13話
「……相変わらず大きいわね」
思わず、といった様子でヴィオラが呟いた。
遠くからでも見えていた帝都の外壁は、近づくにつれてさらに威圧感を増していく。
石を積み上げて築かれた巨大な城壁は、まるで山の断崖のようだった。
城門は十数メートルはあろうかという高さで、開いたままでも要塞の壁のように見える。
その上には見張り台が連なり、鎧の光が絶えず動いていた。
「ようこそおいでくださいました!此処こそが我が故郷、我らフォノト教団の中心地、帝都フォルン!」
横からやたらと大きな声が響く。
「声がでけぇ」
ユウキは顔をしかめた。
「誇らしいのは分かったから耳元で叫ぶな」
言いながら、ふと視線を前へ向ける。
「……ん?」
門の前の広場。
そこに、信じられないほどの人が集まっていた。
遠くから見ても巨大だった帝都の門。
その外側に広がる広場が、完全に人で埋まっている。
「祭りか?」
ユウキが呟く。
だが混乱はない。
槍を持った近衛兵が整然と列を作り、人の流れを整理していた。
門の前だけで数十人。
そのさらに後方には弓兵の列まで見える。
弓はすでに番えられ、いつでも射てる状態だ。
矢には布が括り付けられている。
(門だけでこの人数か……)
ユウキは思わず口笛を吹いた。
「門だけで軍隊だな」
ヴィオラが肩をすくめる。
「帝都ですもの」
「いや、日本の城でもここまでいないぞ」
「にほん?」
「気にするな」
帝国の力を、これでもかと見せつけられている気分になる。
その時だった。
弓兵の列から、一斉に矢が放たれた。
空へ放たれた矢は途中でほどけ、
赤や青、金色の飾り布が放射状に広がる。
広場から歓声が上がった。
花びらと紙吹雪が風に舞う。
「フォノト神に栄光を!」
「聖女様に祝福を!」
人々が口々に叫ぶ。
「……なるほど」
ユウキが小さく呟く。
「祭りだな」
人混みの中には帝国民だけではない姿もあった。
顔を布で覆った砂漠の商人。
香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。
北方の毛皮をまとった大男。
腰には湾曲した斧。
耳の長い亜人。
細身の体に緑の外套。
鱗の浮いた肌を持つ海の民。
小柄な南方人の商隊。
巡礼者らしい修道服の集団もいた。
聞き慣れない言葉があちこちで飛び交う。
それぞれが違う装飾を身に付け、違う祈りを口にしていた。
世界中の人間が、この帝都に集まっている。
広場のあちこちには屋台も並んでいた。
串焼きの煙。
肉の焼ける匂い。
香辛料を売る商人の声。
酒樽を抱えた男の笑い声。
子供たちは旗を振り回して走り回り、
笛と太鼓の音があちこちから聞こえてくる。
「ずいぶん賑やかだな」
ユウキが言う。
隣に立つ熊のような大男――聖騎士テオが誇らしげに胸を張った。
「今日は特別な日ですからな」
「特別?」
ヴィオラが答える。
「フォノト教団が聖女を認定する日ですわ」
「あぁ、それで……」
ヴィオラは広場を見渡した。
「神に選ばれた者を祝う日。帝国中の信徒が集まるのです」
テオも満足げに頷く。
「宗教イベントか」
ユウキが言う。
ヴィオラが小さく笑った。
「フォノト教団は帝国の国教ですもの。国をあげてのお祭りですわ」
その時だった。
門の上から鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォン――
重い音が帝都の空に広がる。
広場のざわめきが、わずかに止まった。
「……?」
人々の視線が、こちらへ向く。
最初は数人だった。
「何だあの車は」
「聖騎士団の護衛か?」
「まさか……」
ざわめきが広がる。
そして。
「聖女様だ!」
誰かが叫んだ。
その一言で、歓声が爆発した。
「ヴィオラ様だ!」
「聖女様だ!!」
「フォノト神に栄光を!」
「ヴィオラ様に祝福を!」
花びらが舞う。
紙吹雪が降り注ぐ。
子供たちは旗を振り回し、
大人たちは次々と膝をついた。
広場全体が祈りの波のように揺れる。
ユウキはハンドルを握ったまま、小さく息を吐いた。
(すげぇ人気だな)
横を見る。
ヴィオラは一瞬だけ困ったように笑う。
だがすぐに背筋を伸ばした。
そして、静かに手を振る。
それだけで歓声がさらに大きくなる。
「さすが聖女様だ……」
後ろからテオの声が聞こえた。
誇らしげだった。
ユウキは軽く肩をすくめる。
(世界の象徴ってわけか)
だが。
その視線は群衆をなぞっていた。
(人が多すぎる)
屋台。
巡礼者。
商人。
旅人。
警備の目は多いが、
同時に死角も多い。
(狙うならこういう日だ)
ふと、背筋にわずかな寒気が走る。
誰かの視線を感じた気がした。
反射的に周囲を見回す。
だが群衆しかいない。
祈る者。
笑う者。
祝う者。
(……気のせいか)
頭の奥で、昨夜の声がよぎる。
――観測は十分です
ユウキは小さく舌打ちした。
車は歓声の中を、ゆっくりと帝都の門へ進んでいった。
非常にスローペースでの更新になります
申し訳ありません




