一章 ①
カランカラン、と扉に吊り下げられた鐘の乾いた音が店に響いた。山からの冷たい風が、来客の背中を押し込むようにして店内に滑り込んでくる。
「ごめんくださーい」
鈴を転がすような、けれどどこか落ち着いた声が、続いて聞こえてくる。シオンが暖簾をさっと分けて奥から顔を覗かせると、そこには案の定、パンの香りを纏った少女が申し訳なさそうに、けれど親しげな微笑みを浮かべて立っていた。その声音と丁寧な挨拶は、よく聞き慣れたものだった。
「こんにちは、リリア。今日もいつもの薬かな?」
「こんにちは、シオンさん。ええ、今日も弟たちが盛大に擦り傷を作ってきて。いつもの軟膏ください」
「はーい、ちょっと待っててね」
シオンはリリアへ柔和な笑みを一度浮かべると、暖簾の奥へと姿を消した。
奥から水桶で手を洗う、小さく規則正しい水音が聞こえてくる。リリアは、自分の鼓動が心なしか早くなった気がして、手に持った籠をキュッと握りしめ、暖簾から視線を外した。その視線の先の棚には、丁寧な字で書かれたラベルの貼られた瓶や、ほんの少し苦い香りのする乾燥した薬草の束が、所狭しと並んでいる。
薬草の脂や汚れを丁寧に落とし、清潔な布で手を拭うと、シオンは再びリリアの前へと戻ってきた。
「おまたせ。軟膏だったね」
カウンター後ろの棚の取りやすい位置に、幾つか置かれている小ぶりな陶器の入れ物を取ると、シオンはそれをリリアに差し出した。
「良い薬草が手に入ったから、この軟膏にも入れておいたよ。ただその分、足が早いから、ひと月を目安に使い切ってね。色が褐色になってきたり、苦い香りがしてきたら、悪くなってる合図だから、その場合も使用をやめてね。……まぁ、多分早くに使い切っちゃうと思うけれど。あ、あと熱にも弱いから、火とかパン窯のそばには置かないようにね」
陶器の入れ物は、洗い立ての手のひらのように、ひんやりと清潔な冷たさを帯びていた。受け取るリリアの手のひらに、わずかにシオンの指先が触れ、彼女はまた密かに胸を熱くする。
「わかりました。あ、こちら母から。今日はハムチーズサンドです」
リリアは籠から少し大きな包みを取り出すと、シオンに手渡した。シオンは受け取った包みのずっしりとした重みと、染み出す温もりに目を細めた。
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、お代はおまけして、銅貨ひとつで」
「すみません、ありがとうございます」
首から下げたがま口財布から銅貨をひとつ取り出し、そっとカウンターに置くと、リリアは丁寧にお辞儀をして店から去った。手を小さく振りながら見送ったシオンは、銅貨を引き出しに収めると、使い込まれた帳簿を開いて書き込んだ。ほんの少し丸みのある温かい文字がきっちりと並んでいるそれは、彼がこの村で生き、多くの人を助けてきた証だ。
帳簿を閉じると、店の中は再び、山から吹き下ろす風が窓を叩く音だけになった。シオンは受け取った包みを持って再び暖簾をくぐると、作業部屋の奥にある階段から二階へと上がった。




