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二十九話  遠き日の記憶・急(後編)【上】

「《金波青海沫(ノルグ・ラヴェレウド)》」


 ルリが右手を振ると、10の魔法陣が展開される。

 術口を介さない即席の魔術――『魔法』だ。


 魔法は威力こそ魔術に劣るけど、発動までの工程や消費魔力は魔術よりも少ないもので済む。こういう場面に適しているのだ。


 ルリの展開した青の魔法陣から、きらめく水流が放出される。


「はは、見事な魔法だ」


 その攻撃を、アリストテレスは老体に似合わない身軽な動きで躱した。


 魔力を体に纏い、身体能力を強化している……のは、そうなんだろうけど。それだけでもない気がするな。あいつの御魂は、見た目以上に衰えていないように見える。何から何まで奇妙な奴だ。


十束剣(とつかのつるぎ)


 僕は月光で象られた剣を素早く取り出し、一足飛びで奴のもとまで移動する。


「ふっ――!」


 その勢いを剣身に乗せたまま、奴に切りかかった。


 ――ガキィンッ!


 しかし振り降ろされた剣は、大きな音を立てて何かに受け止められた。


「その年で剣術までマスターしているとはな。いったいどういう半生を送ってきたのか、教えてほしいぐらいだ」


 その正体は、アリストテレスが握っている剣。S字状に湾曲した半刃の片手剣……ククリナイフのような形状の武器だ。


「これはコピスといってな。私が生きていた時代の片手剣だ。尤も、これは君と同じ魔力によってつくられた剣ゆえに、形状自体はあまり性能には関係ないがな」


「そうだなっ……!」


 僕は返事の代わりとばかりに再度体重を乗せた一閃をおみまいするが……体格の差もあって、奴のコピスに受け流されてしまう。


 それで態勢を崩した僕は、奴に対して背中を見せることになってしまった。その隙を見逃す敵ではない。アリストテレスは、迷いなく僕の背中めがけてコピスを振りかぶった――


「《水遁爪牙(デオル・ルドルグ)》」


 そこへ、青く輝く爪痕の魔術が襲い来る。

 ルリの魔術だ。


「――っ」


 寸前で剣を振りかぶる動作を止めたアリストテレスは、右足に魔力を込めて地面を蹴り上げ、その攻撃を回避した。


 だが、その時にはもう僕が体勢を整えていた。僕は着地したばかりの奴に肉薄し、剣を振るう。

 それを奴は上手くコピスにて受け止め、その場で鍔迫り合いになる。

 力押しの勝負では、この幼い体格の分僕が不利だ。ジリジリと押し出されていく。先程のルリの魔術による支援もまだ準備ができていない。


「くっ……」


「よい連携だ。が――」


 アリストテレスが笑みを浮かべると、奴の魔力が膨れ上がり、剣身に漆黒の粒子が渦巻いた。 


「そのようなナマクラでは、ろくに本気も出せまい」


 ――バキンッ!


「ぐあっ……⁉」


 完全に押し負けた僕は、後方に勢いよく吹き飛ばされた。その際に魔力を固めてつくった剣も真っ二つに折れ、空中で自然消滅してしまった。


 武器が消え無防備になった僕へ、奴はすかさず魔術式を構築する。


「《目的因(テロス)》・迎撃魔術」


 アリストテレスが漆黒に染められた右手をこちらに向けると、そこに溜められていた魔力が一斉に僕へと放たれた。直前に奴が何かを呟いていたのを鑑みるに、魔力を乗せた言葉に効果が左右されるタイプの魔術だろう。


 とっさに迎撃のために魔術式を構築するが、間に合わない。


「トキ、下がって――《鉄盾魔堅守護壁(セルフィクト・アヴラ)》」


 ルリの声と共に、僕と迫りくる魔術の間に瑠璃色の堅固な防御壁が現れる。


 ズガガガガガガッ――と掘削機のような爆音を鳴らして二つの魔術が衝突した。溢れる魔力が火の粉のように周囲に飛び散り、一種幻想的な妖しい光を放っている。


 だが、その鬩ぎ合いは長くは続かない。


「《目的因(テロス)》は使用者が定めた目的の通りに左右する自在の魔術だ。その目的が阻まれるようなことがあれば、それに反発し、突破するために威力が増幅する」


 時間が経つにつれ、奴の魔術はいっそう激しさを増し――ルリの《鉄盾魔堅守護壁(セルフィクト・アヴラ)》を突き破って、奴の言葉に込められた目的を達するべく、僕へ向かってきた。


「ッ、トキ!」


 僕の《月降(つきおろし)》ですら受け止めた《鉄盾魔堅守護壁(セルフィクト・アヴラ)》が破られるとは思っていなかったルリが、慌てて僕の名前を叫ぶ。


「大丈夫。十分な時間は貰ったよ、ルリ――」


 ルリを安心させるための言葉をかけて、迫りくる魔術に対峙した。


 紺碧に輝く右眼で宙を睨み、そこに魔力を集わせる。もう一度、刀を顕現させるために。

 だが今回想像するのは、先程の十束剣ではない。アレは本来、古代の日本において祭祀の道具として使われていたもので……奴の言う通り、ナマクラだ。十束剣はローコストでいくらでも量産できるお手軽品だから、普段使いに向いている。だがその分脆いし弱い、戦闘には不向きな剣だ。


 だから今、頭の中に思い浮かべているのは――戦国時代に当時の名工が仕上げ、中史に託したという大業物。


時流(ときながれ)


 虚空に現れたのは、一振りの日本刀。名刀・時流。

 紺碧の魔力で象られたその刀は、大きく波を打ったような刃文が斜陽の陽光を反射させて眩しく輝いている。


 僕は顕現させているだけで大量に魔力を消費するその時流を手に取り、アリストテレスの魔術に対抗するため構える。


 その刀身へ、更に多くの魔力を注ぎ、魔術式を構築する。


 ぐんぐんと勢いを増して襲い掛かる奴の魔術が、ちょうど僕の間合いに入った瞬間を見極め――


「――《月降(つきおろし)》」


 一閃した時流が黄金色に光り、刀身から光の斬撃が飛び出した。

 

 時流が放った《月降(つきおろし)》は奴の魔術を一瞬でかき消し、その余波が奴を飲み込まんと波のように進んでいく。


 普通の魔術師相手なら十分な一撃――だけど、これまでの戦闘からアリストテレス相手にこれだけで勝てるとは僕も思っていない。


 僕はそのまま、自分が放った《月降(つきおろし)》を追いかけるようにしてアリストテレスの許へ飛んでいく。


「これが君の本気か?」


 想定通り、奴はコピスの剣身で《月降(つきおろし)》を綺麗にいなすと、次弾の攻撃として自らに向かってきていた僕を正確に捉えた。奴は僕の攻撃が当たる瞬間にバックステップを踏むことで、突進による撃力を限りなくゼロに近づけたんだ。


(こいつ……ただの魔術師じゃないぞ……!)


 アリストテレスは今、物理法則的に正しい動き――近接格闘術の覚えがあるような動きをしてみせた。だけど本来、これはおかしなことだ。通常の魔術師は……自らの魔術適性の高さに甘えて、体術の習得を怠たることが多い。ただ遠くから強力な魔術を放っていれば勝てる戦いで、なんらかの体術を使う機会は限られるからだ。もちろんそれが少数派なだけで、中には心技体を兼ね備えた超人魔術師もいるにはいる。自画自賛になるが僕も実はこのタイプで、これは小さい頃から――今も十分小さいけど――父さんに様々な戦闘のいろはを叩き込まれたことに起因する実力だ。さっきあいつが驚いてた剣術も、父さんの知り合いの剣術師範に習ったもの。だから、近接格闘ができる魔術師もいないことはないんだけど、その存在は超レア。僕は今そのツチノコレベルでレアな存在と闘っているということらしい。


「はあっ!」


 迸る紺碧の光と共に、時流を振りかぶる。それを奴は右手のコピスで受け止めると、空いていた左手で魔術式を構築し出した。漆黒の粒子が周囲に浮かぶ。

 咄嗟に距離をとろうとするも――そのタイミングでアリストテレスはコピスを器用に活用し、僕の刀を斜め下へといなした。それで前への勢いが消しきれなくなった僕は、奴の攻撃を避けれない。


「《道具(オルガノン)》・魔術」


(まずいっ……!)


 アリストテレスの左手から、魔術が放たれる。先程同様、言葉によって効力が異なる魔術のようだ。それをあいつは今、僕への攻撃に使っていて――


 その魔力が形になった時、深い深い漆黒が、僕を覆うように眼前に現れた。


 躱せないぞ、これは――!


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