第二話 「刹那」
現在のルーディニア王国は北の大国エリスラー王国と戦争中であったが、戦況は膠着状態を維持しているため魔術を使える虎の子とも言える貴族・王族の大半は王都に留まっていた。
ゆえに王国騎士団は戦場に行ってしまっていたが城の警備がそれほど緩いという事でもなかった。
唯一の影武者となった後も俺の住まいは城の地下のままであった。
ばったり事情を知らない第三者に見られてしかもそれが同時刻に王子が別の場所にいたとなっては、影武者の存在がバレてしまうからである。
そのため本物の王子と対面したことは俺には一度しかなかった。
俺のいる部屋に窓は無く光は入ってこない。ドアが1つあるのみ。他には本当に何も無い。
この部屋が暗殺者に一度も見つかったことがないことや、俺の反抗防止のためもあり剣すら置かれていない。
ドアは部屋の中からは開けられないように鍵がかけられている。
普段は外に見張りもいない。
見張りを置かないのは変に第三者に悟られないようにするためでもあった。
だから食事・任務・教育以外では誰も来ない。
来るとしても第三次計画の人間だけである。
地下の隠された部屋だけあって普段微かな音も聞こえてこない。
静寂そのものだ。
しかし今は違う。
外が何やら騒がしい。
そして深夜で、普段なら誰も来ないはずなのに誰かが部屋に近づいて来ている。
音が部屋の前で止まる。何やら荒い息の音が聞こえる。
俺は相手が誰であってもいいように身構える。
鍵のかかった部屋が開かれた。
そこにいたのは、血だらけの男。
貴族特有の金髪碧眼、俺と同じ顔を持つ、王位継承権第一位、王子ミカエル=ルーディニアその人であった。
王子は俺の顔を見るや倒れ込み、俺が咄嗟に体を支える。
背中には剣で刺された傷があり、そこから大量に出血していた。
余りにも驚いたために俺はもう決して口にしないと誓ったはずの名を呼んでしまう。
俺はその男に対し「王子」でも「ミカエル」でもなくこう言った。
「アイン!」
気付いて俺はすぐに言い直す。
「王子!どうしたのですか!?」
俺にアインと呼ばれた王子はこう返した。
「今は敬語はいい。それよりも城が襲撃された」
「何だって」
「今あちこちに火の手が上がっている。城の王族貴族は殺され、使用人達も大半が焼け死んでいる。ここは地下だから火の手が回るのが遅れていたんだろう。お前が生きていて良かった」
そう一息に言うや王子の口からドロッとした液体が溢れた。
「どういう事だ?戦争中のエリスラーの仕業か?守備兵は何をやっていたんだ」
「恐らく敵は外ではなくて城内にいた」
「何だって!?一体誰だ?」
王子は一度口から血反吐を吐いてから言った。
「宰相のボイスラーだ」
「なんだと?何故アイツなんだ。そうだ、王はどうなったんだ」
「ボイスラーに殺された。襲撃者達に囲まれたのを逆に返り討ちにしようした父王は後ろにいたボイスラーに剣で刺された。アイツに敵対する者も全員やられた。俺もアイツの腰巾着に。くそっ、ぬかった。アイツの不審な動きには気付いていたはずなのに!」
信じられなかった。
王が死んだだと?しかも宰相にやられて、更にあの王子までもが瀕死だと?
「駄目だ状況に頭が追いつかない。取り敢えず残りの話はあとにして今はこの場をすぐに離れるのが先だ」
「いや無理だ」
即座に王子は否定した。
「追っ手がすぐそこまで来ている。この怪我じゃ俺は逃げ切れない」
「何を言ってやがる。そうだ、聖術師はいないのか?」
「聖術師は真っ先に殺された。なんせ回復魔術を使えるのは彼らだけだからな」
「それなら俺が背負って行けばいい。俺とお前のしぶとさならなんとかなる」
だが王子は頭を左右に振る。
「奴らは生半可な相手じゃない。一国の王族貴族を殺すような奴らだ。しかも最早俺は歩けもしない。だからお前だけでも逃げろ。そのためにわざわざ俺はここに来たんだからな」
「何言ってんだ、ここで死んだらお前も俺も何のためにこのクソみたいな人生を生きてきたんだよ!」
俺は感情がこれでもかと言うくらい乱れていた。
「都合の良い事に俺とお前は同じ顔をしている」
「何が言いたい?」
その時、追っ手が遂に追いついてきた。
どいつも黒いローブを身にまとい、頭はフードを被っていて顔は見えない。
敵は五人。
勘が告げる。
コイツらはマジでやばい。
しかも多分全員が魔術師だ。
「俺を置いて逃げろ。お前の戦い方は人を守りながらやれるようなものじゃない。なんとしても自分が生き残るためのものだ。しかも正面切ってでは更に分が悪い」
「うるせぇ黙ってろ。俺はお前の影武者だ、二人ともくたばるとしても先に死ぬのは俺の方だ」
俺は立ち上がる。俺の支えを失った王子は最早自力でうごくことすら出来ずもろに床に倒れる。
王子を後ろにかばい、俺は身体を構える。
武器は何も無い。
正直体術だけじゃ長距離戦に特化した魔術師に、しかも多対一では勝ち目がない。
かと言って逃げるにしても、後ろの部屋には窓も無ければ逃げ道も無く、正面を突破するしかないが瀕死の王子を運びながらではそれも難しい。
クソが、完全に積んでいやがる。
敵は何も言わず、遂に魔術の詠唱を始める。
最早手遅れか。
その時敵の後ろに人影が見えた。
白髪初老でタキシードを着ている。
その男はこの状況を見るや、俺達二人に向かって走り出す。
全身が淡い紫色に光っている。
しめた!身体強化の魔術か!
男の顔には困惑の色が見える。
この危機に関してか、それとも王子の顔をした人間が二人もいることに関してか。
俺は何か言おうとしたが、それよりも先に床に横たわる王子が口を開いた。
「私は影武者だ!ヒゲ爺、王子のことを頼む!!」
「な、何を言っ
俺が言い終えるよりも先に魔術師達が詠唱を終え魔術を放つ。
炎、氷、雷、白い閃光、風。
それらが周囲180度から俺達二人を襲う。
白髪の男が更に加速するが僅かに間に合いそうにない。
俺は遂に腹を括る。影武者としての記憶が頭をよぎる。
最後に、友と誓ったあの日の言葉が思い出される。
『俺達がこの国を乗っ取ろう』
今にも敵の攻撃が直撃しようとする刹那。
後ろから背中を押された。
「なっ.........」
それは最早少しも動けないはずの王子であった。
それは僅かな、ホントに僅かな力であった。
しかし全く予期していなかった俺は前に僅かによろめく。
それにより俺は敵の攻撃の集まる中心点から僅かだけだが逸れる。
はたまた助けに走る白髪の男に僅かながら近付く。
王子のその行為自体も作用も悪あがき程度の僅かなものでしかなかったが、それが結果を変えた。
それもとても大きく。
俺は咄嗟に身をひねり振り返って王子を見る。王子も俺の目を見ていた。迫り来る魔術の轟音で耳には届かなかったが、王子は確かにこう言っていた。
「今からお前がミカエル=ルーディニアだ」
その言葉を最後に、背中に当たる人間のぶつかる衝撃と、全身に当たる魔術の破壊力を感じたかと思えば、俺はいつの間にか気を失っていた。




