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朱殷の刃 (しゅあんのやいば)  作者: 友の威を借る俺
第1章 逃走編
3/5

第三話 「後悔」

 とても長く眠っていたような気がした。



「はっ」


 目が覚める。

 頭と身体がえらく重い。

 そして思う。



 生きていたのか…………



 ここはどこだ。

 部屋の中か?

 知らない天井が見える。

 俺は白いベッドの上に寝かされていた。


「ぐっっっ」


 何も考えず上体を起こそうとしたが全身に痛みが走る。


 見ると全身には包帯が巻かれていた。

 治療された後か。


 そしてやっと夢から覚めたようにあの瞬間が思い出された。


 あの嘘のような、これまでの最悪な人生の中でも、最も最悪な瞬間。


 正に死ぬだろうというその間際、アイツのおかげで俺は味方の救出に間に合った。


 しかし俺を助けた王子は………




 泣くと思ったが涙は流れなかった。


 涙を流すには俺は人の死を見過ぎていた。

 それは他人とは言えない相手が死んだとしても。


 自分が嫌になる。



 その時人影が部屋に入って来た。


 その人物は白髪初老の男であった。


 男は俺を見るや涙で目を潤ませながら

「おぉミカエル様!やっと目が覚めましたか。ご無事で何よりです!!」


 そのやるべき事をやったのに満足しているような、ともすれば能天気とも言える様子に、先程までは無感動だった心に急に怒りが湧いてきた。

 それは目の前の男に向けてだったのか、それとも不甲斐ない自分自身に対してだったのか。


「馬鹿野郎!アンタっ、何てことをしやがった!」


 怪我をしていなかったら胸ぐらを掴みにかかっていたかもしれない。


 俺のいきなりの罵声に男は戸惑っている。

 俺ですら内心驚いていた。

 感情の振り幅に自分の理性が追いついていない。


「アンタは何も分かってない!何も分かっていなかったんだ!!」


 男は未だ何も言えずにいる。

 俺が何を言っているか分からないんだろう。


 こんなのは傍から見れば単なる八つ当たりに過ぎなかったのだろう。

 俺は自分の過ちを直視する事が出来ず、目の前の男を介して自分を責めようとしていたのかもしれない。

 この男は寧ろ王子と一緒に死んでもおかしくなかった俺の命を救ってくれたんだ。


 だが怒りが次から次へと沸いてくる。

 代替行為はなおも続く。


「何のためにあそこに来たんだ!誰のためにあそこに来たんだ!なんで俺とアンタだけが生きていて、なんでアイツだけが死んでいるんだ!」


 男は本当に何が何だか分からないといった様子であった。

 これこそ正に、相手に言っているかのように自分で演出しておいて、実に自分自身へと帰ってくる言葉であった。


「あぁ俺だって同じ立場にいたら今同じ事を思っただろう。あの場面に居合わしたら同じ事を考えて同じ行動を取っただろう」


 ここまで来れば最早子供の泣き言とほとんど変わらない。


「だけどな!アンタは本当に守るべき者を全く守っていないんだよ!

 目の前で死んだ男こそアンタが守りたかった、俺達が守るべきだった男だったんだよ!

 なのになんで俺達が生きててアイツが死んでるんだよ!」


「くそっ!くそっ!」



 いつの間にか涙が流れていた。


「くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅ、くそぅくそぅ、くそぅ、くそぅ………………………………」


 何が影武者だよ。何がナンシーの唯一の生き残りだよ!


 相手にとって意味不明な罵声をぶつけておきながら、全ての真実を目の前の男に順をおって知らせる事で、苦しめてやりたかった。

 本当の事は何も知らないこの男を俺と同じように苦しませてやりたかった。


 だが唐突に。

 死に際のアイツの言葉が思い出された。



『今からお前がミカエル=ルーディニアだ』



 俺はその最後の言葉を頭の中で反芻する。


 深呼吸を何度もする。

 少しでも落ち着きを取り戻すために。


 そして、やっとの思いで口にする。


「悪い、少しだけ一人にさせてくれ。あんな事があって少し頭が混乱しているんだ」


 目の前の男は何か言いたげだったが結局何も言えずに、一度お辞儀をすると部屋から出て行った。


 考えを巡らせる。


 あの男に全てを話すのは簡単だ。

 ナンシーの事も、第三次計画(サード)の事も、俺が一体誰で、あの時自分の目の前で死んだ男が誰だったのかという事を。


 止まる事のなかった涙を必死に堪える。

 何をするべきかを必死に考える。


 今真実を知ればあの男は後悔の念に襲われるだろう。

 そうすれば最早動き出すことは出来なくなるかもしれない。

 しかしそれでは困る。

 味方が全くといっていないこの状況下では、一人でも多くの人間が必要だ。

 自分の感情を優先させてはいけない。

 だから真実は明かさない。

 あくまで俺はミカエル=ルーディニアの役に徹する。


 だが悠長に構えている時間は無い。

 宰相のクーデターが最終的にどういう結果になったのか、周囲の人間はどう思っているのか。

 生き残った人間や国民の中のほとんどには真実は伝えられていないかもしれない。

 気を失ってからどれくらいの時間が経ったか分からないが、すぐにでも動き出さないと真実が敵の都合の良いようにねじ曲げられたら手遅れだ。

 そもそも黒幕は本当に宰相のボイスラーなのか。

 そのさらに後ろに別の存在がいるのではないか。

 とにかく多くの情報がいる。

 すぐにどうにかしなければならない。


 今は余計な感情を考えなければならない事で覆い尽くせ。

 泣くだけなら誰にでも出来る。いつでも出来る。

 だから自分にしか出来ない事を、今しか出来ない事を、この顔にしか出来ない事を考えろ。


 全てを投げ捨てて逃げ出したいという欲求が頭をよぎる。

 だが目の前で死んだアイツの最後の言葉を無視するわけにはいかない。


 やるしかない。

 俺がやるしかないんだ。


 俺は誰だ?

 ただの王子か?


 いや違う。

 俺は影武者だ。

 第三次計画(サード)によって育て上げられたナンシーの唯一の生き残りだ。

 筋力が他よりあったから生き残ったんじゃない。

 頭を使ってしぶとく生きたから今ここにいるんだ。


 他人の振りをするのは嫌という程慣れている。

 俺という存在には寧ろそれしか出来やしない。


 貴族の血統じゃないから魔術は使えない。

 だがそんなことは大した問題じゃない。

 今までだってそれでここまでやってきたんじゃないか。


 分かった、いいだろう。

 死ぬまで仮面を被って他人の人生を踊り抜いてやろうじゃないか。

 見てろよ敵対する全ての奴ら。絶対にやり返してやるからな。







 --------------------


 暫くすると白髪初老の男が戻ってきた。


 よく考えてみればコイツは誰だったか。

 改めて顔を見る。

 そこで王子がヒゲ爺と呼んでいた事を思い出して合点がいく。

 なるほど。道理ですぐには気付けなかったわけだ。

 そのトレードマークのヒゲが無くなっていたのだ。

 恐らく敵の魔術か、はたまた火事で焼けてしまったのだろう。


 その男は王子の教育係の男だった。

 俺の知る限りずっとその役職をやっている。


 その男は白髪初老。

 青い目をしているから貴族の出だと思われる。

 金髪でないのは加齢によるためか。

 その男はボロボロのタキシードを着ている。

 見るからにセバスチャンという名前をしていそうな姿をしている。


 確か本当の名前はザウルス=ウルパーだったか。


 俺がまじまじと見ていると、不意にザウルスが口を開いた。


「心の整理はつきましたかなミカエル様」

「あぁ。さっきは取り乱して悪かった」

「いえ、気にしておりません。あれ程の事があったのです。誰でも混乱するでしょう」


 さっきあれ程罵ったのに、ザウルスは俺に労いの言葉をかける。

 これは王子の日頃の人徳の賜物か。

 それともザウルスの忠誠心ゆえか。


 まずは現状把握に努める。


「俺はどのくらい眠っていた?」

「丸一日です。そして今の時間帯は深夜です」

「意外だな。あれだけの攻撃を受けたんだからもっと長く意識が戻らなくてもおかしくなかったが」

「回復魔術を行った者が優秀だったのでしょう」

「そうか、ということはここは教会か?」

「えぇその通りです。ですがいくら神聖術をかけてもらえるとはいえ流石に王都のに行っては後々危険だと思い別の街の教会にお運びしました」


 回復魔術とも呼ばれる神聖術を使えるのはロキシア教徒のみ。

 魔術を使えない者にしか神聖術は逆に使えずない。

 つまり攻撃を担う魔術は貴族にしか使えず、逆に回復を担う神聖術は平民にしか使えない

 。


 魔術とを使える事で人種的に圧倒的な優位を貴族が持っていた過去において、戦神と後に崇められることとなったロキシアは、神聖術を人々に教えた。

 それは持たざる者であった平民に確かな力を与えた。


 ゆえに平民の誰もがロキシア教徒となり、各国の至る街に教会が立っている。

 更にはここよりも西の大陸中央部に位置するロキシア出生の地にロキシア教国が建てられている。


 教国や教会は他国のあるゆる軍事的、政治的問題から不干渉とされていて、大国と言えどもそれを破れば国民の大半を敵に回す事になるので下手に手出し出来ない。


 神聖術の強さは信仰の強さに比例すると言われている。

 だから俺を治療したのは一般の信徒ではなく相当な信仰心を持つ神父か修道女だったのだろう。


 教会において治療は無償で与えられる。

 今は誰が敵になってもおかしくないから確かにここなら確実だろう。


「至急動く必要がある。とにかく今は情報が欲しい。ザウルス、すぐにでも手はずをつけてくれ」


「分かりました。丁度この教会に知り合いの情報屋がいます。すぐに話をつけておきます。

「あぁ任せた」


 ふと気付くとザウルスは俺をまじまじと見ている。


「何かおかしいか」

「いえ、以前と少し違ってらっしゃると思い」

 内心ドキッとする。

 俺は動揺を表に出さないように努める。

 そして尋ねる。


「どういう事だ?」

「いえ悪い意味ではなくて。なんだか先程と目つきが変わったように見えます。今回の件で成長されたのでしょう。思えば以前にも似たような事がありました」


 はじめ何のことか分からなかったが、ふと俺はある事に思い当たる。


「それは俺が12歳の時か」

「はい、よく分かりましたね。あの時の王子も命に関わるような大怪我をしました。そしてその前後で人が変わったようでした。失礼を承知で申しますと、ただ高慢で地位が全てだと思っているかのような振る舞ってたのが、怪我を境に使用人を含めて万人を国家の子供だと言わんばかりに慈悲に満ちた振る舞いをするようになりました。私達一同、それ以来ミカエル様が王となる日を楽しみに待つようになりました」


 俺は自分の事でもないのに誇らしい気持ちになっていた。

 やはりアイツはそうでなくては。


「長々と話してしまい申し訳ございませんでした。王子、今夜のところはゆっくりと休んでください。まだ傷も完全には癒えてはいないでしょう」

「あぁ、分かった。そうさせてもらおう」


 ザウルスは俺に背を向け、部屋を出ていこうとする。

 その背中に俺は言った。


「命懸けで助けてくれてありがとう」


 俺はまだ言えていなかったお礼を述べた。


 いくら王子と間違えたのだろうとも、俺がザウルスに命を救われたのは確かなのだった。


「いいえ、それが私の使命ですから」


 ザウルスは少し誇らしげに言うと、部屋をあとにした。



 部屋には静寂だけが残った。



 その日、俺は夢を見た。

 それは過去の記憶であった。

 俺はある少年と共に夢を語りあっていた。

 俺はある少女に分不相応に恋をしていた。

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