194、エルフの食事
木の大皿や巨大な葉っぱに乗せられた料理が、次々とツリーハウスに運び込まれてきた。テーブルがもう一つ追加され、椅子も増えてちょっとした宴会場のようになる。
「葉っぱに包まれてるのは肉っすね! あっちの炒め物からは知らない匂いがするっす! あの薄い生地、パンみたいなやつもあるみたいっすよ!?」
興奮しているサシャの隣で、ロランがうんざりした表情だ。
「分かった分かった。お前の興奮は十分伝わってるから」
「ロランさん、エルフの料理なんて一生食べられないかもしれないんすよ!」
「確かにそうだな。楽しみだな」
投げやりに答えたロランは、うるさい周りの声は完全に遮断しているらしいマルティナの肩を掴んだ。そしてあまり遠慮せず前後に揺らす。
「ほら、マルティナ。時間だぞ。マルティナ〜」
「はっ」
意識が浮上したマルティナは、パチパチと目を瞬くと様子が変わった周囲に驚いた。
「いつの間にテーブルと椅子と料理が……?」
「結構うるさかったからな? マルティナもサシャも本当に好きなものには一直線だよなぁ」
呆れながらもどこか楽しそうなロランは、そんな二人との時間を楽しんでいるようだ。
「全く気づきませんでした。……なんだか美味しそうな匂いですね」
本を閉じてクンクンと匂いを嗅いだマルティナがそう告げると、それに食いついたのはもちろんサシャだ。
「そうなんです! マルティナさん、俺は端から全部食べてみることに決めたっす」
テーブルにはかなりの種類の料理があるが、サシャならば全てを楽しむこともできるのだろう。
「私はそのお肉が気になります」
「俺もだ」
マルティナが気になった巨大な葉っぱに包まれた巨大な肉は、ロランも気になっていたらしい。
「とても美味しそうなお肉ですよね」
「なんの肉なんだろうな」
「牛っぽい……気がしたんすけど、ちょっと違うっすよね」
そんな三人の会話を聞いていたのか、料理を運んでいたエルフの一人が答えてくれた。
「それはフラワーディアのお肉だよ。この村でのご馳走だ」
フラワーディアとは花を主食としている鹿型の魔物である。とても珍しい魔物なので普通に食卓に並んでいる光景に驚くと共に、マルティナは魔物肉という部分にも驚いてしまった。
「この村では魔物のお肉を普通に食べるのですか?」
人間社会でも魔物肉は食べることもあるのだが、あまり一般的ではないのだ。癖のある肉も多く、何よりも調理法が特殊で美味しく食べるには労力が必要なこともあり、メインで食べられているのは家畜として飼われている普通の動物の肉である。
「俺らの国では魔物肉ってわざわざ探さないと食べられないんす!」
珍しい魔物肉と聞いて、サシャのテンションが上がったようだ。
「そうなんだね。私たちは狩りをして食料を確保するから、必然的に魔物が多くなるんだ。特にこの村の周辺に生息しているのはほとんど魔物だから」
「そうなんっすね!」
普段から魔物肉を食べるのが当たり前なエルフの村での料理。人間社会よりも魔物肉を美味しく食べることに長けているのはほぼ確実だろう。
サシャと同じように、マルティナもそわそわとし始めた。
「楽しみです」
「もう少しで準備が終わるからね」
それから待つこと数分。テーブルに乗り切らないほどの料理が準備され、全員が席についた。村長が挨拶をするために立ち上がる。
「新たな同族との出会いと友人が増えたことを祝して、本日の恵みへの感謝と共にいただこう」
その言葉に合わせて、エルフたちは胸に右の手のひらを当てた。それが食事前の決まりのようだ。マルティナたちもエルフの村の中なので慣習に従って、胸に手を当てる。
村長がまた席に戻ったところで、さっそく食事開始だ。
エルフの村の食事は大皿料理がたくさんあり、そこから自分用の小さな木皿に取り分けて食べるスタイルらしい。給仕のような者はいなく、全員が自分で食べたいものに手を伸ばす形だ。
「マルティナさん、ロランさん、この肉食べるっすよね?」
さっそくフラワーディアの塊肉に手を伸ばしたサシャは、置かれていたナイフで分厚く切りながら二人に問いかける。
「はい。切ってくださるんですか?」
「もちろんっす!」
「ありがとな。俺は薄めで頼む」
「私もです」
そうしてフラワーディアのローストビーフのようなものを取り分けてもらい、マルティナはフォークを使って口に運んだ。エルフの食卓には個人用のナイフはないので、少し大きめの肉を大きな口で頬張る。
予想していた以上に柔らかかった肉はサクッと噛み切ることができて、何度か咀嚼すると強い旨味と共に口の中でどんどん溶けていった。
魔物肉に特有の臭みのようなものは全くない。むしろ牛肉よりも癖がないほどだ。
「とっても美味しいです。少しだけ甘さがあるでしょうか」
マルティナのその言葉に、サシャが大きく頷いた。
「俺も感じたっす! それも相まってめちゃくちゃ美味しいですね……!」
「確かに美味いな。花の香りみたいなものもしないか?」
そう言ったロランの言葉を村長が聞いており、その理由を教えてくれる。
「フラワーディアの肉はほのかな花の香りがするんだ。だからそれを最大限に生かすように調理すると美味しくなる」
「凄いっす。感動っす!」
サシャはかなり分厚く切ったにも関わらず、すでに最初の一枚を食べ終えそうだった。そんなサシャを見ていたルイシュ王子が、フラワーディアの塊肉に手を伸ばす。
「私も食べてみよう」
「おすすめっす!」
美味しい魔物肉を堪能したら、次にマルティナが手を伸ばしたのは芋を潰して焼いたらしい料理と、それに乗せて食べるようにと説明されたソースのようなものだ。
そのソースは色々と混ざっているようで、正直見た目はそこまで美味しそうには見えない。しかしマルティナは興味の方が勝り、そのソースを芋に乗せて口に運んだ。
最初に感じたのは強めのハーブの香りだ。しかし噛めば噛むほど旨味が出てきて、最後に後からピリッとした辛味もある。芋の方にも軽く味付けがされているようで、とても美味しかった。
「これ、かなり好きです」
そう言ったマルティナに、ロランが反応した。
「……どんな味なんだ?」
「複雑すぎて説明できませんが、多分いくつものハーブと辛味を出す何かと、あとはお肉も入っている気がします。サシャさんも食べましたか?」
本気で全種類を制覇するらしいサシャに問いかけると、サシャはすでに食べていたようで笑顔で頷く。
「もちろんっす。それも美味しかったっすよね! 多分ミルクと、何か水分の多い野菜も使われてるっす」
食べることが大好きなサシャの予想は当たっていたようで、話を聞いていたルイシュ王子の祖母が朗らかな笑顔で伝えてくれる。
「正解よ。お肉は種類を問わないのだけど、とにかく細かく刻んで使うの。ハーブの種類と分量に個性が出るのよ」
「確かにいろんな味にできるっすよね!」
「ええ、エルフの村の料理もいいでしょう?」
「最高っす!」
嫌味がなく親近感を抱かせるサシャは、すでにエルフたちとも距離を縮めていた。ルイシュ王子の祖母だけでなく、この場にいた他の者たちもサシャに微笑ましげな視線を向けている。
そうしてとても美味しくて興味深い食事が終わり、食後に薬草茶をもらったところで、マルティナたちはそろそろ村を辞することを決めた。




