諸行無常
ワッフルを食べて紅茶を飲む間、私たちは他愛もない話をしていた。
このワッフルの作り方だったり、恵方巻きチャンピオンの話だったり、ふたりの話は私には思いもよらない世界。
このふたり、楽しいことが一杯有ったんだな。死ぬのはもったいないと思う自分がいた。
死ぬ理由は人それぞれだと思い知り、そして、自分の耳が三人分の笑い声を聞いていることに驚いた。
私、笑ってる、よね。
「さてと、ワッフルも食べ終えてしまいましたが……おふたりは死ぬ前にやり残したことはありませんね?」
そっか、もう、死ぬんだ。私たち。
こんな人たちと最後が一緒で、良かったな。
「ありません」
「私も中田さんと一緒で……ないです」
? 雫姫ちゃんの言葉は、何もない言葉ではないと感じた。
それは桑原さんも同じだったらしく、にっこりとした。
「一緒に死ぬ仲間ではありませんか。よろしければ話してください。未練は無く、逝きましょう」
私も頷き、雫姫ちゃんを見た。
「……下らないことですから」
「話してみたら? 力になるから」
少し考えてから、雫姫ちゃんは話し始めた。私と桑原さんは静か目線を向ける。
「私、コンビニの弁当コーナーの焼きそばと冷凍食品の焼きそばとカップ焼きそば、食べ比べしたかったなぁ、て」
「本当に下らないねっ!?」
「あー! 基子さん、下らないって云ったー! ひどいんだー! ひどいんだぁー!」
「まあまあ。それなら買ってきましょうか。ちょうどそこにコンビニが有りますので、食べ比べてみましょう」
「え、良いんですか?」
「ええ。私はカップ麺のお湯沸かしておきますので……自転車乗れますか? 下の駐輪場の青いクロスバイク、良ければ使ってください」
カギを渡して見送るが、下らないことにも本気なんだと思うが、私も、コンビニと云われて、ふと思いついたことがあった。
「自転車乗るの久しぶりです。中田さん、一緒に何か買ってきますか?」
「あ、じゃあ、チキン」
喋ってから、アレと思った。なんで下らないと思っていたことを口走ってしまったんだろう。
「チキン? って鶏肉?」
「ローソンとセブンとファミマのフライドチキン。全部味違うじゃないですか。食べ比べって一度してみたかったんです」
「良いですよ! 面白そう! 行ってきます!」
雫姫ちゃんはカギを握りしめ、子供のように……そういえば、年齢を聞いてないから本当に未成年かもしれないけど、彼女は飛び出していった。
「そういえば、近くにミニストップもありますから……中田さんはお湯見てて貰って良いですか? 買ってきますよ」
「大丈夫です。桑原さんはお湯沸かしててください、ついでに紅茶も淹れていて下さい」
すっごく下らないことを、初めて口走った気がするけど、ただただ、楽しい気がしてた。
そのとき、桑原さんのスマホが鳴った。あ、これ、西瓜がどこの名産かを歌う歌。
……親不知の彼はバナナの曲、異世界の彼はリンゴの歌、西瓜の歌なら。
私の歌は、なんなんだろう?
「雫姫さん……ああ、ローソンのチキンはひとつかみっつか、ですか? ひとつをみんなで分ける感じで良いと思いますよ」
やっぱり西瓜の歌は雫姫ちゃん。私の着信音も何かのフルーツかと思案しながらコンビニに歩いている間、ここは良い町だと思っていた。
私が住んでいる町より輝いている。でも何が、と云われればわからない。
私がチキンを買って帰ると、先に帰っていた雫姫ちゃんと、紅茶を片手にチキンとヤキソバを食べた。
ワッフルを食べたばかりで、私や桑原さんは何口か食べたところで、雫姫ちゃんがほとんど一人で食べ切っていたが。
「さてと、ヤキソバとチキンも食べ終えてしまいましたが……おふたりは死ぬ前にやり残したことはありませんね?」
そっか、もう、死ぬんだ。私たち。
こんな人たちと最後が一緒で、良かったな。
「ありません」
「私も中田さんと一緒で……ないです」
? 雫姫ちゃんの言葉は、何もない言葉ではないと感じた。
それは桑原さんも同じだったらしく、にっこりとした。
「一緒に死ぬ仲間ではありませんか。よろしければ話してください。未練は無く、逝きましょう」
私も頷き、雫姫ちゃんを見た。
「……下らないことですから」
「話してみたら? 力になるから」
少し考えてから、雫姫ちゃんは話し始めた。私と桑原さんは静か目線を向ける。
……というか、もうそろそろデジャブというか、コピーペーストの気配も感じるが、とりあえず、聞いてみる。
「気になることが有るんです。マナカナやおすぎとピーコの見分け方とか有るじゃないですか」
既に下らない気配しか感じないが、私は黙って聞いていることにした。
「なら、PUFFYてどこで見分けるんですか? アジアの純真とかの」
「いや、そのふたり、双子どころか姉妹ですらないし」
「え!? あのふたりって姉妹じゃなくて兄弟だったの!? ニューハーフ!? すごい美人ですよね!」
「他人な」
もうこのバカな桑原さんにツッコミ入れるのに疲れたが、とりあえず続ける。
「で、どこで見分けるんですか? 服装も髪型も結構変わりますよ」
「いや、雫姫ちゃん、そもそも他人……見分けが付かないわけが……」
とは思いつつ、私は回答できなかった。確かに答えが見出せなかった。
「これは雫姫さんの云うように難問ですよ。今まで誰もが目を逸らしてきた謎だ。ここにライブのDVDボックスがあるから一緒に見てみましょう」
「ちょっと待て桑原ぁああああ!? ボックス持ってるようなファンなのに見分けついてないどころか、兄弟とか云ってたのか!?」
「真実とは、常に目を逸らしがちです」
「桑原さん、カッコいい……」
「カッコよくない! 絶対カッコよくない!」
「PUFFYはカッコいいですよ!」
「そっちじゃねーよ!」
「じゃあ、どっちですか! どっちが姉なんですか!」
「ああ、もう! じゃあ、DVD、見ますよ!」
「わかりました! 紅茶淹れてきます!」
「次はミルクティーでお願いします!」
「わかりました!」
桑原さんの紅茶を待ってから、私たちはDVDボックスの鑑賞会を始めた。
非常にイイカンジのDVDで、私たちが盛り上がりながらDVDボックスを見終わった頃には、すっかり日が落ちていた。
「楽しいですね! やっぱりカッコいいですよ!」
「――もう暗いね。ふたりとも、送っていこうか?」
「大丈夫です。彼氏が迎えに来てくれると思うので」
ふたりとも、バカだ。
完全に自殺しにきたということを忘れている。ライブDVDを見ても私はそのことを忘れてない。
そして、私は口を開く。
「――私も駅近いから。大丈夫です」
「そう? なら、またね」
「また! 中田さん! 桑原さん! 楽しかったです!」
弾けるような笑顔で雫姫ちゃんは出て行き、私も桑原さんのマンションを後にした。
既に日は落ち、さっきのコンビニには学校帰りの子たちが溢れ、お子さん連れのお母さんや仕事帰りのお父さんが見えた。
――なぜか、私はバカなふたりに私たちは死ぬんでしょうとツッコミを入れられなかった。
あのふたりが死ぬのは嫌だったし、そして、まだ生きていたかった。私は電子マネーではなく切符を買ってみた。ボタンを押す感覚が、妙に新鮮で現実感があった。
あんなことが有ったし、また死にたくなるんだろう。首を吊りたくなって飛び降りたくなって。
もう何事も嫌になって、叫びだしながら手首を掻き切ることだけを望むときも来るだろうけど、そのときまでは生きてみよう。
明日になればまた死にたくなるかもと思いつつ、それでも、そのとき死んでも良いんじゃないかな。
また会いたいな、あのふたりに。そのときは、私から桑原さんに電話をしてみよう。なんのフルーツの曲が鳴るか楽しみにしながら。
そう思いながら、私は改札をくぐった。
改札をくぐった瞬間、私を待っていたのは長い車体から大きな音を吐き出す電車のはずだった。
確かに長くて大きなものが轟音を立てていたが、ついでに口から炎を吐き出していた。ドラゴンか、竜か龍、竜と龍ってどう違うんだろ。竜田揚げに使う方と難しい方の違い?
「やあ、早い再会だったね!」
桑原さんだった。
鱗に包まれ、鋭い爪を備えた竜が瞳孔を細めて炎を吹く龍。なぜだか知らないが、そんな危機的状況でもさっき別れた桑原さんはニッコリとピースしていたりする。
しかも、なぜかわからないことに桑原さんは銀色の全身鎧を身に纏い、その手にはトゲ付き鉄球付きの鎖付き棒を持っている。
更になぜか知らないが、視線の先には三角帽子にビロードのマントを着た雫姫ちゃん。
しかも彼女が杖を振ると、その先から出た光が空中に文字のような残像を残し、そこからは更に強烈な光が迸ってドラゴンに殺到する!……平たく云えば、雫姫ちゃんが魔法を使っているようだ。
ドラゴンが魔法にグラついた。そこに見知らぬ男性ふたりが飛び掛かる。
こちらは、ローブ、というのか、そんなのを着た人と学ランの人が、拳や足からCGみたいな光を出していた。
「うおおお! 浪人生キーック!」
「親不知治療済みボンバー!」
あ、ここ異世界だ。既に戦っているのは、恐らく先に召喚されていた一緒に自殺するはずだった浪人生。
そして、恐らくもうひとりは、親不知を治療していたはずの彼だ。歯科医のあとに異世界に呼ばれていたのか。
しかし、彼らふたりの攻撃にもドラゴンは鱗の一枚を弾かれた程度らしく、その口には光を携える。炎というより雲の中を波打つ稲妻のように見えた
先ほど雫姫ちゃんが放ったものとは比べ物にならないほどのエネルギー。
状況は解らないがピンチだった。桑原さんと雫姫ちゃんが死にかけていると思ったとき、私は自然と動き出していた。
「あなたたち! なんでそんなにバカなの! 一緒に死ぬんでしょ! なんでそんなに自分たちだけ死にたがるの! もっと真面目に集団自殺しようよ!」
私の手からもCGが出て、心の中に何かが湧き出る。いつ死ぬかもなんで死ぬかもわからないけど、とりあえず、今、みんな生きている。
そして、その“とりあえず”を続けていくことこそが、生きていくということだったりする。




