大爆発
小一時間ほど待っていると、落盤が起きた入り口の方から穴を掘る音が響いてきた。
随分と早いな。落盤が起きたとはいえ、小一時間でここまで穴が掘れるのだろうか。
まぁいいか。しかし、ここには俺と騎士団長とフュンフしかいない。騎士団長がボロボロでは、俺に疑いがかかってくるよなぁ。勝手に自爆したのに。
騎士団長がどこか行くまで奥に隠れておこうか。
と思ったが、気配察知に同じ個体の生体反応があった。
ズィーベンか? なんで戻ってきているのだろうか。しかも、他に二つあるし……。
……二つ?
落盤が起きたところに穴が開き、そこから見知った顔が出てきた。
「ヒビキ! 大丈夫です!?」
「ヒメにヴェイグさん」
ヴェイグさんが掘り進めてきた穴から飛び出してきたヒメが、俺に駆け寄ってくる。
なぜここに来たのか。というか、なんで居場所がわかったんだ?
「大丈夫です!?」
「あー、大丈夫だから、きつく抱きしめないで欲しい。壊れそう」
駆け寄ってきたヒメがそのまま俺に抱き着いてきてくれるが、その行為自体は嬉しいのだけど、軋む体に少女とは思えない力で抱きしめられて色々とやばい。
壊れかけの俺に気付いてくれたか、ヒメが慌てて離れてくれる。いえ、抱き着いてくれるのはいいんですよ?
「なんじゃい、生きとったか」
「あー、はい。コアが壊されていないことが生きていることなら」
人形自体、そもそも生きていないんだけど。
だが、そんなことを聞いているのではないだろうし。
「お前さんの命は、今となってはコアじゃろう。壊れておらんのなら、生きておる」
「そうですね」
俺は壁に手をついて立ち上がり、まだ歩けることを確認する。
知り合いが来てくれたなら、今のうちに去った方がいいだろう。騎士団の連中が来ては厄介だし。
騎士団長は放置でいいか。一応、落盤したところには穴が開いて出られるし、フュンフもいる。いざとなったら抱えて出て行くだろう。
「騎士団長が起きる前に出ましょう。厄介ですし」
「む。お前さん、シャーレンに勝ったのか?」
「勝ったというか、自爆というか……」
俺は頬を掻きながら、ヴェイグさんに返す。
あれは勝ったに入るんだろうか? 挑発して冷静さを失くしたところを自滅覚悟の攻撃を打ち返しただけだし。
まぁ、あの様子では自滅する覚悟があったかどうかは知らないが。
「フュンフ、お前はどうする?」
「……フュンフはシャーレン様の人形ですので」
「そ。屈服はまた今度にしてやるよ」
今ここでフュンフ連れて行くと騎士団長がどうなるかわからないし。それに壊れかけの体でどこまでやれるか。
俺たちはそうそうにヴェイグさんの掘った穴から地上を目指した。
「ヒビキ、ヒメと契約するです」
「……は?」
地上へと向かっていると、横を歩くヒメにいきなり言われた。
契約って言ったって……。
「なんで?」
「ヒビキは弱いです。契約すれば強くなるっていったです」
「いや、弱くねえし……」
何とか2対1でやり合っていたし。
そもそも……俺と契約してくれるのは嬉しいが、俺はまだクラウスのことを謝れていない。
誠心誠意謝るとするならば、日本人として取る行動はたった一つしかない。
とはいえ、体の限界が近いことも確か。
しかし一度契約を結んでしまえば、契約者の命、あるいは屈服されなければ破棄できない。
俺が他の人形に屈服? ありえない。他の者に渡るくらいなら死ぬぞ。
まぁ、売られるということなどになったら、仕方なく甘んじて受けるけど。
「契約はまた今度にしよう。今すぐ必要ってわけでもないし」
「でも、ヒビキ壊れかけてるです」
「こんなの、ヒメが新しいのを作ってくれればいいだろ?」
人形ってのは究極的に言えばコアだ。
コアを別の人形体に移植したって、普通に前の人形のように動く。
コアさえ残っていれば、生きられるのだ。人形は。
「……わかったです」
不満そうに唇を尖らせ、しかし頷いてくれるヒメ。
俺は苦笑しながら、彼女の頭を軽く撫でた。
鉱山の入り口が見え出すと、外には採掘者が集まっていた。
爆発音や地鳴りが響いたせいで、落盤を警戒して中に入れなかったのだろう。
フュンフの爆発で坑道自体にダメージがあるだろうから、しばらくは潜らない方がいいだろうけど。
「エルフ」
「ああ、ゆっくりさせてはくれないようだ」
ズィーベンの呼びかけに、俺も気付いた。
後ろからだ。気配察知に引っ掛かったのは。
振り向くと、血だらけのシャーレンとその前を歩くフュンフがいた。
「許さんぞ……クラウスの置き土産……!」
血を流して少しは冷静になったようだが、見た目がもうスプラッター過ぎてお子様には見せられない。
俺は自然にヒメの前に庇うように立つ。
「その体でまだやるのかよ、シャーレン」
「当たり前だ……! わたしが、わたしが人形ごときに負けるはずがないッ!!」
「……」
残念だが、それが事実なんだよな。
「ヒビキ、やっぱり契約するです?」
後ろに隠したヒメが、そう聞いてくる。
……そうだな。契約した方が安全に守れそうだし、お言葉に甘えさせてもらうか。
「フュンフ、ジャッジメント」
「――ズィーベン!!」
俺の呼びかけに反応し、ズィーベンがヴェイグさんを抱えて走り出した。ヴェイグさんはかなり巨体だが、人形のズィーベンなら難なく運んでいる。
俺もヒメを抱えてそのあとを追いかける。
今のはフュンフの固有スキル【大爆発】の起動コマンドだ。
起動コマンドを受け、フュンフが自爆を起こすまで、猶予は10秒。
まただ、また油断していた。
それも仕方ないだろ。だって、誰がこんな坑道で超威力の爆発なんかすると思うかよ。
シャーレンの雰囲気から察するべきだった。奴が本気でこちらを仕留めに来ることを。
だが、シャーレンはどうするつもりだ?
今度は生き埋めではなく、落盤で確実に押し潰されるんだぞ。そんなこと、分かり切っているだろうに。
フュンフは自爆を起こすんだから使い物にならない。他に何か策があるとでもいうのか?
出口が見えたころ、足から破砕音が響いた。
馬車にはねられてからひびが入り、そのまま酷使していたためにとうとう壊れてしまったようだ。
「くそっ!」
だが、構わず走り抜ける。
片足が短くなり、走りにくくはなったが走れないわけではない。
もうちょっと、あと少しで坑道の外に……!
その時、後ろから何かが横を物凄い勢いで過ぎ去って行った。
それは――シャーレンだった。
「……!」
なるほど、シャーレンはフュンフが爆発する前に坑道の外に投げつけてもらうつもりだったのか。
だが、その過ぎ去る瞬間に見えたシャーレンの形相に思わず笑い転げそうになる。
「あっ――!」
そのせいかどうかはわからないが、いや、絶対にそのせいで俺はバランスを崩してしまった。
フュンフの【大爆発】の威力はけた違いだ。これでは、ヒメだけ助けようと投げても、範囲外に出すのは無理だ。
むしろ投げない方が安全だろう。
「ジャッジメント、起動」
フュンフの無機質な声が聞こえてきた。
ズィーベンとヴェイグさんはどうやら坑道の外に出たようだ。シャーレンも。
残っているのは、きっと俺とヒメだけだろう。
爆発が、来た。
☆☆☆
…………。
……何とか、意識はある。
だけど、動けそうにない。全身に致命的なダメージを負ったのだろう。
ああ、視界にお約束のように『エラー』と無数に表示されている。警告音がとてもうるさい。
目を開ける。周りは暗いが、人形には関係ない。
ヒメの顔があった。傷などはないし、見える範囲にけがを負っている様子もない。
気配察知にも、ちゃんと生存のマークがついている。
よかった。
いや、まだよくない。
コアは大丈夫そうだが、シャーレンが追撃してこないとも限らない。
今のうちに伝えておかなければ。
「ヒメ、おいヒメ、生きてるか?」
手はどかせそうにないので、声で呼びかける。
さらに数回呼びかけると、ヒメがようやく反応してくれた。
「……ん、何です、ヒビキ?」
「痛いところとか、ない?」
「……ねえです」
「そっか。よかった」
これで怪我していたら、あの世でクラウスに会えないところだ。
「ヒメ、よく聞いて。クラウスの、最期の言葉だから」
「お父さん、の?」
「うん、そう。だから、よく聞いて」
俺はエラーを押し退けて人形の機能を操作し、録音していたクラウスの言葉の再生を行う。
『あ、あー、ヒメ、訊いているか?』
「お父さん……!」
録音機能のおかげで、俺の声ではなくクラウスの声で再生される。
俺はクラウスの遺言を聞いていない。聞いていると恥ずかしいなどと言われたので、聴覚を切っていたのだ。
だから、俺もクラウスの遺言は初めて聞く。
『ごめんな。絶対に帰るって言ったけど、お父さん、ちょっと帰れそうにないわ。
喋ってるだけでも結構苦しいんだ。本当にごめんな。
だけど、大丈夫だ。ヴェイグにはこうなることも全部話してあるから、追い出されたりはしないよ。
お父さんが居なくて寂しくなることもあるだろう。けど、大丈夫だ。
お父さんの代わりは、この人形のお兄ちゃんが務めてくれる。
このお兄ちゃん、ヒビキは、きっとヒメに優しくしてくれるよ。寂しかったら、ヒビキに泣きつけ。
それと、お母さんのことだけど、忘れられるなら忘れてくれ。お母さんの家は大きいから、会えなくもなる。
もしかしたら、お母さんの家から引き取るなんて話が来るかもしれないけど、その時は自分で決めてくれ。
ヒビキも聞いていると思うから、お前にもお願いする。
ヒメを守ってくれ。
大事にしていないわけじゃないんだ。でも、ほら、片親っていうのはなかなか恵まれないものだろう?
だから、どうにかしてクレアとヒメと、一緒に暮らしたかったんだ。
……ヒメ、お前の成長を見られないのは残念だけど、代わりにヒビキが見てくれる。
アテナ様の最高傑作だそうだ。人形師を目指しているヒメには、ちょうどいいお土産だろ?
ああ、まだまだ言いたいことがあるんだけど、結構きついや。
ごめんな、ヒメ。……さよなら』
再生が切れた。クラウスの遺言が終わったのだろう。
しかし、いろいろと頼まれてしまったけど、この体ではどうしようもなさそうだ。
契約もできるかどうか。
ヒメに目を落とすと、両腕で顔を覆うようにして涙を拭っていた。
「お父さん……お父さん……!」
「…………」
ああ、ダメだ。
俺まで泣いてしまいそうだ。
人形にはそんな機能はないだろうに。
この世界の初めて会った人だった。
彼は確かに、バカだっただろう。迷宮を舐めていただろう。
だけど、それでも。
彼は、誰かのために、家族のために頑張っていたんだろう。
ああ、もう。
本当に、……ごめん。
守れなかった。判断ミスだった。自惚れていた。
自分を責めるなと言ってくれたけど、無理そうだ。俺がクラウスを殺したようなものだ。
これは、俺が一生背負うべき十字架なのだろう。
頬に何かが垂れた。
手は動かせないので触ることはできないが、頬を伝うものなんてそう多くない。
……アテナは、人形にいったい何を仕込んでいるんだよ。
そんな思考が過る。
ヒメが、俺の腕を掴んできた。その手は微かに震えている。
「……いくな、です」
ヒメがつぶやく。だけど、俺の耳には届いても知覚できない。
「ずっと、ずっと守ってくれる、言った、です」
……やばい。思考が、意識が沈みそうだ。
掴んでいるヒメの手の力が、少しずつ強くなっていく。
「お父さんの代わりに、なってくれる、言ったです」
…………。
「……ああ、でも、ちょっと、」
眠い。