謁見
「……城っていうより、要塞だな」
ユウキが呟いた。
帝城の門が、ゆっくりと開いていく。
厚い鉄の軋む音が、石造りの通路に重く響いた。
その先を見た瞬間、メアリスは思わず息を止める。
兵が並んでいる。
ただ並んでいるのではない。
石畳の広場を埋め尽くすほどの兵列だった。
一列、二列――
いや、数えきれない。
(……多い)
ラファーヌ王城でも、これほどの兵を並べることはない。
鎧は飾り気のない鉄。
だが、その整然とした姿はまるで一枚の壁だった。
帝国兵。
大国の軍勢とはこういうものか、とメアリスは小さく息を吐く。
「歓迎にしては気合い入ってんな」
「それだけ歓迎されているのよ」
ユウキの軽口に姫様が胸を張る。
――しかし、それだけだろうか。
兵列の奥。
そこに、純白の一団が立っている。
白いカソック。
その上に重ねられた、金色に輝く部分鎧。
フォノト教団の聖印。
神詠騎士団。
数は多くない。
だが――
空気が違う。
帝国兵が壁なら、こちらは刃だった。
静かに立っているだけで、周囲の兵の緊張が伝わってくる。
メアリスは無意識に背筋を伸ばした。
(……強い)
一人一人が、明らかに別格だった。
帝国兵の数。
神詠騎士団の質。
それだけで、この国の力が分かる。
「ふ〜ん?」
ユウキが横目でこちらを見る。
その意味を、メアリスはあえて問わない。
(……この男も気付いている)
歓迎のための配置ではない。
これは――
警戒だ。
帝城の門が、完全に開いた。
―――――――――――――――
エルドナム帝国皇帝。
エルドナム=ユスト=セブルイ九世。
その名を知らぬ騎士はいない。
先帝の時代に続いていた古い慣習を叩き壊し、
並み居る皇位継承者を退け――いや、粛清し、
皇帝の座を奪い取った男。
暴君とも、名君とも言われる。
だが一つだけ確かなことがある。
この男が帝位についてから、
帝国は教団と皇帝の二つの柱で動く国へと作り替えられた。
「ヴィオラ! 久しいな、ライナスは元気か!」
「お久しゅうございます陛下。ライナス兄上はラファーヌの海運都市で、海魔討伐の指揮についておられますわ」
「陛下などと堅苦しい呼び方はよせ。昔は我のことも兄上と呼んでいたではないか」
親しげに話す皇帝に、貴族の男が苦言を呈する。
「陛下! 聖女様とはいえ、あまり親しげに……」
「黙れ」
一言で、場の空気が止まる。
「我とライナスは兄弟同然。ならばヴィオラは妹であろう。妹に声をかけて何が悪い」
黙り込む貴族を無視し、さらに続ける。
「ライナスは爺の……我が国の筆頭魔術師イチの愛弟子だ。是非とも我の右腕に欲しい。ヴィオラよ、一度顔を出すよう伝えてくれ」
「それについては兄上から伝言が。『大事な話があるから、式典の後に伺う』とのことです」
「ふむ……やはり気付いておったか。流石、我の右腕」
「いったいどういう意味なのですか?」
「それについてはまた後日だ。……いい加減、枢機卿達が焦れておる」
視線を移すと、豪華な法衣に身を包んだ一団が恭しく前に出た。
「この度、我ら神聖フォノト教団に聖女を迎えることができ、大変喜ばしく存じます」
「法王猊下に代わり、感謝の言葉を――」
次々と口上を述べる教団の者たち。
整った言葉。整った所作。
だが――
(……何かがおかしい)
ラファーヌの教団では感じたことのない違和感。
「わかりやすく金の匂いがしやがるな」
背後から、ごく小さな声。
振り向かなくても分かる。ユウキだ。
謁見の間に入ってから一言も喋らず、直立したまま傍観していた男の軽口。
もう一度、枢機卿たちを見る。
シミどころか、シワ一つない法衣。
指や首にかけられた装飾品。
――そして、目。
(……濁っている)
その瞬間、脳裏に光景がよぎった。
薄れゆく意識。
血の匂い。
賊の顔。
(……似ている)
ぞわり、と背筋が粟立つ。
胸の奥に、何かが流れ込んでくる。
嫌悪。
拒絶。
そして――
殺意。
(違う……これは……)
自分のものではない。
そう理解するより先に、
「――最後に、聖女ヴィオラ様には神殿へご足労いただき――」
声が、耳に触れた。
弾ける。
(コロシテシマオウ)
視界が歪む。
剣に手がかかる。
枢機卿も――
皇帝も。
その時。
カツン
不自然なほど強く、靴音が鳴った。
一瞬で、思考が引き戻される。
(……今、私は何を)
手が震えていた。
「僭越ながら」
ユウキの静かな声が落ちる。
「姫様は長旅でお疲れのご様子。陛下への御目通りも叶いましたので、このあたりで一度休ませていただきたく」
水を打ったように静まり返る謁見の間。
「これは失礼した! なるほど、良かろう。許可する」
みるみる顔を赤くする枢機卿たちを尻目に。
皇帝の、愉しげな声が響いた。
あと少し遅ければ、枢機卿たちが口を挟んでいただろう
皇帝の視線が――ほんの一瞬だけ。
ユウキへ向く。
愉しむように。
戸惑う姫様に付き従いながら、メアリスは小さく息を吐いた。
(……助かった)
あのままなら。
考えたくもない結末が、脳裏をよぎる。
血の気が引いた。
「……おい、しっかりしろ」
低い声。
気付けば、腕を支えられていた。
ユウキだ。
その温度が、妙に現実を引き戻す。
(ああ……私は……)
安堵と同時に、意識が沈む。
張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。
視界が暗くなる。
(もし、あのままだったら……)
最後に浮かんだのは、最悪の光景だった。
――そのまま、意識が落ちた。




