騒がしき隣人の誕生
……それできれいに終わったと思ったが、残念なことに、一つ、帰り道で奇妙なことが起きたのだ。
いや、聞こえたのだ。先ほどの大男を撃退し(せ)たときと同じ声が。あの時より大きく。
『……っくく、ご主人、何でさっき、女の子が刃物を振り上げた時に動かなかったんですかぁ、ぷくく……』
……何かとてつもなく腹立たしい言い方をしている。先ほどのまるで機械のような声とは大違いで、まるで。
人間のようだった。
慌ててあたりを見渡すも、自転車に乗っている上に、当然夜中なため、併走するものはおろか、あたりに人影一つ見当たらない。強いて言えば、たまに通りかかる車くらいはあるのだが、そんなことをするやつはいない。
『ご主人、私はこれですよー』
と、右腕が明滅する。止めろ、目がチカチカする。
というか半ば義腕が話しているんじゃないかとは思っていたさ。AIとかそういったものが入っていたのだろうか。
というかどうやって喋っているんだ?
『念話ってやつですよー。細かい原理は気にしないで下さいー。』
「いや、気にしないでって………。」
『あ、あと、私の声はご主人にしか聞けないように設定されてますから、私の発言に反応して大声出したりすれば、独り言を叫ぶキチ○イになりたくなければ自重よろしくですー。』
右腕は男性にしては高い声──つまり女性の声というわけだが──でそう言った。
俺は、今日発生した沢山の疑問は置いといて、こう聞いた。
お前、名前は?
聞いてから俺は、義腕の識別コードが名前なんじゃないかとも思ったが、右腕はこう答えた。
『名前、ですか。………何か、あったはずなんですけど、思い…出せない、です。』
無い、ではなく思い出せないのか。……いつまでも呼び方が「お前」や「右腕」、「義腕」では何か、面倒だと思った俺は名前を付けてやろうと、思った。
『いや、わざわざ付けてくれなくてもいいんですよ?』
なんて言いつつ声は嬉しそうな気がした。多分気のせいだろうが。
名前、名前か…義腕……右腕…AI……。
「ア(A)イ(I)とかどうだろうか。」
『ご主人、声に出してますよ』
え、そうだったか?
『……でもまあ、アイ、ですか。何かしっくり来てますし、それで良いと思いますよー。』
投げやりな発言の割に声色はいいので、俺は気に入ってもらえたかと、内心安堵していた。
「じゃあこれからもよろしく、試作品の義腕もとい、アイ。」
『ご主人声にでてますし試作品て何のことですか不満なんですが!』
うるさいな、あえて声に出したんだよ。
何故って……あれ?理由なかったわ。
そして目的地についた自転車を停める。
『…こちらこそ、よろしくお願いしますね、ご主人』
ところで何でご主人って……。
鐘本秋はこの日、一般人の踏み入る事が出来ない世界に自覚無しに踏み入れさせられていた。彼はこの非日常的な出来事は今回で終わりと思っていた。だが、一度関わってしまったら後戻りができないことを関わった自覚すらない彼に分かるはずもない。
これが全ての始まりだということに。




