15話
跳ね起きた。
暗い。
呼吸が、荒い。
夢だ。
すぐに分かった。
――分かっているのに、手が震えている。
掌に残る感触。
あの謁見の間で、私は確かに笑っていた。
剣を抜きながら。
「メアリお姉様、起きたのね」
扉が開き、ヴィオラが駆け寄ってくる。
その後ろで、パメーラが静かに扉を閉めた。
ベッドの脇に腰掛けたヴィオラが、水を差し出す。
受け取ろうとして――気付く。
思うように力が入らない。
「……ありがとう」
どうにか両手で支え、口元へ運ぶ。
冷たい水が喉を通り、ようやく少しだけ現実に戻る。
「どれくらい寝ていましたか?」
「2日ほどよ。無事に起きてくれて安心したわ」
「2日……もうそんなに……」
胸の奥が、きゅっと締まる。
「ご迷惑をお掛けしました」
頭を下げると、ヴィオラはきょとんとした顔をした。
「どうして? 元々お暇をいただいていたでしょう?」
くすり、と笑う。
「私の一番の騎士には、晴れ舞台を万全で見てもらうんだから」
その言葉に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
「旅の疲れもあるでしょうし、あと2日ほど休養を――」
「いや、体調は悪くないの……」
それは本当だ。
身体は軽い。
今すぐにでも剣を振れる。
だが――
「お姉様……本当に大丈夫?」
覗き込むヴィオラの瞳。
「身体は……大丈夫」
「夢を見ていたのでしょう?」
逃げ場がない。
ヴィオラはずるい。
いつもそうだ。
核心だけを、静かに突いてくる。
「……覚めれば忘れるわ」
「そう」
それだけ言って、ヴィオラは私の持つ水の入ったカップを両手で包んだ。
「私も、たまに見るの。誰かを守れなかった夢」
「姫様……」
「だから分かるわ。忘れようとすればするほど、覚えてしまうって」
返せる言葉が、なかった。
胸の奥に押し込めていたものが、揺れる。
――守ると誓った日。
この子の隣に立つと決めた日。
弱さなど見せないと、そう決めたはずなのに。
「……ただの夢よ」
視線を逸らす。
わずかな沈黙。
空気が、少しだけ重くなる。
――その時。
「目、覚ましたんだって?」
間の悪い声と共に、扉が開いた。
入ってきたユウキが、一瞬だけこちらを見た。
値踏みするでも、心配するでもない。
ただ、確かめるように。
「……メアリ、体調はもういいのか」
静かな声だった。
胸の奥で、何かがほどける。
(ああ)
「……ええ」
答えた瞬間、背後で空気が変わる。
「ユ、ユウキ? 今……」
「ユウキ様、今なんと」
振り返れば、ヴィオラとパメーラが目を丸くしている。
ユウキは露骨に顔をしかめた。
「……タイミングミスったか」
立ち去ろうとするが、両側からがっしり捕まる。
「逃げないでください」
「もう一度お願いします!」
「お前らな……」
私は、思わず口元を押さえた。
さっきまで胸を締め付けていたものが、ほどけていく。
「もう一度、呼んでほしい」
気付けば、そう口にしていた。
ユウキが一瞬だけ黙る。
「……なんで」
「分からないの。ただ……」
一歩、近づく。
「初めて、隣に立てた気がしたから」
沈黙。
それから、ぶっきらぼうに。
「……メアリ、体調はもういいのか」
同じ言葉だった。
さっきと、まったく同じ。
なのに。
胸の奥が、温かくなる。
言葉は少ないのに。
ちゃんと、見ている。
見てくれている。
「ぷっ……」
思わず、吹き出した。
「あはははっ!」
さっきまでの悪夢が、嘘みたいに遠ざかる。
「元気出たんなら何よりだよ」
「あら、ユウキ顔が赤いわ?」
「いつもは皮肉屋なのに、可愛らしい反応ですね」
「うるせぇ」
そっぽを向くユウキ。
その様子が、なぜだか可笑しくて。
――ぐぅぅぅぅ……
「……」
一斉に視線が集まる。
「かわいいお腹の音ね、お姉様」
「そういえば、栄養剤だけでしたね」
「腹減ってるなら食うか?」
ユウキが出したウィンドウを見たパメーラが素早く動く。
空中に展開された表示領域。
迷いのない操作。
次々と並べられる料理。
「これは……?」
「サンドイッチ」
誰が答えたのか、分からなかった。
それだけ目の前の料理に目を奪われていた。
ふわりとした白いパン。
中には具材が挟まれている。
一口。
「……!」
思わず目を見開いた。
「やわらかい……それに、この……」
口の中でほどける食感。
そして、舌に広がるまろやかな味。
「この白いものは何ですか?卵のようですが」
「マヨネーズ……は無いんだっけ?」
「まよ……?」
ヴィオラも一口食べて、固まる。
「なにこれ……!? 卵なのに……卵じゃない……!?」
「混乱してるな」
「濃厚なのに、しつこくない……それに少し酸味が……」
ヴィオラが真剣な顔になる。
「油……? 卵……? いや、これは……乳化させてるのかしら」
「やめろ、分析するな」
「これは……調味料革命です!」
「大げさだろ」
「お父様に報告して――」
「おい、やめろ」
「これは輸出案件です」
「やめろって言ってるだろ」
「毎日これが食べられる国があるのですか?」
訓練の時に食べたレンガのようなパンを、思わず思い出した。
「ある!と断言できるほど近くはないけどな」
「永住したい気分ね」
「軽いな決断が」
呆れ声のユウキ。
皆に笑いが広がる。
食事が進む。
ただそれだけの時間なのに、
胸の奥が、満たされていく。
「平和ですねぇ」
「そうだな」
「何も起きなければ良いのですが」
「あっ、バカっ!それはフラグ……」
――コンコン。
扉が叩かれる。
ユウキがため息をついた。
「ほら来た」
さっきまでの笑いが、すっと引く。
空気が変わる。
――日常が、終わる音だった。
非常にスローペースでの更新になります
申し訳ありません




