八 夜をこめて
「AV鑑賞会だっ!」
我が友アズマが、高らかに叫んだ。
「僕たちは高校生だ! 高校生といえば、友人とAV鑑賞会だ!」
「偏差値30の高校でも今時やらないぞそんなの……」
昼休み。
部室に集まった僕たち三人――僕・トキ・アズマ――は机を囲んで、雑談しているところだった。
「昨日出たばかりの、大人気清楚系AV女優『天音のどか』最新作! 『サークルの帰り際、押しの強い先輩に流された私は……』!」
バンッ、とアズマが机の上にノートパソコンを置く。画面には、F〇NZAの購入済み商品が表示されていた。
「「はぁ……」」
「反応が薄いっ! もっと絶叫しながらヘドバンするぐらい沸き上がろうよ‼」
「AV見たことない中学生でもそんな異常行動しないんだよ……!」
「そんな文句ばっかり言うんだったらトキには見せないよ? いいの?」
「ぜんぜんいいよっ! そもそもなんで男と肩並べてエ〇動画見なきゃならないんだよ! 考えてもみろ、お前は友達と複数人でエ〇ゲをするのか?」
「いや、その例えは微妙ではないか?」
性の基準がエ〇ゲに偏り過ぎている男である。
「それ一回してみたくて、カサネを誘ったんだけどさ」
「自殺志願者か……?」
「なぜよりにもよって異性を誘うのだ」
「カサネのエ〇ゲへの偏見がひどすぎるから、それを取っ払ういい機会かなって……」
「まあそれならわからなくはない……か? 結果はどうだったんだよ」
「部屋が火薬臭くなった」
発砲されているではないか。
「じゃあもうそれで懲りとけよ。俺はエ〇ゲしてるから邪魔するな」
そう言って、部活備え付けのPCでエロゲを始めるトキ。
「えー……じゃあミズは!? ミズは興味あるよねっ!?」
鬼気迫った表情で訊ねてくるアズマ。
去年の大規模防衛戦の時でさえ、こんな顔はしていなかっただろうに。
「ふむ……まず一つ言っておきたいのだが」
僕はこの話が始まってからずっと思っていたことを口にする。
「その天音のどかという女優を、僕は知らない。それほど有名なのか?」
「?????? ……――ッ⁉︎⁉︎⁉︎」
ドゴォン、とアズマの脳天に雷が落ちるのを幻視した。
「馬鹿なッ……! 天音のどかの作品は、義務教育ではなかったというのか……!?」
こいつは義務教育がなにかを理解しているのだろうか。
「中学校で習ったでしょ!?」
「習ってたまるか」
「定期テスト直前に、友達と問題を出し合ったあの思い出は!?」
「知らん」
「金髪碧眼の美少女幼馴染に、『もう……アズマはほんとにだめだめね』って額を小突かれた、あの感動を返してよッ‼」
「いよいよただの妄想ではないか」
蘆屋はどこにいった。
「――ハッ! そういえば、三年前に学習指導要領が改定されたって聞いたけど……!?」
「絶対に無関係なので、そんな『点と点が繋がった』などというような顔をするな」
それは小学校のうちから英語を習わせようとか、そういう内容だろう。
……まあ、まともにアズマの相手をしても疲れるだけだ。
僕はトキの方へと視線を移し、先程言おうとしていたことを思い出す。
「それにしても、意外だな。トキ、お前は二次元美少女にしか興味がないと思っていたが」
気になっていたことを口にすると、ピクリ、とトキの動きが止まる。
「あ、あー……それはあれだ、たまたまだ。今は情報社会だからな、興味のない情報も、ネットをしていると勝手に入ってくるんだよ、21世紀は。困ったもんだな?」
「目が泳いでいるが?」
「泳ぎは得意だからな」
「そういうことではない」
「いやいや、ホントに偶然なんだよ。ほら、あるだろお前だって。『イケメン』で検索しようとして、間違えて『イエメン』ってタイプした結果イエメンの首都がサナアであることを知ったり」
「なぜ共感してもらえると思った」
いまひとつ納得できないでいると――ガラガラ。
部室のドアが開き、二人の女性徒が姿を現した。
「あ、トキたちもいるわ」「……ほんとね」
顔を見せたのは、同じ部員の月見里と蘆屋。
手に弁当箱を持っているのを見る限り、二人は部室で昼食をとるためにここにやってきたようだ。
「やばっ!?」
カサネの姿を目にしたアズマが、慌ててPCの画面をたたむ。
「……? なに見てたのよ」
あからさまに不審な動きをしていたアズマに、蘆屋が訊ねる。
咄嗟に言い訳を考え……アズマは返答する。
「――――お、男のグラビア画像……」
「え…………そ、そう。……趣味は、人それぞれよね…………」
普通にドン引かれていた。
「あ、いや違……――わない」
「…………そ、そう……」
意地でも真実を隠蔽したいアズマだった。
その代わりに何か大切なものを失ったのかもしれないが、本人がそれでいいならいいのだろう。
「……なにかパソコンで動画見てたの? 私にも見せて!」
男三人でこそこそ見ようとしていた謎の動画に、月見里が興味を示す。
訊ねられたトキは、極めて真剣な顔で答えた。
「輝夜、これはお前の年齢じゃまだ見ちゃいけないんだ」
どの口が言う。
「私たち、同い年よ……?」
「そうだったか? まあ、イエメンの首都はサナアだしな」
「???」
月見里相手なら何言っても誤魔化せると思ってそうだ。
「……もしかして、トキ、なにか私に隠したいことでもあるの?」
「い、いや! 実際のところ、お前は『少女』時代から急に成長した反則人間だからアウトだろ! お前はまだ厳密には八歳とかそこらのはずだ!」
「うーん……」
「と、とにかく俺はゲームに戻るから、お前と蘆屋は仲良く昼食を食べてろ。いいな」
「分からないけど……分かったわ」
どこかしっくりきていない様子の月見里だが、トキの言うことは比較的素直に聞く。彼女はトキの元から離れていった。
その様を、気を取り戻しムクリと起き上がったアズマが眺め――ピコン、となにやら合点がいった顔をする。
「ああ! そう言えば、天音のどかってどことなく月見里さんに似て――」
「よおぉおし我が親友池田東よ! 紙芝居なんかやめて仲良く鑑賞会と洒落こもうじゃないか! おいミズてめぇ! 一人だけ興味ないフリしてんじゃねえぞ!」
「いっそのこと潔いな」
アズマ:ばらされたくなければ鑑賞会に参加しろ――
トキ:参加するので輝夜の前でそれ以上言わないでくださいお願いします――
二人の間で交わされたメタ・メッセージを読み取れば、こんなところだろう。
二次元美少女を愛するあまり、普段三次元女優に対して『所詮は水と炭素原子の塊』と暴言を吐いているトキが、なぜ天音のどかのみピンポイントで知っていたのか不思議だったが……容姿が月見里にどことなく似ているからか。
「強がりは止めなよミズ! ついこの間タマヒメさんに振られたばっかの癖してさ!」
「今も未練がましく通い続けてるんだって!?」
「なんかよくわかんない褐色ロリ女神まで連れてきて自慢してるの!?」
「校舎の壁の修繕費払いやがれ! あれなぜか俺のせいになって父さんに怒られたんだぞ!」
「最後のはサグメに言ってくれたまえ」
僕にも半分くらい責任はあるのだろうが、まあ、それくらいはサグメに背負ってもらおう。
「僕は別に、参加すること自体は構わないのだが……しかし、女子がいてはこの場での鑑賞は不可能だろう。どうする、アズマよ」
「あ、そうだね。今日の放課後は仕事だし……明日は?」
「悪い、明日は俺が仕事で欠席する」
「なんか最近、中史みんなバタついてるみたいだね」
今日が6月26日の金曜日で、明日が土曜だ。
「じゃあ日曜?」
「その日なら俺は平気だ」
「よし。ミズは平気だよね?」
これまでの僕は基本的に用事などなかったので、アズマもそのつもりで訊いてくる。
だが……今週の日曜日か。
「すまない。その日は僕の方が用事がある」
「用事って……あーいや、タマヒメさんのとこに行く気か。あれから毎日会いに行ってるんだっけ」
「一日くらい行かなくてもいいだろ」
「そうではない。その日は、タマヒメとデートの約束が――」
「十束剣――ッ」「破敵剣ッ‼」
ビュンッ――!
普段人の命がどうのこうのと言っている人間達とは思えぬ迷いない動きで、僕に向けて剣を一閃した。
完全に殺す気の攻撃だった。
「いきなり危ないだろう。僕でなかったら避けられずに死んでいた」
「うるさい! 俺はルリとのデートの時、お前たちが全力で妨害してきたの今でも忘れてないからな!?」
「どうせ脈なしだろうから放置してたのに……まさかデートまで漕ぎつけるとは予想外だったよ――『A組男子総員に次ぐ! 鮫水遥が週末、めちゃくちゃ美人の女神とデートするとの情報を入手した!』」
「『これは訓練でもなければリハーサルでもない! ――中史氏・中史家次期当主、中史朝臣中史時による大宣旨である! 2-Aの総力を挙げて、何としてでもこのデートを阻止せよ!』」
「待てお前たち、僕は――」
「黙らっしゃああああ《月降》ぃぃぃッ!」
弁明の時間ももらえず、怒りに任せたトキの斬撃が飛来する。
「《大鏡》!」
すぐにそれを防御魔術にて防ぐ。
「明らかにモテてるけど家柄的に恋愛関係には発展しづらいトキと違って、ミズは普通にタマヒメさんと付き合いそうだからね。徹底的に潰させてもらうよ――《絡繰》」
「くっ――動きが――」
アズマの結界術が行使される。
不可視の糸にて体の動きが封じられてしまった。
「着いたぞ二人とも!」「国敵はここか!?」「鮫がデートするってのは本当か!?」
「真里谷、長野! それにみんなもよく来てくれた!」
殺気を隠そうともしないクラスメイト達が、幽霊研の部室に到着した。
「僕がこいつを封じ込めてるうちに、どんどんやっちゃって!」
『うおおおおおおおぉぉぉぉぉッ!!!!!』
「来るならば来給えッ、この鮫水遥、一歩たりとも引きはしないッ――《八岐大蛇》‼」
――こうして、どこぞの嘘つき女神との戦闘など目ではない死闘を乗り越え……
高貴な珠の乙女との、約束の日を迎えたのだった。
☽
彼らの屍を越え、辿り着いた日曜日。
僕は朝早くから如月駅前にて、タマヒメと待ち合わせをしていた。
「おっ……お待たせしました、鮫さん」
背後から声がかかる。待ち合わせの五分前、タマヒメが来たようだ。
僕は振り返り、返事をしようとして……
「…………っ!」
彼女のその姿に目を惹きつけられて、何を言おうとしていたのか忘れてしまった。
分かってはいたことだ。今日はかなり歩くはずなので、普段着ている着物ではなく、動きやすい私服で着てほしい――そう言ったのは僕だ。
しかし……実際にこうして、タマヒメが現代の女性が普通に着ているようなファッションをしていると。
全体的に優しい色合いの、ゆったりとしたシャツワンピースの上から、カーディガンを羽織った――目立ち過ぎない、ひかえめなガーリーファッションを見せつけられると。
そこにいるのが、高貴な女神としての玉日女命ではなく……ただの一人の、かわいらしい女の子である珠代なのだという印象が、より強まり――僕の心は、いつになくうるさく鼓動してしまう。
「――君の姿を見る度に、美というものに際限はないのだとつくづく思わされる」
そんな服装に合わせて、髪型にも変化が生じている。いつもの水晶玉で結ばれたツーサイドアップはほどかれて、ロングヘアを腰の辺りで水晶にて束ねるようにしている。下げ髪の結び目を大きく下げたような髪型だ。
「に、似合ってま――」
「似合っている」
「すごい食い気味ですね……。でも、良かったです」
僕の過剰気味な反応を見て、自信なさげだったタマヒメもホッとしたようだ。
「その……鮫さんも――か、かっこいい……ですよ」
頑張って僕を見ながら言っていたタマヒメだが、最後の方は恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、林檎のように真っ赤になって僕から目を背けてしまった。自分が褒められたのだから、相手にも気持ちを言葉にしなくてはならない――そう考えての行動だろう。
「君の隣を歩くというのだ。生半可な恰好でいられるはずもない」
自分の恰好についてはとやかく言うつもりもないので特に触れないが、相応の服装で来ているつもりだ。
「では、行こうか」
「は、はい。今日は、よろしくお願いします」
初めての異性とのデートということで、緊張しているのだろう。言動がぎこちない。
「そのように、気を張る必要はないよ。君が、君らしくいてくれれば、僕はそれで嬉しいのだから」
タマヒメは少々、他人に遠慮しすぎてしまうきらいがある。そしてそれは本人も最近になって自覚しはじめたらしい。今日僕をデートに誘ったのも、そのあたりに原因があるとみていいだろう。
そんなことを思っての僕の言葉を聞いた、タマヒメはと言うと……
「…………」
どういうわけか、のぼせたように呆とした様子で、僕を見つめていた。なにか、陶酔するような表情で、だ。
「どうかしたのか?」
「……っえ。いいえ――なんでもないですっ」
胸の辺りで両手をぱたぱたと振るタマヒメ。ならいいのだが。
「時にタマヒメ、神には『霊力』が備わっているな?」
「え? はい、一応私たちは神霊なので……」
「ならば問題はない。これから使うのは……怪異なのでな」
言って、背後にあった駅に目を向ける。
『如月駅』
そう書かれている。
「これは……たしかに。よく見て見ると、違いますね。現世のものじゃないです」
タマヒメは霊力にて、その異質さを感じ取ったのだろう。静かに驚いていた。
「一般人には、この場所は通常の駅にしか映らないだろう。これは、普通の駅の上に、怪異の駅が取り憑いているのだ」
霊力は、厳密にはこの世界に存在する物質ではない。天文学における暗黒物質と同じように、霊的物質はこの世界のいかなる物質とも相互作用しないのだ。そのため、霊力は現実世界の物質を無視し、現世の物質と霊的物質との座標軸が重なってしまうことがある。
如月駅が現実世界の駅に取り憑く際にも、この現象が起きている。なぜわざわざ駅に取り憑くのかは定かではないが、一説によると現実世界の残留思念なるものを読み取って、自らの性質と近しい物質付近に取り憑いているのではないか――などと言われている。と言うより、僕達が勝手に言っている。何度も言うが、霊力はまだまだ解明されていないことが多く、定かではない。
「これは少々風変りな怪異でな。乗員を願ったところにまで連れていってくれる」
霊力を使える魔術師は、基本この如月駅を使って移動する。といっても、常に同じ場所に位置しているわけではないため、それほど使い勝手がいいわけではないのだが。
「あの……そもそもこの建造物は、なんなのでしょうか」
「……ふむ」
一瞬、何を聞かれているのか分からなかった。
数秒考えて、彼女が引き籠りの女神であったことを思い出す。
「……『駅』と『列車』を知らないのか」
「え、駅は分かりますよ! 伝馬を留めておく場所です! ……ですよね?」
彼女の知識は文明開化していなかった。
「この時代では、『駅』とは鉄道駅――列車を利用する場所のことを指す。列車というのは、あれだ」
僕が指差した先では――
――――ゴオオオォォォォゴトンゴトン――ゴトンゴトン――ゴトンゴトン――――‼‼
丁度、地響きのような轟音を立てて電車が通過しているところだった。
「貴重な鉄資源が、あんなに……!?」
それはほんとうにいつの時代の話をしているのだろう。
正確には鉄ではなく鋼やアルミ合金だが、一般的には似たようなものだ。
「そうか。君は電車に乗るのも初めてなのだな」
「すみません……私はずっと出雲――島根に住んでいたので、電車は見たことがなくて……」
「島根に鉄道が通っていないかのような物言いはやめたまえ」
島根県も、スターバ〇クスがあるくらいには栄えている。
「この怪異は……怪異ではあるものの、乗り心地は通常の電車と変わらない。いい経験になるだろう」
☽
そうして切符を買って、順当に電車に乗ったタマヒメは。
「わあぁ……‼‼」
キラキラと目を輝かせながら、車窓に映る風景を眺めていた。
まるで子供だが、ここまで速度の出る乗り物には乗ったことがなかったことだろう、この反応も頷ける。
「鮫さん鮫さんっ、見てください、どんどん景色が変わっていきます! 早馬よりずっとはやいです!!」
幸い早朝ということもあって、この号車には僕らの他に乗客はいない。どれだけ騒いだところで、沸点の低い魔術師や妖怪の怒りを買うことはないだろう。
「幽世の理に則り、明らかに出鱈目な道のりを進んでいるというのに、映る景色は現世のものなのだ。未だに謎多き概念だな、怪異というのは」
科学や魔術学に比べて、霊子力学は研究が進んでおらず、解明されていないものも多い。
「ああっ不二の山ですよ、鮫さん! 久しぶりに見ました!」
しかしこうして富士山を見てはしゃいでいるタマヒメを見ていると、そんなことはどうだってよくなってしまうな。
ただタマヒメが笑っていてくれれば、僕はそれでよかった。
☽
無邪気な子供のようだったタマヒメが我に返ったのは、目的地に着いてからのことだった。
「わ……忘れてください、あんなしどけない姿……!」
「忘れるものか。とてもかわいらしかったぞ、女童のようで」
「あうぅっ……!」
タマヒメはからかわれたとでも思ったのか、両手で顔を覆って顔を俯かせてしまった。
――パシャッ。
「今、何かしましたか?」
僕が取り出していたスマホから音が鳴り、タマヒメが顔を上げる。
「君の御魂を抜き取った」
「写真のことですよね!? それが迷信だってことくらい私も知ってます! 消してください、今すぐ!」
自分の情けない姿を撮られたタマヒメは、真っ赤になって僕を責め立てる。
「この金属でできた板で、どう写真を撮るのだ」
「それはスマートフォンですサグメちゃんから聞いて知ってますっ! 鮫さんさっき電車の話をしてから、私のこと物を知らない莫迦だと思ってないですか!?」
どうやら写真とスマホのことは知っているらしい。サグメは長いこと葦原にいたようだし、彼女から色々と聞いているのかもしれない。
「なに、サグメから君の姿をたくさん写真に収めるように言われているのだ。一生残る思い出としてな」
「そ……それなら、仕方ないですけど……」
他でもない親友の頼みだと知って、タマヒメは威勢を削がれてしまった。
ちなみにあの事件の後、サグメは中史に作ってもらった戸籍で普通に日本で暮らしていて、昨日スマホを入手したところだ。
僕はLINEで繋がっているサグメに、タマヒメの画像を送信した。
「とはいえ、断わりもなく撮ったのはすまなかった。次からは声を掛けるとしよう」
「こちらの不満点を理解していて反省もしてるので、怒るに怒れません……」
むしろそれが新たな不満を生んでいるようだった。
「難儀なものだな」
「それは……ごめんなさい。鮫さんのせいじゃないです」
沈んだ声でそう言って、タマヒメはまた俯いてしまった。
僕としては、ここは勢い任せに僕のせいにするくらいでいいと思うのだが、タマヒメとしてはそうもいかないのだろう。
だとしたら、デート場所はここで正解だった。タマヒメからはデートに誘われただけで、具体的なプランなどは僕が考えた。なので、タマヒメは今自分がどこにいるのかを知らない。
「気にすることはない。それよりも、今はデートを楽しむべきだ」
「あ、そうですね。……それで、ここはどこですか? 人がたくさんいて……皆さん、頭に動物の耳のような装飾品をつけています……なにかの祭祀が行われるんでしょうか」
当然そんな訳はない。彼らがつけてるのはネズミの耳を模したカチューシャだ。
――ここは、東京デズニーランド。国内最大のテーマパークにして、老若男女が楽しめる夢の国であった。
☽
「すごくきれいな……あれは、なんでしょう」
「シ〇デレラ城だ。あの場所で結婚式を挙げることもあるという」
「それは……とても、素敵な思い出になるんでしょうね」
「試しに僕とどうだろうか」
「試しにするものじゃないですっ」
「とはいえ、タマヒメは神前式しか知らないだろう。ならば、一度教会式や人前式を体験してみるのがいいとは思わないかね」
「それはそうかもしれな……あっいえ、普通に知識をつければいいじゃないですかっ!」
「その通りだ」
「もう……ふふっ」
「シン〇レラ城の前でも、写真を撮っておこう」
「そうですね」
「では、アトラクションに乗るか。園内マップを見て、気になるものはないか?」
「右も左も分からない状態なので、特には……まずは一番近いところから行きませんか? なんとかの海賊っていう……」
「あそこはいつでも乗れるから後回しだ。それにどちらかというと、中にあるレストランがメインだ。そうだな、予約するか?」
「えと……なんだかよく分かりませんが、お願いします」
「では、昼食時にまたここに来よう」
「タマヒメは……絶叫系は平気か?」
「絶叫系……とはなんでしょう」
「……聞き方を変えよう。――タマヒメ、走行中の馬から振り落とされても平気か?」
「平気なわけないですよ!? 私たち、今から一体何に乗らされるんですか!?」
「それくらいの衝撃を受けるという話だ。なに、死にはしない」
「それは当たり前だと思ってました……」
「今日は天気もいいことだし……よし、まずはスプラ〇シュマウ〇テンだな。タマヒメ、これから僕たちはずぶ濡れになるかもしれないが、いいな?」
「本当に、何に乗らされるんでしょうか……」
――キャアアアァァァァァァァァッッッ――…………‼‼‼
「み、鮫さん‼ 悲鳴です! 人々の悲鳴が聞こえました! あの丘の上から!」
「ハハ、楽しそうなことだ」
「狂人ですか鮫さん!? 助けましょうよ!」
「助けるもなにも、あれは――」
――キャアアアァァァァァァァァッッッ――…………‼‼‼
「まっ、またです! 長椅子に磔にされた方達が、丘の穴から落ちていきました!」
「僕たちも、今からあれに乗るのだ」
「――嘘ですよね? 鮫さんは、また誰かのために優しい嘘を……」
「ほう、待ち時間5分か。すぐに乗れそうだな」
「ずぶ濡れって……水責めの拷問ということなんでしょうか……」
『では、安全バーを降ろしてくださーい』
ガララララララ
「ついに、拘束されてしまいました……ビクともしません」
「安全バーがビクともしてたまるか」
「あ……う、動き出しました……! あわぷ、水しぶきが……」
「まだまだジャブだ」
「洞窟……動物たちがいます。見たことのない鳥に、あれは狐でしょうか……」
「アメリカ南部の映画の舞台だ」
「少しずつ、上昇して……あ、横の穴に兎さん」
「(……来るぞ)」
「――あ、いい眺め――――――」
――キャアアアァァァァァァァァッッッ――…………‼‼‼
「ハハハ、かわいい悲鳴だったな、タマヒメ」
「う……うぅ……ひどい目に遭いました……御魂が口から抜けるかと思いました」
「ちょうど、あの時のタマヒメが写真に収められている。見たまえ」
「あ、私、目瞑っちゃってますね……」
「僕の腕に抱き着いてくれてもよかったが」
「そんな余裕も、ありませんでした……」
「余裕があったらしていたのか?」
「こ、言葉の綾ですっ」
「それは残念だ」
「はい。あまり濡れなかったのはよかったですけど……これが、絶叫系……」
「この写真も買っていこう。……さて、次はどうする? 本当に嫌だったなら、もうコースター系は避けるつもりだが」
「それは…………その」
「その?」
「…………ちょっとだけ、楽しかった、です」
「では、そのように」
「お、デズニーキャラクターが手を振っているな。振り返そう」
「はい。……そういえば鮫さん、あの衣装の中に入っているのは、ここの巫のような方なんでしょうか」
「……タマヒメよ。あまりそう言うことは言うべきではない」
「……?? どうしてですか?」
「あのキャラクターには、中に人など入っていないのだ」
「ま、また私のこと莫迦にしてますか!? あれが作り物だってことくらいわかります! ……電車を知らなかったの、そんなにダメなことでしたか……?」
「そうではない。……とにかく、彼らに中の人などいない」
「あ、もしかして鮫さん、ああいう獣人たちが本当にいると信じているんですか?」
「彼らを獣人呼ばわりするのはやめたまえ」
「そういうところは……意外と子供なんですね?」
「あらぬ誤解を受けた気がするぞ」
☽
パークを満喫している間に、時刻は正午を迎えた。奇跡的に正午の時間で予約の取れた食事場所へ向かう。カリ〇の〇賊の隣に位置する、ブル〇バ〇ユー・レストラン。
「とても……幻想的なところですね……!」
洞穴の中にあるフランス料理のレストランで、アトラクションを楽しむゲストを見ながら、ほの暗い空間で優雅なひと時を過ごすことのできる人気店だ。僕も昔家族と来たきりだな。
僕とタマヒメはテーブルに着く。
「これは、提灯ですか?」
「ああ。落ち着く光だな」
まずタマヒメの目に留まったのは、やはりその照明。このアメリカ・ニューオリンズを模した入り江のレストランの中にあって、その暗闇をぼんやりと照らしている日本の提灯。十九世紀当時の西洋で流行っていた中国趣味の照明を取り入れられたものだった。
「静かで、雰囲気のいい場所ですね」
「ここはコース料理だ。ゆっくりと話すのにも適している」
ドリンクが運ばれてきたところで、僕はタマヒメに訊ねる。
「どうだろうか、タマヒメ。朝の緊張は、和らいできただろうか」
通常こういったことは本人に言わない方がいいのだが、それではタマヒメは一生気づかない。些か無粋な真似ではあるが、言葉にすることにした。
「えっと……そうですね。こうして男性と二人で出かけるのは初めてだったので、最初は少し不安でしたけど……今は、それほどでもないです」
オレンジドリンクのグラスを持ったタマヒメが、小さな笑みをこぼす。
「君のような女性に遊園地というのは、少々ミスマッチかとも思われたが……それならば、やはりデート場所をここにしてよかった」
「その通りですね。むしろ、これくらい明るい場所じゃなければ、こんな気持ちにはなれていなかったと思いますから」
最初の料理が運ばれてくる。スモークサーモンや帆立貝などのフレンチだ。
「鮫さん、私今、少し浮かれています。今までずっと、山奥に籠っていただけだったのに。なのに、今はこんなに楽しくて……。やっぱり、勇気を出して良かったです。あなたをデートに誘えて、今日こうしていて。とても幸せなんです」
それは他人からしたら、取るにならないちっぽけな幸福だ。幸福に溢れたこの世界で、普通に生きていれば味わえるほどのものでしかない。
しかしタマヒメという少女にとっては、それはたしかにかけがえのない、代えがたい進歩であり、それこそが彼女の感じている幸せなのだろう。
提灯の仄かな明かりに照らされたタマヒメの笑顔を見ていて、自然とそう思った。
「僕も同じだ。僕には君がそうして笑っていてくれることが、なにより嬉しい。それが、タマヒメが変わろうとした結果であるというのなら、なおさらな」
「鮫、さん……」
メインディッシュのローストビーフがテーブルに置かれた。
赤ワインソースをつけて、口に入れる。肉とソースの甘味が絡み合った、この上ない味わいだった。
「とても美味だ」
「はい……ほんとうに」
そうして、デザートまで味わい終えた僕らは、午後のランドを駆け巡っていく――
☽
「あのあの、鮫さん。このポップコーンというのはなんですか?」
「とうもろこしから作る菓子だが……実際に食べてみるのが早いだろう。近くにワゴンがある、買うぞ」
「キャラメル味、ですか」
「それも知らないか。……せっかくだ、バケットも買っていこう。ワゴンごとに種類が違う」
「皆さんが首から下げてる、容器ですね。ここのは……黄色の熊?」
「〇ーさんだ」
「この黄色い熊、かわいいです……」
「だから〇ーさんだ。このバケットでいいか?」
「はい、とても気に入りました。それで、ポップコーンの方は……あ、すごく甘くて美味しいです! 口の中で、溶けていくような……」
「場所によって味も違うから、色々なところを回ってみよう。アプリでどこでどの味が売っているか分かる」
「次は……この、ミルクチョコレートというのを食べてみたいです」
「リフィルはバケットを空にしてからだな。僕にも少しくれ」
「はい、どうぞ」
「そ、それで……この岩山のアトラクションは、まさか絶叫系じゃないです、よね?」
「無論、絶叫系だ。だが安心したまえ。ビ〇グサ〇ダーマ〇ンテンにはスプラ〇シュマウ〇テ〇ほどの急降下はない」
「ほ、ほんとですか……」
「僕は嘘をつかない」
「それは……知っていますけど……!」
「さて、順番が来たようだな」
「ああっ、待ってください!」
キャアアアァァァァァァァァァァ――――――!!!
「言った通りだったろう? 程よいスピードで、人気のアトラクションだからな」
「……ま、まずいです……なんだか癖になってしまう恐怖感です、コースター系……」
「コースタージャンキーの入り口が見えるな」
「やっぱり鮫さん、わざと絶叫系ばっかり乗ってますよね……?」
「君の恐怖と快感の入り混じった顔が見たくて、ついな」
「鮫さん、いじわるです……」
「では、次はゆったりとしたアトラクションに乗ろう」
「………………」
「なんだ、やはり絶叫系がいいか?」
「そっ、そんなことないですっ!」
「あ、黄色い熊――じゃなくて、〇ーさんのアトラクション、ですね」
「ああ。〇ーさんのハニー〇ントだ」
「けっこう並んでますね」
「人気だからな」
「でも、あれ……大きな本ですよね?」
「英語で物語が書いてある」
「庭の渡り廊下もいい雰囲気です……!」
「待ち時間も退屈しないよう、工夫されているのだな」
「ここ、さっき外から見ていた本の場所です! こっちからの景色もきれいですよ、鮫さん!」
「ああ――ははっ。まったく、そうだな」
「アトラクションも面白かったですね。はちみつの匂いが、こっちまでしてきました!」
「楽しそうだな」
「はいっ。次は、どこに行きましょうか……鮫さんは、なにか乗りたいアトラクションはありませんか?」
「ふむ……そうだな。一つある」
「では次はそこにしましょうっ。……あ、でもその前に、ポップコーンのリフィルを頼みたいです。あそこのワゴン、ミルクチョコレートみたいです」
「近くにチュ〇スも売っているが、あれも食べてみるか?」
「一緒に食べましょうっ」
「さて――カンストを狙うぞ」
「ここは、バ〇・ラ〇トイヤーのアス〇ロブラ〇ター……どういうアトラクションなんですか?」
「シューティングだな。光線銃で的を撃って得点を稼ぐ。得点ごとに称号が与えられ、スコアが上限を超えると『ア〇トロ・ヒーロー』の称号を手にすることができる。僕は今日、これのために来訪したと言ってもよい――!」
「す、すごい熱量ですね……」
「先に言っておくが、タマヒメよ。いくら勝ちたいからと言って、神術を使うのは禁止だぞ?」
「使いませんよっ」
「タマヒメは左座席でいいぞ」
「……? 何か違うんですか?」
「左側の方が的が多く、高得点を出しやすい。僕は経験者なので、今回は君に譲ろう」
「あ、ありがとうございま――」
「そしてその上で完膚なきまでに叩きのめして見せようッ!」
「優しいのか、いじわるなのか、分からないです……」
「さあ、乗りたまえ」
「は、はい。……あ、始まりまし」
ドズズズズンッ ズズズズズンッ
「も、もう撃ってます……わ、私も頑張らなきゃ……!」
「ひし形の的が5000点、逆三角形が10000点だ!」
ドズズズズンッ ズズズズズンッ
「鮫さんのカウンターだけ物凄い勢いで上昇してます……」
「ハハハハハッ! フハハハハハハッ! 今日はすこぶる調子が良い! それ、超遠距離の10000点も狙うぞ!」
「…………」
「出たな、ザ〇グよ! 貴様から高得点を巻き上げさせてもらうぞッ‼」
「鮫さん、今日で一番楽しそうです」
「くっ――やはりあの的は遠すぎて当たらないか……ッ! しかしリカバリーのできない僕ではないぞッ!」
「すっかりアトラクションに夢中になって……ふふ」
「来たぞ、最後のステージだ……!」
「やっぱり……誤解じゃないです。意外と子供っぽいところがありますよ、鮫さんは」
「見たか、タマヒメ! あのカウンターに表示された999,999の数字を!」
「はい、凄いです、鮫さん」
「前回トキたちと来た時は、あいつと同点だったのでな。本人がいないところで負けるわけにはいかないのだ!」
「中史さん達と来たことがあるんですね」
「む……必要のないことまで話してしまったな」
「どうしてですか?」
「いや、デズニー慣れしている素振りを見せている割に、それが同性の友達と来たことで培われたものだというのは、少しな」
「えっと……見栄を張っていた、ということですか」
「そういうことだ。女性と二人でここに来るのは、今日が始めてだ」
「私は――それを知ることができて、むしろちょっと嬉しいです」
「そういうものか?」
「一般的な女性はどうなのか、分からないですけど……少なくとも私は、そうです」
「ならばよかった。先にも言ったことだが、君へのこの想いは、紛う方なき初恋であるからな」
「は、はい…………ぁ、あの」
「どうした?」
「………………いえ。なんでも、ないです」
「蒸気船、マーク〇ウェイ〇号……」
「三階から見る景色は素晴らしいな。風が気持ちよい。パークの明かりも郷愁を誘う」
「はい…………!」
「もうすっかり、日が暮れてしまったな」
「はい。一日が過ぎるのがこんなに早く感じたのは、生まれて初めてかもしれないです」
「それは、いささかおおげさなのではないか?」
「そんなこと、ないです。私、ほんとうに楽しくて……こんな……」
ポォォォォォォォ――――…………
ポォォォォォォォ――――…………
「……見たまえ、タマヒメ」
「……あ……シンデ〇ラ城、です……」
「夜は青くライトアップしていて、一層美しいだろう。……なにも、これで終わりというわけではないのだ。ならば今は、今を楽しむべきではないか?」
「鮫さん……。そうですね。今はこの夜景を、眺めていることにします」
☽
マー〇トウ〇イン号でのパーク内の遊覧を終え、陸に降りた僕らは時刻を確認する。
「……ジャストタイミングだな」
現在の時刻は、19:30――
「ジャスト……なんのですか、鮫さん?」
当然、今から何が始まるのか知らないタマヒメは首を傾げる。
昼にも似たものが開催されていたのだが、その時間はちょうどアトラクションに乗っていたからな。タマヒメがそれを目にすることはなかった。
「あれ……? 皆さん、道を開けるようにして集まってますけど……」
しかしそこに近づいていくにつれ、タマヒメもパーク内の空気が異質なものに変わっていることに気づいていく。
僕らは黄色のサイリウムを持ったキャストの案内に従って、そのゲストの集団に近づいていく。
「大名行列――は、参勤交代はなくなったから違いますよね。これは一体……?」
相変わらず的外れな推測をする。そこがまた愛らしいのだが……当然参勤交代などではなく。
それは、辺りが暗闇に包まれた夜のパークにて行われる、夢の時間――
「最後のパレードが始まるのだ、タマヒメよ」
――東京デズニーランド・エ〇クトリ〇ルパレード・ド〇ームラ〇ツの開始の合図なのだった。
「…………っ‼‼」
腹に響くような重低音と共に、明るい曲調のミュージックが流れ出す。
それは『エレク〇リ〇ク・ファ〇フ〇ーレ』――きっと誰もが知っている、世界一幸せな音楽である。
「……これ、は……」
豪華なイルミネーションで飾られた巨大なパレードフロート。その上に乗ったデズニーキャラクター達は皆笑顔で、暗い闇夜に彩りを、ゲストに夢を与えていく。
それは正に、物語の世界からキャラクター達が飛び出してきたかのような――そんな幻想的で、希望に満ちたパレードだ。
こればかりは、僕も思わず目を奪われてしまう。小さい頃から、ランドには何度も来ている。それと同じ数だけこのパレードも見ている。だというのに僕は毎回、彼らに夢を見せてもらっている。それは今日も変わらない。むしろ、隣にタマヒメという恋しい人がいる分、これまで以上に最高の気分を味わうことができていた。
「……言葉が、出て、こないです…………」
二千年近くも山奥に籠っていた女神などに至っては、その感動は一入だろう。
「……この世には、こんなにも綺麗なものが、あるんですね…………」
タマヒメは目の前の輝きに、吸い込まれている。彼女の双眸に映った夢の煌めきは、人々の一日の幸せを抱いて羽ばたいていく。
タマヒメは泣いていたのだ。
それが悲しさ故のものか、嬉しさ故のものか……嬉しさからくる悲しさ故のものか。それは僕には分からない。
「いろんな気持ちが……いっぱいになって……溢れていきます……」
彼女の頬を伝う涙の玉。それは止めるべきではないものだ。だから僕は何も言わずに、タマヒメの隣でパレードを見ていた。
「あの……ごめん、なさい……鮫さん……」
「……!?」
左手が、あたたかくて柔らかな感触で包まれる。
タマヒメが、僕の手を握ってきたのだ。
そのすべらかな右手から、彼女の中に流れる血潮の熱が感じられる。
「今だけ、こうさせてください……ごめんなさい、鮫さん……」
「……何故謝るのだ。君が謝る必要は、何もないよ」
それでもタマヒメは、その謝罪を撤回しなかった。
そんな彼女の感情すらも乗せて、パレードはいつまでも続いていった。
☽
夢の時間は終わらない、これからも続く、また来ることができる――いくら言葉を重ねたところで、じきに太陽はその水平線から姿を見せる。この世に永遠などというものはない。永劫を回帰することなどありえない。この世があれば、それと対を為すあの世があってしかるべきなのだ。
そうして御魂は世界を巡っていく。古きから新しきへ。その輪廻さえ、いつかは崩れ去る脆き理だ。
だから――
「…………」
帰りの電車に揺られている間、タマヒメはずっと俯いたままであった。
夢の終わりを実感しているのだ。夢の力を借りていた自分が、元に戻ってしまったことを実感しているのだ。
「タマヒメ。やはり僕は、君のことが好きだ」
「……っ!」
それでも僕は想いを告げる。
それもまた、僕が今日と言う日を経験したうえで実感した、揺らがぬ気持ちであるから。
「もはや勘違いや一目惚れなどでは説明できない。玉日女が玉日女であるから、好きなのだと理解した」
「……鮫さん」
彼女は僕の名前を呟く。その表情は暗いままだ。
とても異性から告白を受けたばかりの反応には思えない。
「…………ごめん、なさい」
タマヒメは僕を見ない。
前髪が暖簾のようになって彼女の銀の瞳を隠してしまう。
「そうか。ではまた、明日以降も君に振り向いてもらうための努力を続けるとしよう」
「――っ」
僕の言葉を聞いて、タマヒメは肩を震わせていた。
僕は何も言うべきではなかった。だから何も言わなかった。
もし『幻月のセレナ』のページが突如削除されていたら、それはおそらくこの回のせいでしょう。




