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即身仏

 モデルルームのように整った部屋の中には、既にひとりの女の子が居た。

 お人形さんというと月並みだけど、印象は、若さという瑞々しさを身に付けたお人形さん。とても可愛らしく、くるりと髪を巻いた頭を撫でてあげたくなる。

「こんにちは。雫姫(しずき)です。今日は、よろしくお願いします」

 甘い声をした彼女は、香るような目線を合わせて手を差し出した。

 握手した彼女の手は儚げで、既に幽霊だと云われても信じてしまいそうだった。

「えと、中田幹子です。こちらこそ、お願いします」

「あたし、自殺って初めてで、中田さんは?」

 未遂のことよね、と思いつつ、私は云い淀んだ。死にたいと思ったことは何度もあったが、行動に移すほどに突き詰めた気持ちは今度が初めてだったからだ。

 言葉を選んでいると、いつの間にかバラ柄のトレーを持ってきた中田さんが会話に加わった。

「云いにくいことは云わなくて構いませんよ。あとのお二人が来たら死ぬわけですから、楽しくしましょう」

 話しながら、中田さんがトレーから下ろしたポットとお茶菓子は豊かで中田自身のような(ほが)らかな湯気が私の鼻をくすぐった。

 自然と私たちは細長い足をした椅子に腰を下ろしていた。

 焼き立てのワッフルとコーヒー、どちらも詳しくはないが、どちらも手作りだとわかった。

「すみませんでした。中田さん。あたしったらバカで」

 雫姫さんは云いながら、ピカピカのナイフとフォークでワッフルを小皿に移した。

 ハチミツとメープルシロップのどちらを使おうかと目を配り、両方を使った姿からは屈託も悩みも感じられなかった。

「お二方、ご安心ください。私は自殺五回目のベテランです。今は末期(まつご)のティータイムをお楽しみ下さい」

 ……ん?

 私のナイフが止まった。

 それって、死にそびれているだけなんじゃアないのかい?

 私は一転、云い様のないというか、云って良いのか分からない不安に包まれた。

 そんなことを云うのは失礼な気もする。私は一度も未遂すらしたことのない素人なのだし。

 ただ、ただそれでもと、雫姫さんに目を向ける。なにか云ってくれるのではないかと期待を込めて。

 そして、彼女は小さな口にハムスターのように頬張っていたワッフルを飲み込み、グルンと向き直った。

「すごーい! さすが桑原さんですね?」

 ……え?

 キラキラした雫姫さんの賛辞に、桑原さんはいやあ、と前髪に触れる。

「大したことではありませんよ。睡眠薬で死のうと思って一粒ずつ飲んでたら致死量の前に寝てしまったり、

 屋上から飛び降りようとしたらビアガーデンになってて呑み明かしたり、

 電車に飛び込もうとしたら急行しかなくて速すぎて怖くなったり、

 入水しようと海に行ったら、浜辺のゴミが気になって片付けていたり、そんなことばかりですよ」

「わぁー、経験豊富なんですね!」

 待て。冷静になって雫姫ちゃん。豊富なのは、しょーもない失敗だけ。

「今日はどうやって自殺するんですか?」

 ふふふ、とさっきと変わらない様子で桑原さんが笑った。

 さっきまでは優しそうと思っていた表情は、今となってはバカっぽいとしか思えない。

「今日はあとふたり来ますので、お楽しみはそれからということで。失敗のない完璧な自殺方法を用意してますからね!」

 パチパチパチパチ、とカワイイ音を立てて雫姫ちゃんが拍手したところで、部屋の中に陽気なリズムが鳴った。携帯の着信音だが、これはアレだ、バナナが飛んでく童謡だ。

 電話を取った桑原さんは、短い通話を終え、溜め息ひとつ。

「残念ですが、本日の集団自殺、ひとり欠席です」

「どうしたんですか」

 致し方ない事情もあるようです、と前置きをし、私と雫姫ちゃんと同じテーブルに座った桑原さんは、自分の紅茶に角砂糖を落とし、語りだした。

「今日は歯科医(しかい)の予約を入れていたのを忘れていたようです。親不知(おやしらず)だそうです」

 ……んん?

 何か引っ掛かるものを覚えつつ、私は一応、雫姫ちゃんへ期待を寄せてみる。

「歯医者さんなら仕方ないですね!」

 うん、あなたはそう云うと思ってた。

「いや、おかしいでしょ。これから死ぬのに歯医者って……」

 私のちょっとした確認を遮るように、再び桑原さんの携帯が鳴り響いた。今度は赤いリンゴにキスする昭和の大ヒット歌謡だった。

 例によって、致し方ない事情もあるようです、と前置きをし、自分の紅茶に角砂糖を落とし、語りだした。

「もうひとりも欠席です」

 やっぱりね、と云いたい気持ちを抑え、私は取り繕って口を開いた。

「今度はなんですか?眼科医(がんかい)ですか? 外科医(げかい)ですか? 消化器科医(しょうかきかい)?」

異世界(いせかい)だそうです。聖勇者として召喚されてしまったようでして」

 ……ホワイ?

「聖勇者なら仕方ないですね」

「タイトルは【自殺志願の浪人生だけど、異世界に召喚されたら胸のサイズがAからHカップまで揃った異種族ハーレムつくったった】だそうです」

「今流行りっぽいですねー」

 そうじゃなくて。待って。落ち着け私。

「……ふたりは異世界に召喚とか信じてるんですか?」

『えっ』

 声をハモらせ、見合わせて、ふたりは不思議なもののように私を見た。

「中田さん、一緒に自殺しようとしていた方の言葉を疑うなんて、少し、ひどいのじゃありませんか?」

「自分が異世界に召喚されたことがないからって、決め付けたらいけないって、あたし、思います」

 あれ、これ、私が間違ってる感じか?

「それでは、今日はこの三人ということで、改めまして、桑原です。自殺理由はお分かりだと思いますが」

 聞いていないと思うのだが、あれ?

「私は不治の美形なのです。美しさは罪、この美しさで何人の女性を……もしかしたら気付かない間に男性も泣かせてきたかもしれません」

「ええ、美しさは罪なんですか!?」

「懲役五年以下か二五万円以下の罰金、またはその両方が課せられます。ノーモア美形」

「どうしよう!? 私、知らないでこんなに美少女に生まれちゃいました! 私も中田さんみたいにフツーに生まれれば罪を重ねなかったのに!」

『可愛そうな僕たち!』

 ……桑原さんと雫姫ちゃんの頭の中が可愛そうだと思った。

 ひとまず私はワッフルを一口。雫姫ちゃんも一口、というか、一切れを小さな頭の大きなお口にほお張った。

 次は私か、そんなことを考えていたが、雫姫ちゃんが口を開いた。

 え、早くない? もう食べ終わった?

「私、その、恥ずかしい写真を彼氏に持たれていて、別れるならこの写真をネットに上げる、て……」

「え、えええええ!?」

「それで……本当は別れたいのに、今も彼氏に無理矢理……」

「いいよ、雫姫ちゃん! 無理して云わなくて良いよ! わかった、わかったから!」

 いたいけな雫姫ちゃんは、(うつむ)いて表情は見えないが、察することはできた。

 そんな非道(ひど)いこと、男として、いいえ、人間として最低じゃないの、その彼氏!

 私は向ける視線も掛ける言葉も見当たらず、年上の桑原さんに視線を向けるが、彼は変わらず優しい顔をしていた。

「ちなみにどんな写真?」

 突然云い出した桑原に、私の方の心臓が跳ね上がった。

「桑原さん、バカだとは思ってたけど、どれだけバカなの!?」

「バカ? ああ、バカみたいに美形って意味ですか?」

「いや、そのまんまの意味だよ!」

 小さなバッグから雫姫ちゃんは淀みない動きでスマートフォンを取り出し、パネルを桑原さんに見せた。

「こんなんです」

 私は凍り付いてしまって動けなかったが、桑原さんはスマートフォンを、というか、写っているだろう写真を見て、あろうことは笑っていやがるのだ!

「恥ずかしいかな? 立派だよ。こんな太いのくわえてダブルピースは中々出来ないよ」

「――なんで男ってバカなの!」

 奪い取ったときに写真が目に入ってしまった。

 ……見てはいけないと視線をそらしたが、一瞬だけ目に入ったそれが理解できず、もう一度だけ目を戻す。

 まず、写真の雫姫ちゃんは、確かにダブルピースしてる。太いのを口にくわえてもいる。男たちに囲まれてもいる。

 んで、服も着てるし、周りの男たちは苦しそうで、背後の看板には“幸せをつかめ! 第二二回 恵方巻き早食い大会”の文字が燦然と輝いている。

 写真の日付は、二ヶ月ほど前だ。

「ナニコレ」

「見ての通り、二メートル恵方巻きの早食い大会です。私ディフェンディングチャンピオンなので。彼氏、こんな凄い写真ならネットにアップしようって云い続けてて……でも、恥ずかしいって」

「恥ずかしいなら出なければ良いのに……」

「二メートルの恵方巻きなんて、ここでしか食べれないんですよ!? ここ、穴子と椎茸の煮付けの仕方が完璧で!」

 云いながらワッフルをパクパクと食べ続ける彼女。

「アホか! そんな写真くらいで死ぬな!」

 そんな呼ばわりにはさすがに苛立ったのか、雫姫ちゃんは紅茶でワッフルを流し込んだ。

「ならあ、中田さんはなんで死ぬんですか?」

「それは、もちろん私は……」

 云いかけて、私は自分の死ぬ理由が死ぬのに十分か疑問になった。

 これ、ふたりからしたら……というか、私以外にとって、死ぬのに十分な理由なのかな?

「……云いたくないなら、云う必要有りませんよ。最後くらいは、嫌なことはしないで過ごしましょう」

「あ、そうですね。ごめんなさい、中田さん。」

 バカみたいに優しい桑原さん。だってバカなんだけど、それでも、ふたりとも優しかった。

「……私も、余計なこと云って、ごめんなさい」

 死にたい理由は人それぞれなんだよな。

 そうは思っても、この優しいふたりが、もう間もなく死んでしまうということが、何か私の中に引っかかっていた。



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