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午前中、恒一は顧問先案件の初期診断をまとめながらも、集中が少し散っていた。
製造業の断裂点。
営業と現場の時間感覚のズレ。
発注責任の曖昧さ。
進行可視化の不足。
見える。
十分に。
でも、頭の奥では別の線がずっと動いている。
位相撹乱。
追跡勢力。
空の違和感。
SNSの小さな報告。
『今のあなたは、二層で動いていますね』
ルイゼが言う。
「二層?」
『表層では仕事。深層では警戒』
「……うん」
『消耗しやすい状態です』
「分かってる」
分かっている。
だからこそ厄介だ。
「でも仕事は止められない」
『はい』
「止めたら、余計に頭がそっちへ寄る」
『それもあります』
ルイゼの返答は短かった。
だが、その奥には、似た経験の手触りがあった。
「お前もあるのか」
『あります』
「こういう、“目の前の任務を処理しながら、別の大きな不穏を抱える”やつ」
『艦長ですので』
「万能ワード禁止」
『失礼』
だが、その失礼の奥に、ごく薄い苦笑が混じる。
『あります』
ルイゼは言い直す。
『そういう時は、すぐに解けない問題を“保留の棚”へ一度上げます』
「……」
『解けないまま握り続けると、目の前の処理まで落ちるので』
「それ、地球でもかなり必要だな」
『はい』
恒一はメモ帳の端に書いた。
保留の棚
•空の違和感
•SNS報告
•追跡勢力
•まだ判断不能
そして、その下に。
今やる
•顧問先案件の診断メモ
•先輩案件の定着確認
•会計事務所案件の一覧修正
「……」
『良いです』
ルイゼが言う。
「お前のそういうとこ、本当に助かるな」
『知っています』
「最近ほんと自己評価高いな」
『正確です』
少しだけ笑う。
少しだけ。
でも、その少しで十分だった。
◇
昼過ぎ。
会計事務所の牧野から、妙なメッセージが飛んできた。
仕事の話じゃないんですけど
今日、所長が昼休みに天文ニュース見てたんですよね
「……」
恒一はすぐ返す。
天文ニュース?
海外の観測フォーラムで変な話が出てるって
まだ与太みたいな扱いですけど
与太みたいな扱い。
その言葉が逆に怖い。
まだ公的じゃない。
まだ半分は笑い話。
でも、ゼロではない。
『線が増えました』
ルイゼの声。
「うん」
『SNSだけではなく、観測コミュニティの片隅でも動いている』
「……」
恒一は牧野にだけ短く返した。
ありがとうございます
その話、今後また何か見たら教えてください
返事はすぐ来た。
了解
相馬さん、そういうの気にする人でしたっけ
少し迷ってから、こう返す。
たまたま昨夜、空に違和感を見たので
数秒後。
へえ
じゃあ今度その話も聞かせてください
そこで会話は切れた。
だが、胸の奥のざらつきは増した。
身近なところで、少しずつ接続している。
現象が。
人が。
会話が。
まだ誰も“それ”とは呼んでいない。
でも、もう完全な無関係ではいられない感じがあった。




