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十八話   るりと初デート ~名もなき神社でただ二人~

 幽霊列車から降りると、暖かな風がそよいだ。振り向いてみるが、すでにそこに広がっているのは本来あるべき通常の風景で、電車の姿は跡形もなく消えていた。霊力なんて毫も感じないし……怪異に関してはまだまだ謎が多いな。


「ここはど……いや待て、なんかこの景色……」


「見たことある、よね? だってトキ、ボクと別れた後、しばらくここに住んでた時期あるもんね」


 と、当然のように言ってのけるルリだが……その言葉が指し示す事実は、つまり――


「え、ってことはここ岩手?」


「うん。岩手県遠野市の薄野(すすきの)の、ススキが原だよ」


 ここは岩手県だ、と。つい半刻前まで東京の月科でクラスメイトとドンパチやっていたというのに――なるほどこれは魔術師達が如月駅をこぞって利用するわけだ、と分かっていたことだが、再度納得する。便利すぎじゃんね、これ。


 岩手の遠野と言えば、俺が小学生の頃一時期住んでいた場所で、ルリがこの間まで暮らしてたらしい場所だ。転校初日の自己紹介の時に、そんなことを言ってた気がする。


「覚えてる?」


 ルリはなだらかな勾配になっているその野原を上っていく。今は春だから、まだススキは穂をつけていない緑色だ。そんな中を駆けっこでもするように歩くルリの背中は、未だ穢れをしらない嬰児のように思えた。それは一度でも触れてしまった途端、端から黒く染まっていってしまう少女性。世俗に染まることで徐々に消えゆくはずのそれを、彼女はこの歳になるまで失くすことがなかったらしい。

 ――こんなことを考えてしまうのは、この場所にルリがいるという現実が、俺にとってなにか切実な問題だからなのだろう。もしかしたら、ルリはその少女性そのものを、この場所に置いていたのかもしれない。そしてその「なにか」とは、


「……ここで、ボク達は出会ったんだ」


 過去を慈しむような優しいまなざしで、ススキが原を見つめるルリ。


「ここで……」


「正確には、この先にある神社で、だけどね」


「神社があるのか。ここには一人でも何度か来てたが、それは知らなかったな」


 過去の俺はそこに訪れたわけなのだから、知らなかった、ではなく覚えていなかった、忘れてしまった、と言うべきだったのかもしれないが。ともかく、


「案内してくれないか? なにか思い出すかもしれない」


 と、俺が言うと……


「……! うんっ」


 俺が記憶を取り戻すのに積極的なのがそれほど嬉しかったのか、満面の笑みで了承してくれた。

 こんな単純な奴を疑ってたんですね中史さん。ひどい男ですよ。



   ☽



 着いたのは管理のあまり行き届いていない古びた神社だった。魔術師でない人間が見たら、むしろ怨霊でも棲みついているんじゃないかと勘違いしそうなほどに。

 生ぬるい水の中に苔が生えた手水舎は流石に素通りして、拝殿前の低い石段に腰かける。


「こういう神社って、管理してる人がいないから社名もよく分からないよね」


「なんだったら、久慈家が管理するように頼もうか?」


 この近くには九慈家当主が住む屋敷がある。俺が小さい頃厄介になったところでもあるので、そこに頼めば適当な人材をここに送ってくれるだろう。


「あの時と同じこと言うんだね。……でも、いいよ。この神社が綺麗になったら、それはそれで寂しいと思うから」


「そういうものか」


 そこら辺の繊細な感性は、俺にはよく理解できなかったが、昔の記憶があるルリがいいと言うのなら、俺にこれ以上言うことはない。


 ので、なにかリアクションを起そうと、起き上がったところ……


 ――なにがきっかけになったのかは分からない。それはおそらく、その者にしか分からない感覚だ。多くの時を経て、過去と現在が重なった瞬間、それは必ず思い出される。


「……『お話しよう、トキ』」


「……ん?」


「『さっきの戦い、見てたよ』」


 唐突に……なにか、ルリが語り出した。それは俺に向けられたもの……というよりは、何かを諳んじているような雰囲気だ。


「『ううん、そんなことなかったよ。だってトキ……すごく悲しそうだった』」


「……」


「『闘争の中で、あんな顔をする魔術師がいるんだ、って驚いちゃったよ。……だから、ねえ』」


 ルリの目は遠く柔らかい緑の野原を越えて、蒼く染められた山の稜線の向こうを見ていた。真似して俺もそこを凝視してみるが、ただの山影にしか思えない。今の俺に、その景色を見る資格はないらしかった。


「『……教えてよ、君のこと。あんな優しい目で魔術を使う君のこと、これからたくさん、ずっとずっと、ボクに教えてよ』」


 なにかを言わなければならないことだけは分かった。ここできっと、僕は何かを言っていたはずだから。だから俺は何かを言うべきで――しかし、それが何かは、やはり今の俺には分からない。それは失われた過去の記憶。一度はそれと、完全に決別さえしたものだから。


「…………」


「ねえ、トキっ!」


 俺がしばらく黙っていると、ルリの方から俺を呼んだ。

 それはどこか俺を元気づけるような、明るい声をしていた。


「……悪い」


 何に対して、とルリは聞かない。察しの良い彼女はそれをちゃんと分かっている。


「謝る必要なんてないよ。ボク、LINEで言ったよね?」


 俺は脳内で、昨日の晩、ルリから送られたLINEの内容を思い出そうとした。


「再会したときにも言ったけど、トキの記憶はないことは知ってたんだよ。ただちょっと、実際に僕を知らないトキに慣れなかったから……こうして実物大のトキと再会して、だんだんその実感が沸いてきて、泣いちゃったりしたけど。だからボクは、決めたんだよ」


「トキにボクのことを、もう一回好きになってもらう……みたいなこと言ってたな」


「そう。昔のボクを忘れたなら、それはもう仕方がない。ボクだって、あの頃のトキのことを、全部覚えてるわけじゃない。だからトキには、今のボクを好きになってもらう。そう決めたんだよ」


 言って、ルリはあの、明るい向日葵みたいな顔で笑った。その笑顔のまま、俺の手を取って立ち上がる。


「次の場所、行こう?」


 ルリの指は遥か遠くを指している。また幽霊列車でどこか想い出の地を巡るつもりだろう。

 ここは、俺とルリ、過去の二人が初めて出会った場所だった。

 当然ではあるが、ここまで来ても俺の不完全な記憶はルリとの日々を思い出すようなことはない。

 それでもこのデートが終わるまでには、一度くらいは奇跡が起きて、あの頃の景色が見れたらいいなと……そう思う。


 デートはまだ始まったばかりだ。

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