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午後。
仕事の合間に、恒一は自分の稼働上限をメモ帳に書き出していた。
同時に持てる案件数。
週の可処分時間。
営業に使う時間。
作業に使う時間。
睡眠。
雑務。
そして、ルイゼとの接続時間。
「……こうやって書くと、全然余裕ねぇな」
『はい』
「そこは即答するなよ」
『事実です』
「くそ……」
だが、必要だった。
夢だけで回る時期は短い。
続けるには、現実の枠がいる。
恒一は仮に決める。
同時進行は、最大二件。
新規ヒアリングは週二まで。
夜中の作業は原則一時まで。
睡眠は最低六時間。
書いていて、自分でも少し笑った。
「個人事業って、もっと無茶するもんじゃないのか」
『無茶して壊れる個体が多いのでしょう』
「宇宙でもそう?」
『はい。航行初期の若手指揮者に多いです』
「……なんか生々しいな」
『生々しい話ですので』
ほんの一瞬、向こう側の映像が流れる。
艦内。
若い乗員。
張り切りすぎた結果、判断を詰め込みすぎて処理落ちする誰か。
それを静かに止めるルイゼの視線。
「……お前、かなり止める側なんだな」
『艦長ですので』
「便利ワードやめろって」
『便利です』
「認めるなよ……」
でも、その“止める側”の感覚は、今の恒一に必要だった。
自分一人だと、たぶん走りすぎる。
走って、転ぶ。
その予感がある。
◇
夜九時。
会計事務所の補助スタッフ――名は牧野だった――とのオンライン通話が始まった。
画面に映ったのは、二十代後半くらいの女。
眼鏡。
きっちりした髪。
かなり疲れている顔。
「初めまして」
「初めまして、相馬です」
「篠崎さんから、事務整理ができる人って聞いて」
「……そんな感じです」
「ふわっとしてますね」
「今、少しずつ形にしてる途中で」
牧野は軽く笑った。
「正直でいいですね」
「よく言われはしません」
「今、言いました」
テンポがいい。
この手の相手は助かる。
「困ってるのは」
牧野が本題に入る。
「顧客ごとの締切管理と、内部確認の抜け漏れです」
「会計事務所の補助だと、月次ですか」
「月次も、年末調整も、記帳代行も。全部」
「人員は」
「実質三人」
「ツールは」
「チャット、メール、スプレッドシート、紙のメモ」
紙のメモ。
終わっている匂いがする。
恒一は話を聞きながら、静かに整理していく。
締切管理。
担当の見えにくさ。
確認抜け。
連絡経路の分散。
優先順位の揺れ。
『分類すると、“見落とし”“属人化”“切替負荷”です』
ルイゼが補助してくる。
「……」
「相馬さん?」
「あ、すみません」
「大丈夫ですか」
「大丈夫です。今、整理してました」
恒一は言葉を選びながら話し始めた。
「たぶん今起きてるのは、単純な忙しさだけじゃなくて、締切情報と確認情報が別々に散ってることが大きいです」
「……はい」
「それと、誰が“今ボールを持ってるか”が、瞬間的に見えない」
「それです」
「なので、全部を一つの表にまとめるより、まず“締切軸の一覧”と“確認待ち一覧”を分けた方がいいかもしれません」
「……あー」
牧野の表情が変わる。
刺さった顔だ。
「今うち、全部を一枚で見ようとして逆に見えなくなってて」
「そうだと思います」
「その発想はなかった」
発想はなかった、という言葉は大きい。
技能の高さというより、視点差に価値が出たときの言い方だからだ。
四十分の通話のあと、牧野は言った。
「一回、今の運用をざっと整理して、改善案のたたき台もらえますか」
「はい、できます」
「いくらくらいですか」
まただ。
金額。
恒一は前回よりは少し落ち着いていた。
それでも喉は乾く。
『範囲を先に定義』
ルイゼの声。
『現状把握、問題整理、一覧フォーマット試案、運用ルール初稿』
「……」
「現状整理と一次改善案、それと一覧フォーマットの叩き台までで、四万円でどうでしょう」
「……」
牧野が少し黙る。
長い。
かなり長く感じる。
高かったか。
やらかしたか。
だが、次の瞬間。
「安すぎる気もしますけど、今の段階ならお願いしやすいです」
牧野が言う。
「それでお願いできますか」
「……はい」
「じゃあ、必要資料送ります」
決まった。
二件目だ。
恒一は通話終了後、椅子にもたれかかった。
「……また決まった」
『はい』
「二件目」
『はい』
「うわ」
『語彙が貧弱ですね』
「うるさい!」
でも、笑っていた。
自分でも分かるくらい。
怖さはある。
だが、その怖さの中に、明らかに手応えが混ざり始めていた。




