表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/9

第9話 勢いって悪いこと?

「うひゃ――! なにこれ――!?」


 美香(みか)は、異国の地に降り立つ宇宙船のような丸い展望台から、大きく身を乗り出す。

 一面、青と緑。見事なコントラスト。

 その新緑の中、ごつごつとした白い岩が無数に佇むカルスト台地は、異世界、いや、最果てとでも言った方が近いかな。


「素敵素敵……! ん――おいし!」


 展望台にあるカフェで調達した梨ソフトクリームを、ぱくり。

 店長にも送ってあげよっと、とスマホを構えた。

 もちろん、自分も入れて。


秋吉台(あきよしだい)、すごいですよ! 感動! おすそわけ!』


 すると、すぐ返信。


『服可愛いね。アイス美味しそう』


 美香は思わず吹き出した。


「いや秋吉台の感想ないの!?」


 さすが店長。落ちた気分もテンションも、さりげなく救い上げてくれる、大人。

 好き! きゃ! と美香は弾んだ。




 ―― ep.9 美香の場合




『地元だから、昔何回か行ったことはあるよ』

『あんまり覚えてないけど』


「なぁんだ」


 店長からの返信に、輝いた美香の瞳はすんと曇る。


(秋吉台より美香ちゃんの方が素敵だよ、って意味だと思ったのに)


 美味しそうなのも私じゃなくてアイスかぁ、当たり前だけどね、と静かに突っ込む。


(……でも、店長の地元山口? いい情報!)


 勢い大事! とすぐさまLINEを打つ。


『今度一緒にデート』


「…………」


 そこまで打って、たたたっと素早く消す。


『今度案内』


「…………」


 再び、素早く消した。

 勢い……、と呟く。

 ディスプレイを睨むと、たたたっと今度こそ最後まで打った。


『私の服のがかわいいですよね?』


 ここの前に寄ったサファリパークで撮った、レッサーパンダの写真を添付。

 我ながら変化球だな、と思う。

 するとすぐ返ってきた。


『どっちも』


(……どういうこと?)


 喜ぶところかな……? と首をかしげる。

 その時、梨ソフトが、ぽた、と服に垂れた。


「あーレッサーパンダ級の服に!」


 美香は慌てて溶け始めていたソフトクリームを口に含む。

 ハンカチで服についたアイスを拭っていて、はたと手を止めた。


(そういえばこの服……最後に仕立てた服?)


 懐かし……と美香は目を細めた。




 美香は数か月前まで、福岡で女性服のフルオーダーメイドサロンを経営していた。

 要は社長。

 27歳の美香がなぜ社長をしていたかというと。


 思いつきで入った服飾専門学校。

 (もちろん、器用だったっていうのと、ファッションは好きだったから)

 卒業後、まるで就きたい職がなかったから。という単純な理由。

 思いつきで始めた会社だった。


 思いつきだったけど、いい思いつきだったと思う。

 お客様が、そここだわります? ってくらいあれやこれやと考え抜いた、世界に一つだけの服を身にまとった瞬間。

 その眩しいほどの満悦した笑みは、至高だった。

 やりがいはあった。


 ――でもやめた。




『ほんっと、長続きしないわねぇ!』


 昨日まで帰省していた広島の実家で、いつもテンションの高い母親の、がっかりした声が頭をよぎる。


「あんなに好きだったのに、服作るの。いいの?」

「……いいの。ちゃんと理由があるの。ちゃんと次働いてるし! きゃ!」

「次って言っても、屋台じゃない! 社長からなんでバイトになるのよーもったいない! まかないに惹かれたの?」

「惹かれたのはまかないじゃありませーん! ぶぶーざんねんでしたー」

「やだあ! もしかして一目ぼれ? ほんっと勢いばっかりねぇ!」

「一目ぼれで結婚した人に言われたくありませーん」

「きゃ、やだ美香!」


 子供のような母親に、すんと涼しい目を向けた。


(一目ぼれして辞めたんじゃなくて、辞めたら一目ぼれしたんだもん)



 サロンの従業員は3人だけだった。

 少数精鋭。後輩女子と、ガチ系ミシン男子。


 美香はその男子と付き合っていた。


 そして――



 そいつは、後輩女子とも付き合っていた。



(あほなの? あいつ)


 ある日、後輩女子が嬉々として教えてくれたのだ。

 彼女は何も知らないようで、いずれ結婚したいって! と嬉しそうに話した。


 その瞬間――美香は、何もかもがどうでもよくなった。


 好きだったはずのそいつに対して、一瞬にして抱いた嫌悪感。

 そんなやつと勢いで付き合った自分に対しての、謎の腹立たしさ。


 ――勢いで生きてきたこと、仕事も恋も、全てが間違いだったかのような。


 嫌な「もや……」が、胸に渦巻いた。


 後輩女子にサロンを譲る話をして(もちろん付き合っていたことは伏せて)。

 手早く様々な手続きを済ませ。



 そして気づいた時には、中洲の屋台で突っ伏していたのだった。



『……どうしたの?』



 優しい声だなあと思った。




(……あ、なんか色々思い返してたら会いたくなってきた)


 もう帰ろっかな、と呟く。

 呟いて、いつもの読めない笑みで「帰省、楽しんできて」と告げられたことを思い出す。

 仕込み中かな、と思いつつ、スマホを手に取った。


『山口で他おすすめスポットあります?』


 秒で返ってくる返信。

 今日暇なのかな?


元乃隅(もとのすみ)神社』


 はて、と美香は目を瞬いた。




「なにここ……! すごくない? 吸い込まれそう……!!」


 秋吉台から車で1時間ほど。

 感嘆の声を漏らさずにはいられない、朱色の鳥居が無数に連なって竜のような曲線を描く絶景。


「すご……! こんなコントラストが効いた服作りたい! あ、やめたんだった」


 大きく首を振る。


「忘れて次次!」


 そう声を上げて、固まった。

 またこみ上げてくる、胸のもやもや。


(……次……が、何か怖い。みたいな)


 

 ――勢いで行動するとまた、失敗しそうで。

 


 駆け出したい気持ちを落ち着かせて、連なる鳥居の入口へゆっくり向かう。

 一礼したとき、足元の野良猫に気がついた。


(猫ちゃん)


 ふと、中洲をうろつく野良猫が頭をよぎった。




『路頭に迷ったお姉さんがうちの屋台に来てくれるなんて、嬉しいなあ』



 好きなものすべてを手放して屋台に辿り着いた時の、店長の声が蘇る。


 

「猫についてきただけ……」

「ああ、あの野良猫ねえ。このあたりうろついてるんだよ。かわいいでしょ? 見た人はちょっといいことがあるっていう」


 思わず顔を上げる美香。


「……ほんと? 見える人には見える的な?」

「しょっちゅう見るけど」

「…………いやそれ、この辺の人たちみんないいこと起こるじゃん」


 あはは、と笑う声が、穏やかで甘い。

 その笑みに、無意識に視線が留まる。


「中洲に来ればさ、いいことあるよってこと」


 ぱちぱち、と目を瞬く。


 その時。

 きらきらっと目の前が光った気がした。

 この光は何?

 

「僕の今日のいいことは、お姉さんに会えたこと」


 差し出されたクラフトビールの、琥珀色の光が滲んだ。

 きゅううん……! と胸が鳴る。


 目いっぱい腕を伸ばしてグラスを両手で受け取りながら、美香は眉を下げた。


「私もです……!」


(新たな恋……!)



 その瞬間――



「ここでバイトしたいです!!!」



 ――という叫びを、ぐっとこらえたのだった。




「……で、結局、がらにもなく屋台に足しげく通った挙げ句、『因みに今バイト募集とかしてます?』とか恥ずかしいことを言ったんです」


 目の前で軽快に階段を降りていく猫に何とかついていきながら、気づけば勝手に話しかけていた。


「今もね、君をよしよしして、きゃーきゃー言いながら駆け下りたいんだけど――」


 そう言った瞬間。

 後ろ足を大きく蹴り、駆け出す猫。


 あー相談相手……、と美香はその背を目で追うも、すぐに見えなくなった。

 すぐ横の鳥居に軽くもたれる。


「――……勢いで行動するのが怖いとか、もう私じゃなくない……?」

 

 スマホを構えた。

 今度は自分は入れない。景色だけ。


 店長のトーク画面を開いて、戻った。


(……あんまり送りすぎるとうざがられるよね。仕込み中だし)


 SNSにしとこ……、と、アプリを立ち上げた。



「あれ?」


 

 そこで美香は、見覚えのある、()()()()の写真に手を止めた。


(これって……男子バスケのチームタオル?)


 トップのおすすめ投稿に、なぜか二つ、母校のバスケ部のチームタオルを撮ったらしい投稿が上がってきていた。


(何か男バス盛り上がってる?)


 それしにては、何か妙。

 アングルがそっくり。

 しかもなぜか夕日をバックに、タオルが柵にくくられていた。


 よく見てみる。

 一つ目は『応援、落ちてましたよ』。

 二つ目は『返って来た! 奇跡!』。


「…………拾った人と、落とした人ってこと?」


 そんなこと、ある?



 気づけば、しゃがみ込みながら大声で笑っていた。


「そんなことある……!? うそでしょ!?」


 鳥居のど真ん中で一人爆笑している美香へ、観光客が不審な目を向けてくるが、そんなの知らない。

 笑いながら、もう一度投稿を見た。


『#頑張れ』

『#目指せインハイ!』


「青春してるなぁ」


 なぜだか、涙が込み上げた。


 高校時代、バスケ部のマネージャーになったのも、思いつきだった。

 当時はインハイなんて雲の上すぎたけど、それでも『目指せインハイ!』は合言葉みたいで。

 練習試合で一勝するだけで、優勝したみたいに盛り上がって。

 あれは至高だった。


 あの思いつきも、間違いだったのかな?


(そんなこと、ない)



 美香は、スマホ画面に映るタオルの写真をじっと見た。


 勢いあまって落としたのかな?

 タオルが落ちてるって、普通そんなに気に留めないけど、どうして拾ったんだろう。ふと思い立ったのかな。


 ――落ちたものを拾ってもらえるのって、本当にうれしいよね。


(今回はちょっと失敗したけど、そのおかげで、いつも私を救い上げてくれる店長と出会えたのは、至高じゃない?)


 普通にしてたら繋がらないものが繋がるのって、多かれ少なかれ、偶然とか、思いつきとかってあるんじゃないかな。



 ふっと顔を上げる。

 鳥居の先に見える海。そこに反射する光が、きらきらっと光った。


 途端に会いたくなる。


 涙をぬぐうと、もう一枚。

 今度はちゃんと、自分も入れて。


 LINEに添付すると、たたたっと迷わず打った。


『今度、レッサーパンダ見に行きません?』


 すると、すぐに返ってくる返信。


『可愛い服でね』


 きゅう、と胸が鳴った。絶対鳴った。


 ――ああもう! めっちゃ可愛い服作んなきゃ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ