十六話 るりと初デート ~電車内でいちゃつくバカップルよ滅びろ~
如月駅は、普通の駅とはちょっと違っている。
その駅周辺には霊力による結界が張られており、通常の人間にはもっと別の、通常の駅に見えていることだろう。
如月駅の中に入れるのは、その結界を通れるだけの霊力を持った人間だけ。
俺もルリも、魔力だけではなく霊力にも優れているため難なく入ることができた。
さて。そんな駅で待ち合わせをしようだなんて言ったルリは、いったい何を考えているのやら。
もう疑うことはないと決めたが、それでも分からないものは分からない。本人に聞いても、
「着いたら教えるよ」
とはぐらかされてしまう。なんだかうまく躱されたようで、イマイチすっきりしない気持ちでいると……
晴れていた空に、分厚く不穏な雲が立ち込める。雨でも降りそうな雰囲気だが、アレは見かけだけだ。実際の空は恐らく今も快晴で、この駅内から見る空だけがああして曇りになっている。
如月駅から見る空が曇るのは、電車が来る合図――
「早く乗らないと、トキ」
などと考えていると、ルリに急かされる。視線を戻すと、すでに電車はホームに入っていた。音もなく現れたその電車は、当然通常のものではない……幽霊列車だ。
そもそも如月駅というのは、厳密に言うと実世界には場所として存在しない。現実に存在する駅と座標を重ねているから実世界と地続きになっているように感じるだけで、そこは霊界と実世界のはざま。どちらにも属し、どちらにも属さない駅。それが如月駅だ。
如月駅はインターネット発祥の怪異なので比較的新しい部類に入るが、できて以来、多くの魔術師や妖怪たちがその移動手段として使っている。
それはひとえに、如月駅の利便性に優れた性質故――つまり、自分が行きたいと思った場所に着くという性質故だ。
ちらほら見える乗客も、みんな魔術師か妖怪。
俺とルリは乗車すると、端の空いている席に座った。……と思ったら、
「えいっ」
ルリが……もう何度目か分からない、抱き着き攻撃をかましてきた。俺の右腕にコアラみたいにくっついて離れない。
何度経験しても、この右腕全体から感じるルリの高めの体温と身体の柔らかい感触には慣れない。ああっ、動くなルリ、髪が揺れると例によって女子特有のいい匂いがしてどうにかなりそうになるんだよ。
「いや、ルリ……」
「ん、どうしたのトキ」
当の本人はなんのこっちゃと言った顔で、俺の肩に頭をこてんと預けてくれる。と同時に電車が走り出す。車内の揺れを感じながら、ガタンゴトンと霊界と実世界のはざまを走っていく。
「ほかの乗客もいるんだぞ」
「いいよ。今日はデートでしょ?」
「だからって」
「むしろいっぱいイチャイチャして、見せつけようよ」
魔術師相手にそんなことしたら殺されます! ほら、向かいに座ってるいかにも独り身そうな中年の小太り魔術師がこっち睨んでるよ空波さん!
「久しぶり……久しぶりにトキと一日一緒にいられるんだ……」
こいつ、肝っ玉の据わった幼馴染だよな……。
(まあ……それだけ嬉しいってことなんだろうな)
俺とルリが付き合ってたっぽいのは、もうなんとなくルリの態度から分かるし……もしかしたら昔、同じようにデートとかしてたのかもしれない。いやまあ、付き合うって言ってもその頃小学校低学年のはずなんだけどね。




