35話 一番いらないタイプのおかわり。
「ウッド、ウッド~……起きや、寝坊助~!」
「……んあ?」
ゆさゆさと揺すられる感覚に目を開ける。
変わらずに乗っていた帽子を取ると、夕焼け空とマギやんの顔が見えた。
……うお、随分寝ちまったな。
「……おう、おはようマギやん」
「おはようさん!野営地に着いたで~!飯や飯!」
身を起こして周囲を見る。
なるほど、昨日泊まったのと同じような場所だ。
「……おい待てよ、じゃあオレぁ……昼飯も食わねえで寝てたってことか?」
朝出発してからだから、軽く10時間は寝てたのかよ!?
ウッソだろ……そんなに疲れてなかったんだけどなあ。
「あんまり幸せそうに寝てるんでね、アタシらも休憩せずにずっと移動してたんだよ。途中からはマギカちゃんも荷台で寝てたしねえ」
「なはは!ポカポカ陽気が悪いんや!」
……呑気そうに言うが、それ索敵とか大丈夫なんかよ。
寝てたオレが言うのもなんだけどよ。
「心配せんでも昨日の夜に仕掛けたのと同じ警戒装置は動かしとったし、キケロもおったしな。ランドロウバは魔物や盗賊によく気付くんやで~……な、キケロ~」
「クワッ!」
心なしかドヤ顔に見えるキケロも、こっちに首を伸ばしてきた。
その首元を撫でてやると、嬉しそうに目を細めている。
「アタシも半分寝てたようなもんさね。昨日は盗賊がいたけど、普段ならこの街道は平和なもんさ……もしも何かあればマギカちゃんも飛び起きてくれるしねえ」
むーん。
まあ、そういうことなら……いいのかねえ?
「……んじゃまあ、とりあえず飯の支度だな。今日は何味にすっかなあ」
背嚢を探る。
うーむ、キケロは肉が食えねえからな……お、これなんてどうだろうか。
目当ての缶詰を掴むと、オレは荷台から降りることにした。
「薪はもう集めとるから、竈の準備はウチに任しとき~♪」
マギやんはオレに続いて荷台を降りる。
そして、いかにも楽しみだという顔をしながら……
「(待ち伏せや。昨日とおんなじような手合いが隠れとる……せやけど、隠れとる場所はあの馬車や)」
そう、小さく呟いたのだった。
帽子の鍔で目線を隠しながら確認すると、確かに野営地の外れに普通の馬車が停まっている。
特に変わった様子は見えない。
馬車には馬が繋がれていて、その傍らじゃあ商人風の男がオレたちと同じように火を起こそうとしている。
「そういや、まだパンって残ってたかァ?(マギやん、オレにゃあ普通の馬車に見えるんだがよ?)」
「朝の分がまだあるで~、かったいけど日持ちは最高やな!(ここに来てから、あの馬車から出てきたんはあん男と護衛風の冒険者だけや。せやけど、幌付きの荷台で息を潜めとるんが7、8人はおる……車輪の沈みでわかるし、なによりここは風下やさかいな……金属、それも武器っぽい臭いがするんや)」
ほーん……成程ねえ。
こういうことにかけちゃ、マギやんの方が頼りになる。
オレはそれに粛々と従うだけだ。
「今晩の飯もうめえぞ~……パンが消えちまうだろうなァ(わかった、何が起こっても動けるようにしとくわ)」
「おほ~?大きく出よったなあ!ウチの舌は誤魔化せへんでぇ~♪(話が早くて助かるで、とにかく向こうさんが動いたら合図出すわ)」
そんなふうに会話しながら、飯の準備に取り掛かった。
・・☆・・
「うみゃい!からい!うみゃい!からい!」
マギやんが凄まじい勢いでパンを食っている。
焚火越しに見ても、嘘は言ってないな。
満面の笑みだ。
幸せそうで何よりだなァ。
「コイツは随分と香辛料を使ってるみたいじゃないか、いいのかい?こんな高級品……」
婆さんも心なしか嬉しそうだ。
「クワッ!クワァ~♪」
スープを少し付けたキャベツ的な野菜を齧るキケロも、目が輝いているように見える。
香辛料もいけるのか、お前……
なんでもありだな、異世界ダチョウ。
「そこまで高級じゃねえよ。国じゃあ安く手に入ったんだ」
「ミディアノかい。確かに南の方はこっちほど香辛料が高くないって聞いたことがあるけど……冒険者の糧食にまで使えるほどとはねえ、返す返すも滅んじまったのが惜しいさね。でも、貴重なモンには変わりないんだろ?」
「別にいいさ、喰わなきゃ腐っちまうしな。置いておくのも勿体ねえ」
適当に誤魔化しながら、オレもパンを齧る。
スープを吸って柔らかくなったパンを噛み締めると、懐かしい香りが口いっぱいに広がり、鼻から抜けていく……
うーん、やっぱり最強だなコイツは。
マジで何にでも合う。
欲を言えば白米が欲しい所だが……まだコメは見つけてねえんだよなあ。
今晩の飯は『無限カレースープ』だ。
礼によって、適当にフライパンで煮込んでパンを付けて食っている。
異世界だろうがなんだろうが、カレーの魔力は健在。
パンがどんどん消えていく。
その時、視界の隅で動きがあった。
例の停められているいる馬車。
その主人らしき人影が、こちらへ歩いてくるのが見える。
「んみゃいな~、ホンマ!いっくらでも食えるで~♪」
パンを頬張るマギやんが、笑顔のままオレに視線を向ける。
だが、その目だけは笑っていない。
……了解。
「なあなあウッド!これどないしたら作れるん!?ウチの行きつけの定食屋に頼んでみよかな~?」
マギやんはそう言いながら、さりげなく胸の両側をタッチ。
無音で装甲が展開される。
近付いてくる人影には背中側が向いているので、気付かれることはない。
……いつ見てもカッコいいな、それ。
「う~ん……オレも詳しい配合とかは知らねえな、こっちじゃ呼び方が変わってる香辛料もあるだろうしよ……」
そう返しつつ、さりげなく片手をフリーにする。
そのまま、ポンチョに滑り込ませて【ジェーン・ドゥ】のグリップへ。
「香辛料は北じゃあ高いからねえ……おやキケロ、おかわりかい?」
「クワッ!クワ~」
そして、あらかじめ怪しい奴について伝えておいた婆さんも自然に立ち上がって馬車の方へ。
キケロも一緒に移動し始める。
よし、まだ人影は遠いな。
いける。
「せやったせやった、香辛料なあ~……もうちょい安うならんかなあ~……」
マギやんがスプーンを皿に戻し、片手をフリーにする。
さすがにハンマーを握るわけにはいかないのでどうするのか……と見ていたら、なんとガントレットの拳の部分から棘が生えてきた。
ウッソだろおい。
男の浪漫てんこ盛りじゃねえか!
その謎液体金属でなんか作ってもらおうかね、オレも。
足音が聞こえてくる。
忍ばせるつもりもないように、堂々と。
焚火で照らされる範囲に、足が見えた。
「やあ、こんばんわ……随分といい匂いをさせてるじゃないか」
続いて照らされたその顔は、人の好さそうな中年のオヤジだった。
中肉中背で、昨日の盗賊のように臭くもない。
着ている服も、特に変な所はなく……ボロくもない。
マギやんに言われてなかったら、何とも思わなかったな。
しかし、風上から来たのに『いい匂い』、ね。
随分と馬鹿だと思われてんなァ、オレたち。
「こんばんわ、何の用だい?」
ここはオレが答えておく。
殴り合いならともかく、話すのは得意だ。
「いやなに、いい匂いだからさ……よかったら少し分けてくれないかい?もちろんタダじゃないよ、こちらからは酒を出そう」
「へえ、そいつは豪儀だな。見た所アンタ商人っぽいが、そりゃ売り物じゃないのか?」
「アンファンで売れ残ったものだよ。といっても安酒じゃない……どうだい?」
オヤジはニコニコと愛想よく振舞っている。
これが本当に盗賊なら、たいした役者ってやつだ。
「ま、食い残しでよけりゃあどうぞ。このまま持っていくかい?」
竈に乗っているフライパンを示す。
オヤジは嬉しそうに頷いた。
「いやあ~ありがたい!食べたら明日の朝に器を返すよ!それじゃあ、これをどうぞ」
オヤジは破顔し、後ろに持っていた布袋を地面に置く。
そこに手を突っ込み、中を探っている。
「売れ残りとはいっても、モノは最高だよ!多く仕入れすぎちゃって余っただけだからさ……」
オヤジは笑顔を張り付けたまま、布袋から手を出す。
そして―――
轟音。
「……は?」
折り畳みだろうか、拳銃ほどの大きさのクロスボウをオレに向けようとした姿勢のまま。
自分の胸に空いた大穴を不思議そうに見つめている。
「―――そいつが代金だ、取っときな」
内側から破裂したポンチョから硝煙を立ち上らせつつ、オレは吐き捨てた。
それとほぼ同時に、白目を剥いたオヤジは前のめりに倒れて絶命。
「くうぅ~!やっぱいつ聞いてもその音痺れるわァ!……くるでウッド!!」
「応よ!!」
マギやんが首飾りをタッチ。
瞬時に兜が展開される。
それと同じくらいに、向こうの馬車の方向が騒がしくなった。
やっぱ……幌の中に隠れてやがったか!!
「『明るうなったら』杖持ち頼むで~!起動【イグニス】!!」
フルアーマー状態になったマギやんが、地面からいつものハンマーを持ち上げる。
呪文と同時に、ハンマーヘッドに炎が宿った。
座り込んだ体勢から膝立ちへ。
左手の肘を曲げ、そこに【ジェーン・ドゥ】の銃身を置く。
狙撃の体勢だ。
「よっこい……しょおおおっ!!!」
左手にハンマーを持ったまま、マギやんがフリーな右手で丸い物体を振りかぶって投げる。
ソフトボール大の球体が、闇に消えた。
一瞬後、周囲が青白い光に照らされる。
いつだったか戦争映画で見た、照明弾みてえだ。
「なんっ!?」「うあっ!?」「まぶっ!?」
それに照らし出されたのは、6人。
どいつもこいつも手には武器を持っている。
その後列に、杖を持ったのが2人……魔法使いか!
「……っふ」
息を吸い込み、止める。
照明弾に照らし出された標的に、照準を付ける。
撃鉄を起こし、引き金を引いた。
「っぎゃ!?あぁあっ!?!?」
マズルフラッシュの向こうで、杖持ちの1人が腹を抑えて吹き飛ぶ。
うし、ドンピシャ。
痺れる手をなだめすかし、銃口を横へスライド。
その途中で撃鉄を起こした。
「なんだオイ!?魔法具持ちがいるなんて聞いて―――」
何かを喚きかけたもう1人の杖持ちが沈黙する。
今度は喉に命中。
首に円状に刻まれた傷によって、そいつの首は千切れた。
「っひ!?」「マディル!ガーレン!?」
一瞬で2人の仲間を失った連中が足を止める。
正気かい!?
このタイミングで足を止めるなんてよォ!
「ぎゃばっ!?」
たじろぐもう1人を撃ち殺した所で、マギやんが連中に到達した。
「いっただきぃ!!」「があぁ!?」
地面すれすれを滑るハンマーが、斧を持った男の膝をへし曲げながら通過。
そのまま、連中よりもはるかに小柄なマギやんが大暴れを開始する。
「まっ!?まっで!?」「ああくそ!!このチビいぃいい!?」「なんっ!?どこへ行きやがっあああ!?あああああああ!!!」
……うへえ、ご愁傷様。
全員足をへし折られてら。
ああなっちゃもうどうにもならねえなァ。
「いつつ……」
連続発射によって鈍痛を訴える右手首をほぐしながら、オレはその消化試合を見つめていた。




