第一話 「プロローグ」
影武者。
俺は幼い時からそうなるように育てられてきた。
俺の他にも同じ立場の奴らは何人もいて、俺は沢山のバックアップのうちの一つに過ぎなかった。
俺たちは存在を隠され城の地下での生活が常であった。
存在を知られるわけにはいかなかったからだ。
沢山の奴らが死んでいった。
ある者は身代わりと気付かなかった襲撃者によって魔術で体を吹っ飛ばされ、ある者は暗殺者によって喉元を掻っ切られ、ある者は死と隣合わせの生活で精神を病み自殺した。
俺達に仲間意識なんてものは無かった。
次々に死んでは補充されるのを繰り返す日々の中では感傷など無駄なものであり、自分の事だけで精一杯だった。
そもそも俺達には見分けの区別が無かった。
宮廷魔術の秘奥とやらで俺達の顔は変えられていた。
全ての顔はある人物と同じであり、俺達はアイデンティティのない人形そのものだった。
自分と同じ顔を見るのは反吐が出る気持ちがしたから、同族が死ぬのは寧ろ同じ顔が減って清々するくらいだった。
俺達の違いと言えば健康状態による顔の僅かな違いを除けば体格くらいのものだったが、元々似たような体格の子供が集められていたから微々たるものだった。
明らかに育ちすぎたり育たなかった奴は見なかったが、それは恐らく間引かれたのだろう。
ある程度時間が経つと人員の追加は無くなり、俺達は教育を施されるようになった。
本物が成長した事で、敵を欺くために影武者の質が必要になったからだ。
小さい子供なんて見た目以外大した差は無いが、成長すれば所作だったり能力だったりが洗練されてくる。
それがお偉いさんともなれば尚更教育の有無で変わってくる。
俺達の教育は剣術から始まり、テーブルマナーにまで及んだ。
後者には我ながら笑えたね。
普段栄養だけが管理された味気ない食事を牢屋のような部屋で犬のように食っていた俺達にそれをさせるのかってな。
魔術だけは訓練しようがなかった。
なんせ魔術は魔力を体内に持つ貴族だけにしか使えず、それこそが貴族の貴族たる所以だったのだから。
だから殺されたくない俺達は必死に剣術を磨いた。
俺達が生き残るために必要だったのは、殺しに来た奴らから身を守るための武力だったからだ。
だが間引きに合わない程度に小柄だった俺は筋力で劣り、剣術は常人よりは上だったが俺達の中じゃ中の下がやっとだった。
死にたくない俺は必死に頭を使った。
受けた暗殺者の技を真似たり、危険を未然に察知するよう心掛けた。
そして17歳になる頃には非力な方だった俺がとうとう影武者の最後の1人となった。
本物が血統にものを言わせて一介の実力者となり簡単には死なない力を身につけたのと、俺が普通の敵なら返り討ちにあわせられるようになったので、最早本物のバックアップである俺のバックアップは作られなかった。
俺達みたいなクソな人生を歩む奴がこれ以上増えないと思うと、自分の事で精一杯だった俺としても誇らしかった。
俺達の存在を知る者は本人を除けば城の中のごく一部だけだった。
影武者が死んだとしても報告には護衛が返り討ちにしたとして死体は元々無いものとされた。
その場で焼かれでもしたのだろう。
そのごく一部の人間達は自分達の事を第三次計画と呼び、俺達の事を『ナンシー』と呼んだ。
俺達は顔を変えられた時から死ぬまでナンシーだった。
存在意義は本物を守るために死ぬだけであり、自分の顔も無ければ名前も無かった。
無数の影武者はたった一人の男、このルーディニア王国の王位継承権第一位、王子ミカエル=ルーディニアを守るために存在した。
その男が今、目の前にいて血だらけで死にかけている。