気がして、記憶を確かめてみるも、答えは出なかった。
「今日は夏至よ?教会でお祈りする人も多いし、午後は先生もそうするんじゃないかしら」
姉さんはそう言って、わたしの目をじいっと見つめる。そして、納得したように軽く手を叩いた。
「あぁ、そうね。これは、こっちの世界だけの習慣かもしれないわね。夏至の日は、亡くなった人達を弔う日でもあるのよ。それに、夏至の日のお祈りはね、創世神様もしっかり見てくれているっていう言い伝えもあるから」
姉さんの言葉に、いくつかの向こうの世界の情景が頭を過った。その記憶から読み取れたのは、御先祖様の弔いだった。
「御先祖様の魂が返ってくるっていうのなら、向こうにもあったと思います。あれ?でも夏至じゃあなかったかな。。。でも、夏なのは確かです」
わたしの前世の記憶は、本当に不安定だった。生活の中で、ふわっと思い出したと思うと、そのままどこかへ飛んで行ってしまう。転生者とは、皆こんな感じなんだろうかと不思議に思った。
「似たような風習は、やっぱりあるものね。誰かが居なくなるのは辛いもの」
姉さんは少しの間、何かを思い出すように上を向いた。身長差のあるわたしでは、きちんとはわからなかったけれど、その口元は、何かに耐えるみたいに引き延ばされて見えた。姉さんも孤児院にいた頃があったはずだけれど、わたしがその事情まで聞いて良いものかどうかは、まだ推し量れずにいる。
「あなたは夏至祭りに行ってみたら?こっちのお祭りなんて、初めてでしょう?」
姉さんは自分の見せてしまった表情を誤魔化すみたいに、今度は可愛らしく、首を傾げて笑ってみせた。
「実は、そんな話も朝食の時に出てたんですけど、なんとなく皆が忙しそうにしてたから、断っちゃったんです」
正直なところ、朝食の時は姉さんに早く話したい気持ちで頭がいっぱいで、完全に上の空だった、とは言えそうにない。ただ、今日は気晴らしに、どこかに出かけてはどうかという提案を、ハゼットにしてもらったのは確かなはずだった。
「それに、一緒に行く相手もいないし。。。」
今、改めてそんな話をしてみても、見てみたい気持ちはあるものの、お祭りに1人で行くのは寂しい気がしていた。
「あらあら、丁度いいのがいるじゃない」
姉さんはそう言うと、食堂の入り口辺りを指差した。わたしがそちらを見ると、そこにはヴァレンの姿があった。
「挨拶もなしに、人を指差すとは感心しないな」
ヴァレンが仏頂面で悪態をつくも、姉さんはといえば、全く構わずに、にこにこしている。
「私のお楽しみは、夕方までとっておくわ~」
素敵な笑顔でそう言い残してから、ヴァレンの前でもう一度にっこりと笑いかけて、姉さんは礼拝堂に行ってしまった。
「何故、今日はあれほどに機嫌が良いのだ?却って不気味だぞ」
姉さんが去った後、ヴァレンはわたしに問いかけた。
「知らな~い。きっと面白いことがあったんでしょ?」
わたしはヴァレンに背中を向けて、知らんぷりする。それにしても姉さんは、なんという提案をするんだろうか。特に用事は思いつかないけれど、姉さんのお仕事を手伝えばいいかと、ヴァレンなんて放っておいて、わたしも食堂を出ようとした。
「夏至祭りに行くのか?」
しかし、わたしがヴァレンの前を通り過ぎた所で、そのまま立ち去ることができなくなってしまった。さっきの話をヴァレンが聞いていたことに愕然とした。
「。。。いつから聞いてたの?」
「だから、夏至祭りの話をしているところからだ。ついさっき来たんだぞ?」
この男の言葉を、鵜呑みにするなんてできるはずもない。けれども、わたしが怒られていたことや、その原因については聞かれていないだろうことは、ちらりと伺えた、彼の仏頂面の程度から察することができた。
「。。。おい!何か隠しているだろう?ロレアの様子といい、何かあるな?」
ヴァレンに今、顔を見られていないのが、幸いだった。わたしの顔は正直者だから、答えなくとも気付かれてしまっていたはずだった。
「いいえ、なにも?あなたと夏至祭りに行っておいでって言われただけよ」
と、姉さんへの密告がばれないようにするのに必死で、結局、わたしは余計なことを言ってしまった。
「。。。なるほど。それでは驚愕しても仕方あるまい。。。ちっ、ロレアめ!」
ヴァレンにお姉さんがいることをロレア姉さんに密告したことは、本当に聞いていなかったみたいで、それについては大いに安心できた。姉さんの楽しみの邪魔をしたくなかったから、それは好都合だった。
「で、いつ行くのだ?」
「。。。い、行きたいの?」
わたしの内心はとんでもなく複雑だった。
一番大きな気持ちは、この男とは行きたくない、だ。出会いからこれまで、ヴァレンとの思い出といえば、酷いものだった。混乱と侮辱に加えて喧嘩という、とんでもない品揃えだったから、これは当然の感情のはずだった。
でも、それらが起こった経緯まで考えれば、これを機会に水に流すという選択肢が、朧気ながら見える、気がする。それに彼は一応、わたしの護衛らしいのだ。信じられないことに。
だから、どうしてもとお誘いされるのなら、彼の同行を前向きに考えるぐらいはしてもよかった。
「どうやら私は暇だと思われているらしいのでな。良い機会だから、しっかりと!仕事をしようと思うのだ。構わないな?」
しかしヴァレンは、笑顔で憎まれ口を叩く。それではわたしも負けていられない、と息巻いた。
「ちゃんとわたしの言ったことを、覚えててくれて嬉しいわ。じゃあ、しっかりと!護衛をお願いするわね」
わたしもきちんと笑顔でお返しした。
こうしてわたし達二人は、傍目には見つめ合うようにしてから、傍目にはニコニコしながら、夏至祭りに出掛けた。




