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第8話 失くしたもの

「うおおおお!!!!」


 がむしゃらに漕ぐ。

 このどこにぶつけていいかわからないもやもやを吹き飛ばすみたいに。


 滲む視界は何なのか、そんなのはわからない。

 悔しいから? 不甲斐ないから? 腹立たしいから?

 もう、わからないことしかない。


 『何でだ』

 ずっとその言葉が、(しん)の頭を渦巻いて離れない。


 ぐっと歯を食いしばると、ばっ! と大きく顔を上げた。


「うおおおお、おっ…………ごほっごほっ!」


 喉が渇いて変な咳が出た。

 自転車で疾走しながら叫んじゃいけないっていうことはわかった。くそっ。




 ―― ep.8 慎の場合




「っだあ――! つっかれた……!」


 慎は、汗だくの身体をビーチへ投げ出した。

 ぐっ、と砂を握る。


 汗にざらっとまとわりついた。



 自宅がある広島・尾道(おのみち)向島(むかいしま)から、気づけば自転車を飛ばしていた。

 何かあると、とにかく自転車を漕ぎたがるのは、しまなみ海道育ちの(さが)なのかも。


 それにしても、と、ちらりと横目で穏やかな内海を見た。

 こんなに遠くまで来たのは初めてかもしれない。

 バスケで鍛えているとはいえ、足はなかなかに重い。

 

 気分は、それ以上に重いんだけど。


「…………くそっ」


 こんなに漕いできたのに、もやもやは、ちっとも晴れてない。


『2番……――』


 身体を止めると、コーチの声が頭に蘇る。何度も。


『――陸也(りくや)。控え、慎』

 

「……くっそぉ……!!」


 慎は、握った砂を叩きつけるように投げた。

 



 高校三年。

 最後のインターハイを前に。



 レギュラーから落ちた。



 コーチの言葉が、まるで知らない国の言葉ですか? ってくらい、一切頭に入ってこなかった。

 頭も、身体も、何もかも停止する。


『――慎? 返事』

『……は、はい!!』


 何とか、かろうじて、返事をした。


 あの時――


 ――陸也が、ちらっと視線を向けた気がした。



(……んで、気持ち悪いんで早退しますって……小学生か俺は……)


 はああああ……! と、身体の奥底からの重苦しい息を吐き出す。


 小学校からずっとバスケ一筋でやってきて。

 全然背が高くならなかったから、スリーポイントとドライブの練習に明け暮れて。

 多分、生活ほぼすべてをバスケに費やしてきたんじゃないかなって思う。


 高校二年の夏、三年が引退して、2番(シューティングガード)のレギュラーの座に、初めて立った。


 本気で嬉しかった。それなのに――


(――いざインハイ前にレギュラー落ちとか、コーチ鬼すぎ……!!!)


 ぐああああまじ腹立つぅぅぅう!!! と砂を無意味に掘る。


「何でだよ!!! 背? 背が低いから?? でも1番(ポイントガード)(まき)とも、俺のがぜってー連携上手いし、スリーポイントだって、陸也より……――」


 大きな穴になった砂浜を、じっと見つめた。


(――……ドライブと、得点に絡む感覚は、陸也かも。元ポイントガードだしな)



 陸也とは、親友だった。

 親友って言う表現が正しいかはわからない。

 一番仲が良くて、一番お互いを知っている。


(中学ん時は二年からずっと、1番陸也、2番俺。だったもんな。なつかし)


 高校に入り、陸也はコーチからポジション変更の打診をされた。

 ポイントガードが激戦だったからだ。

 リーダーシップ力に欠けるとかなんとか。


 ――結果、俺と陸也は親友からレギュラーを奪い合うライバルになった。

 

(……ってまあ、別に仲は良いんだけど)


 だからこそ余計に……もやもやする。


(いっそ……陸也じゃない方がすっきりしたのかな。……いや、ぜってーそんなことない。もっと怒り狂ってたかも)


 くそっ、とまた吐き捨てるように呟くと、立ち上がる。

 息も整い、汗もだいぶ落ち着いてきた。


 ぱぱっと砂を払う。


「タオル――…………あれ?」


 ない。


 その時、自転車に括っていたはずのチームタオルがないことに気づき、血の気が引いた。



 

「やべぇぇぇえ!!!」


 来た道を、全速力で戻る。

 行きの疲れ? たまに足がもつれ、余計に焦る。

 たまに立ち止まって見渡してみるも、真っ直ぐ綺麗な大三島橋(おおみしまばし)に、真っ青なタオルらしきものはまるで見当たらない。


(くそ……落としたとなると、車に轢かれてるか海に落ちたか……シャレになんねー!)


 チームタオルは、チームみんなの、「インハイ行くぞ!」っていう一丸となる象徴みたいなものだった。

 試合中、その真っ青なタオルが視界に入るだけで、鼓舞される。

 気合いが入る。テンションが上がる。

 

 「チームで戦ってるんだ」って自然に思える、チームの魂みたいなやつ。


『レギュラーおめでと!』


 レギュラーになったとき、女子マネがふざけて「ファイト!」って書いてきた。

 それを見た陸也と面白がって、お互いのタオルにコメントを書いた。


 『目指せインハイ!』


 そう書いたら、陸也も全く同じことを書いてて、二人で吹き出した。


 別に大事なものとかじゃない。

 大事なものとかじゃなくて……――


「――っ……! どこだよ、くそっ!! ……ごほごほっ」


 また変な咳が出た。

 再び滲む視界。

 何でこんな、上手くいかないんだろ。

 何もかも。がむしゃらに頑張って、無我夢中で練習して。

 それなのに何で……――


(わかんねーよ……!!!)


 一瞬、ぎゅっと目を伏せる。


 目を開けた瞬間――

 



 キキ――ッ!



 身体が前につんのめりそうなくらいの、急ブレーキ。

 心臓が、そのまま吹っ飛びそうなくらい、驚いた。


(やっべ、猫轢きそうだった……!!!)


 自転車で目閉じちゃだめ俺……!!! とばっくばく鳴る心臓を押さえる。

 轢かなかったよな!? と周囲を見回すと、猫がたたっと走り去る後ろ姿が見えた。


(……よかったー……!)


 安堵して、ふと気づく。猫が走り去っていった場所。


(公園……そういえば、トイレに寄ったっけ?)


 未だ鳴りやまない心臓を落ち着かせるように深呼吸すると、慎は自転車を急旋回。

 うっかりサイクリストらしき人にぶつかりそうになる。

 すみません、と軽く頭を下げると、公園内へ向かった。



 

「うわーすっげー……!」


 空がオレンジ色に染まった、公園からのしまなみの光景に、無意識に感嘆の声が漏れた。

 向島からの夕焼けも好きだけど、何だろう。シンプルに島と橋しかない絶景を照らす夕日の、格別感。


 海沿いの歩道まで、走っていく。

 ぱっと自転車から飛び降りると、柵に手をついて身を乗り出した。


「すっげー! ははっ! 真っ赤!」


 感動すると、多分人は「すげー!」しか声が出ないんだと思う。

 すげー! すげー! とはしゃぐと、スマホを取り出した。


 撮った夕日が、柄にもなく、何か胸にしみる。


(……壁紙にしよっかな)

 


 柵にもたれ、あれ、壁紙設定どこだっけ、とかスマホをいじっているとき。

 真っ赤に染まった柵で、不自然に動く()()に気づいたのは、多分偶然。


 なんだ? と何気なく見て、固まる。


 途端に、ばくばくと大きく音を立てる心臓。


 まじか、と小さく呟く。


 弾かれたように、駆け出す。

 いやまさか、なわけないだろ、と思いながらも足は止まらない。


 駆け寄って、なにかが胸に込み上げた。

 喉が詰まり、目が一気に熱くなった。


「……嘘だろ……――!」


 夕日の赤に染まった、黒いそれ。

 近づくと、青だとわかる。


 『ファイト!』『目指せインハイ!』の文字。


 あはは……!! と、こらえきれず笑いが漏れた。


「信じらんねー! あるか普通!?」


 笑いが止まらない。


 チームタオル。


「俺のだ……!!!」


 すげー!!!


 無意識に叫んでいた。




 慎は思わずしゃがみ込み、笑いながら膝に顔を(うず)める。


「……よかった…………まじで……!」


 これはあれだ。感動して泣いてるんじゃなくて、安心しただけ。

 まだチームに必要とされてるような、そんな気になっただけ。

 

 泣いてるのか、笑ってるのかよくわからない顔を上げると、ぺたんと座り込んで手をついた。

 

 柵にくくってあるタオルの端をつかみ、広げる。


(……雑な字)


 これを陸也が書いた時――陸也が控えだった。


(あん時、陸也がレギュラーになってたら……俺、同じように書けたかな)


 書けなかったかもしれない。

 その後の練習試合でも、陸也はベンチでタオルを掲げて、大声を出して熱くなってた。

 勝っても負けても試合後、真っ先に駆け寄ってくれた。

 

(嬉しかったじゃんか、それが)


 陸也は多分、知ってるんだ。

 一番つきたいポジションを外された悔しさも、それでもチームがインハイに行くために、どうするべきなのか。


「……チームのため……」

 

 インハイに行きたい。そのために、ずっと練習してきたんだから。

 レギュラーじゃなくても、多分、それは変わらない。


 こうやって拾ってくれた人が応援してくれてるみたいに、死ぬ気でチームを応援して、その応援がレギュラーに届いてインハイ行ったら、死ぬほど嬉しいんじゃないか?

 試合に勝った時、レギュラーよりも喜びを爆発させて駆け寄ってくる陸也みたいに。


 すっと真っ直ぐ顔を上げた。


 スマホを構える。

 さっきよりも、空も海も真っ赤になった中に、青いタオルがなびく。


 自然と、笑みが漏れる。

 写真を撮ると、SNSにアップした。


 「返って来た! 奇跡!」

 「#拾ってくれた人まじ感謝!」「#目指せインハイ!」「#レギュラー奪還!」「#広島海陵バスケ部」

 

 するとすぐ来る、LINEの通知。


「……陸也?」

 

『体調悪い奴がなにしてんの? 大丈夫?』


 あはは……! と腹を抱えて笑った。

 

 ――やっぱりレギュラーがいいけど! ぜってー奪取! 覚悟しとけ陸也!

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