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十二話   久々に再会した幼馴染が何を考えているのか分からない件について

 俺の頭に浮かんでいるのは、カオスという三文字。膨大な量の計算式によって稼働する機械が、ほんの小さな数字の間違い一つで過失(エラー)を生んでしまうように。


 中史の秘術に関する常識を覆され、真面目に思考を巡らせていた俺は――先程のルリ(カオス)のお転婆発言によって、思考停止(エラー)を吐いてしまっていた。


「ルリ。文脈って言葉知ってるか」


「知ってるけど……どうして?」


 俺は頭を抱える。

 えーっとだから? いきなり戦いを申し込んできたルリとコロッセオで戦ってたら、ルリは中史しか使えないはずの《月痕(つきあと)》をなぜか使えて、デートに誘われた。


 ふむ。実に単純明快なストーリーである。


 …………。


「よし。行こう、デート。楽しみだ」


 俺は考えるのをやめた。



   ☽ 

 


 デートの約束を取り付ると、ルリは「うん! ……えへへ」と笑顔で去っていった。

 その幸せそうな笑顔はめちゃくちゃかわいかったんだが、置いてかれた俺たちはただその場に立ち尽くしていた。


「ミズ、今の会話は」


「皆まで言う必要はない。『【速報】中史時、土曜日に幼馴染とデートする模様』と男子のグループLINEに送っておいた。続けて『なんとしても阻止せよ』と招集をかけてもおいたぞ」


「流石、迅速な対応だね。みんなからは、なんて返ってきた?」


「『我が一命に代えましても!』という決意の声が17件ほど」


「よし、それだけの人数が揃っていれば、いくら中史といえど敗北は必至だろうね」


 なにしてくれてんの。


 裏切者二人の隣に座っていた蘆屋は、蔑むような目を向けて一言、


「……バカばっか」


 ルリ違いだった。


 とはいえ蘆屋もなんだかんだアズマに甘々な女だ。いざという時に信頼できるかと言ったらそうではない。この場でまともなのが輝夜と一宮だけという事実に絶望しつつ、そういえば一宮は素がそもヤバかったことを思い出してさらにガックリ。

 最近ちょっと不自然な行動が目立つ輝夜だけが唯一の良心である。月見山輝夜万歳! 平成のかぐや姫!


 などと月のお姫様を心の中で崇めていたら……あれ。いつの間にかコロッセオには、俺と一宮だけになっていた。出入り口を見ると、アズマ達は俺のデートを阻止する計画について話し合いながら去っていくところだった。

 今の輝夜がここに残っていないのが不思議だったが、どうやら蘆屋が半強制的に連れていったようだ。さっきの一宮とのやりとりを受けて、察してくれたんだな。


「やっと二人きりになれたね」


 一宮が観客席から、ここまで降りてくる。


 ウサギのように身軽に飛び跳ねる。一宮の明るめの茶髪が駘蕩たる春の風に煽られてふわりと揺れた。それが背後のコロッセオという厳しい印象の建造物の中にあったことで、彼女の持つ、健康的で、ともするとラディカルな溌溂さを持つ女性的な魅力を、くっきりと浮かび上がらせた。この時俺は、彼女が普段からよく口にしている主義だとか信条だとかが、ようやく実感を伴って心に染み込んでいったように錯覚した。彼女と空間を同じくしていた俺は、一宮という少女の持つ魔力を、嫌でも意識させられてしまったのだ。


「よ……っと」


 しかしその曼殊沙華の咲いたような妖しい魔力は、彼女が着地したと同時にパッと弾けて消えてしまった。


 俺は頭を切り替えて、一宮との会話に意識を向ける。


「さっきのあれ、本気だった?」


 あれ、というのはルリとの戦闘のことを言ってるんだろう。


「見てただろ。あいつの要望通り、ちゃんと戦ったぞ」


「嘘」


 言い切りやがった。


「ちゃんと戦うのと、本気で戦うのは違う。雲と泥の差でしょ? とぼけないで」


「あのな一宮。さっきの勝負は、どっちの方が強くてどっちが弱い、っていう勝敗を決めるための戦いじゃ、なかったんだよ。ルリは多分、《月痕(つきあと)》を俺に見せたかっただけだろ?」


「そんなの分かってるよーっ」


 妙に拗ねたような顔で口を尖らせて……いや、全然分かってなさそうじゃん。


「でも中史君、結果的に負けちゃったじゃん。負けちゃだめだよ、中史君? 中史君が負けるのなんて許されないんだよ、分かってる?」


 分からない。


「というか、なんでお前は俺ばっかりに構うんだ。そんなに強者と戦って負けたいなら、中史の大人を紹介してやるぞ。俺より数段強い化け物揃いだ」


「で、さっき言ってたのってなに? 『あとで教える』ってやつ」


 こいつ、スルースキルが高すぎる。

 ……まあ、一宮の行動が読めないのは今に始まったことじゃないか。

 

 もし一宮の暴走によって実害が出るようなら、俺が止めればいい話だ。


「輝夜のことだよ。お前があいつのことを、子供って言ったのは……」


「まだそれ言うの? 訂正するつもりはないよ。私は私の言葉を、力の次に大切に思ってる。それを変えられるのは、力だけ」


「もうその戦闘民族みたいな考えにはいちいちツッコまないことにするが……別に訂正してほしいわけじゃない。お前の言うことは、俺もよく分かる」


「あれ、ホント? ……そうやって同調したふりして取り入ろうだなんて、考えてないよね?」


「――あまり迂闊なことを言うなよ、一宮。俺は、お前の持つ矜持と、それを標榜して顧みない姿勢は好ましく思っている。最大限理解したいと思っている。その性質上、周囲の人間を傷つけやすいから批判しているだけでな」


 一宮が、あんまりに的外れな邪推をするものだから……つい語気が荒くなってしまった。中史の会合で意見表明するような調子で話したため、引かれはしなかったかと心配し、一宮を見ると……


「ぇ……あ、そう、なんだ。……そう」


 一宮は、なぜか顔を真っ赤に染めて、俺と目を合わせようとしない。

 これは……共感性羞恥か? 俺があまりに滑稽だったから、それを見ていた一宮の方も恥ずかしくなったのか? どちらにせよ、内心ドン引きだろう。


 俺はもう自棄になって、何もありませんでしたよ的に強引に話を戻す。


「……魔術師に死の危険は付き物だ。自分の身を自分で守れない奴はすぐに死ぬ」


 ついてきてくれるかと不安だったが、そこは一宮、


「分かってるなら」


 瞬時に気持ちを切り替えて、返答をしてくれる。


「さっきも言ったが、事情があるんだよ。信じられないかもしれないが、あいつは実は異世界人で――」


 と、一宮に流離世界のことと、輝夜が三か月前まで5,6歳の記憶喪失者だったことを伝えた。

 さしもの一宮も、突然の話に面くらったのか……しばらくポカンとしていたが、やがて考え込むように目を閉じた。


 ――確かに一宮の言う通り、こっちの世界に来てからの輝夜はどこかおかしい。いや、普通に接している分には違和感はないから……これは感覚的な話になるんだが。流離世界にいた頃の輝夜は、記憶や名前がなくとも、確たる『自己』というものを持っていたように思えたのだ。

 自分が存在しているのか分からなくて、不安で……それでもなにかその先に見える一筋の光を目指してひた走る……そんな強い意志を、輝夜からひしひしと感じていた。


 それに比べて今の輝夜は……なんというか、大人しいんだ。良いことなのかもしれないが……その輝夜からはどこか、歯車が微妙に嚙み合っていないような居心地の悪さを覚えてしまう。


 もう一度言うが、これは良いことなのだ。


 輝夜があの頃の何もかもを忘れて、この世界で普通の『月見里輝夜』として生きていくというのは、そういうことだから。


 しかし――そんな成長途中の輝夜を、俺は旧校舎に連れてきてしまった。

 故にこそ生じたほころびに、一宮はいち早く気づいたのだ。だから、あんなことを言った。


「それでも」


 一宮は、強い意志のこもった淡褐色(ヘーゼル)の瞳で俺を見る。


「それでもさっきの言葉は撤回しない。他人は、そんな事情なんて聞いてくれない。私が輝夜の敵だったら、迷いなく殺る」


「その時にはきっと、俺があいつの横にいて、お前から守るよ」


「中史君が、その度に――輝夜がピンチになる度に、助けるって言うの?」


 不服そうに言う。

 そうだろう。そんなものは、一宮から言わせればやはり赤子。守られているだけの子供。

 

 だが俺は断言する。


「俺の中史の力は、そのために身につけたものだ」


 ここが変わってしまったら、俺は記憶があろうがなかろうが、中史時ではなくなってしまう気がしたから。



   ☽



 さて。今日は四月十日金曜日。学生の皆さんにおかれましては、一週間最後の学園登校日ということで、普段よりも数段諸々のやる気が下がっていることと存じます。

 かく言う私、中史時も一介の高校生として、今、金曜日の昼休みを学友と共に過ごすこの時間を享受している所存であります。

 しかし学友といっても、あのイスカリオテのミズや、学校でエロゲをし始めるキの字のことではございません。


「はい、トキ。あ~ん」


「あ、あー……」


 ルリが青色の箸でつかんだ卵焼きを、手でお皿を作りながら俺の口元へと運んでくるので、不承不承ながらも口を開ける。

 ぱくりとその卵焼きに食いつけば、ほどよい甘さと温かみが口の中に広がった。

 

「どう、かな……」


「うん、おいしいよ」


 おいしい。その言葉に嘘はない。……多分。

 正直恥ずかしさと緊張で味なんて分からない。この甘さも、卵焼きの甘さなのか、この状況から来るものなのか判別できないぐらいだ。


「よかった……。ボク、トキにこうやって手料理を食べてもらうのが夢だったから……そのために、ずっと練習してたから、すごく嬉しい……。次、何食べたい?」


「……うん。あのさ、ルリ」


「……? どうしたの?」


 首を傾げるルリは、幸せそうな笑みを見せてくれる。


「ひとまず、場所変えないか?」


 ――これは一体どんな羞恥プレイだ! こんなのもう耐えられないっ!

 ここ、みんなが使ってる教室なんですよ! 二人きりの空き教室とかじゃなくて、みんなに見られてるんですよ空波さん。


「しりとりはじめ」「目潰し」「死体」「遺体」「遺骨」「突き指」「病死」「屍――」


 ほら。男子共とか、やる気はないのに殺る気だけは有り余ってる様子で殺伐としたしりとりとか始めてるし。俺、五時間目の授業まで無事でいられるかな。

 

(なんでこんなことになった……)


 俺はつい十分前のことを振り返る。……と言っても、なんのことはないんだが。


 昼休み、いつものようにミズ、アズマと昼食を取ろうとしていたところ、弁当を持ったルリが『トキのために、お弁当つくってきたんだ。……えへへ』とはにかみながらやってきた。

 ミズとアズマを見ると、二人は心底嫌そうな顔をしながら教室を出ていった。去り際にボディブローを一発ずつ貰ったのは、仕方ないような気がした。


 それで、弁当を食べていると言うのに腹部だけが不自然にへこんでいる今の俺に至るというわけだ。


「はい、トキ。あ~ん」


 暢気なルリは、ニコニコしながら俺の口へおかずを運んでいく。


「…………………………………………」


 なんかめっちゃ視線感じるんですけど! ……と思ってみたら、その視線の主は、まさかの輝夜。

 なんなのお前のそれ。俺がルリと話してると、輝夜のやつ、ずっとこんな感じでぼーっとしているよな。これに関しては、昨日一宮と話した「変化」とは別案件に思えるんだが……。


 幼馴染だけじゃなく、輝夜の考えてることも全然分からない――というか、そもそも女性の考えていることなんて童貞には分かりっこないのである。童貞の願望よ、うんたらかんたら蘇婆訶(ソワカ)

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