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 1-3

 ――幸いにして、献上品の女性達は皆無事だった。


 献上された段階で、レイヴァンセルグの所有物となるので、粗末に扱われる事もなかったようだ。

 事情があるのか、中には帰りたがらない人もいたが、それ以外の人は皆、故郷へと帰した。


 無事に帰れると知って、女性達が浮かべた喜びと安堵の表情に、カティアも自分の故郷へと思いをはせる。


(……皆、元気かなあ)


 イルスカウラの話では、国は落としたものの、カティアの仲間である勇者達を始め、抵抗勢力の中心であった神騎士の半分ほどにも逃げられ、まだ決着はついていない状況だという。


(修行して力を付けたら、すぐに戻るから)


「よしっ」


 己の目的を再確認し、カティアは気合を入れた。


 カティアが現在住んでいるのは、レイヴァンセルグ直属の配下に与えられる、第二宮と呼ばれる宮殿の一室だ。

 始めの頃は物珍しさに不躾な視線を受けたものだが、最近はカティアの存在にも慣れてきたのか、ごく普通に生活を送っている。


 その第二宮から、レイヴァンセルグただ一人のための住まいである第一宮へは、一応通路でも繋がっているのだが、一度外に出て庭を突っ切った方が実は早かった。

 大分把握できてきた魔王城の中庭を、やや大股で抜ける途中。


「ぎゃっ!」

「わっ!」


 何かを踏んだ。

 悲鳴を上げたという事は、生き物だ。

 慌てて足をどかして下を見ると、黒い仔犬がいた。身体の長さの1.5倍程もある長い尻尾を、どうやら踏んでしまったらしい。


「ごめんなさいっ。大丈夫!?」


 ここにいるという事は間違いなく魔族だが、見た目が仔犬で可愛かった。自然、カティアの心配も本気のものになる。


「大丈夫な訳ねーだろ! 思っクソ踏みやがって!!」


 がうっ、と吠えてがなり立ててきた仔犬は、ガラが悪かった。


「ごめんなさい、考え事してて。まだ痛い? 治癒魔法かけた方がいい?」

「わっ」


 様子を見ようと尻尾に触れたカティアに、仔犬は驚いて飛びのいた。


(あれ?)


「き、きききっ、気安く触んじゃねー! お、お、俺様を誰と心得るっ!!」

「……もしかして、貴方、魔王?」


 触れた時に感じた魔力量が、尋常ではなかった。まさかと思いたい気分でカティアが訊ねると、仔犬は一瞬の発光の後、仔犬の形を崩して青年の姿を取る。


「もしかしてたぁどーゆー事だ! 禍つ漆黒の雷獣、獣王ガル=シェリストリード様たぁ俺の事よ!」


 犬の時と同じく、漆黒の髪と赤の双眸。しなやかな体躯を持つ十六、七程の勝ち気そうな少年だが、頭からは犬耳が、尾てい骨からは尻尾が垂れていて、そこはかとなく愛らしさが残っている。


「禍つ漆黒のって……無理があったわよ」


 どう見ても、ただの可愛らしい仔犬だった。


「うっ、煩え! 人を見かけで判断すんな! 俺が本気んなったらマジすげーから!」

「それは分かるけど……」


 感じた魔力量からして、間違いなく『マジすげえ』だろうが。


「……お願いだから、貴方達もうちょっと知性をつけて。見ててこっちが恥ずかしいんだけど。居た堪れない」

「なっ、何だと!? 俺のどこが知性がないっつーんだ! 生まれて千六百八十八年、読んだ蔵書は十冊以上だ!」

「少なっ!」


 つい先日、誰かも似たような事を胸を張って言っていた。


 これは魔族達の間で流行っているジョークなのではないだろうかと、カティアは真剣に考えた。いっそその方が救われる気がする。


「何だと!? じゃあテメーは何冊読んだんだ!」


 だが残念ながら、やはり至って本気らしかった。


「知性は本の数では決まらないわよ。関係はあると思うけど。後、正確な数とか覚えてない」


 聖王国の図書館に集められた本は、十万冊ほどだと聞いた事がある。

 限られた時間を割いて一割ほどは目を通したと思うが、それも定かではなかった。


 カティアは本を読むのがかなり好きだ。魔族よりもはるかに寿命の短い人間達が編み出した、後世へ知恵を伝える技術。ページに綴られた文字を追う事に、誇りさえ感じる。


「なっ、何だと!? テメェ、一体何歳だ! 人間かと思ったが、さては魔女だな!!」

「人間よ。年は十七」

「嘘つけ! 覚えきれないほどの数の本を、そんな短い時間で読める訳ねーだろっ! あ、そうか! 二十ページぐらいのぺらい絵本とかだろ!」

「絵本がないとは言わないし、確かに読んだけど、そんなに沢山絵本ばかり集めた図書館は、残念ながら私の世界にはなかったわ」


(でも、あったら可愛いかも)


 外観も、絵本にちなんでファンシーにして……などと考えたら、ちょっとだけ胸がときめいてしまった。


 だがすぐに、今の故郷では叶いようもない事だと、現実を思い出して落ち込んだ。

 何より、今なお戦乱の最中にいる友人達を差し置いて、修行をしに来ているはずのこの場所で、無関係なそんな事を考えてしまったのが申し訳なかった。


「何? 魔界の本って、そんなに読むのに時間が掛かるぐらい分厚いの?」


 レイヴァンセルグによれば、彼の支配する領界中から集めた本を納めた、巨大な図書館が居城の近くの星にあるそうなのだ。星そのものが全て図書館だという、途方もないスケールだ。


 だが知識欲だけが高い、見境のない魔族が多く滞在しているので、カティアが一人で行くのはまだ危ないと止められていて、興味はあったが行った事はない

 知識を得る事は戦いにも役立つと思うが、それは力を付けてからでも適う事だ。今はレイヴァンセルグの居城にある図書室で、十分事足りている。

 好奇心だけで、本を見に行きたいから付き合ってくれ、などとは言えない。


(言えば結構簡単に、付き合ってくれそうな気はするんだけど)


 うっとうしい『我最強』の文句と共に。


「おう! 読み終わるまでにすっげー時間かかる! 十ページぐらいごとに眠気が襲ってくるからな! 起きると三、四日経ってるし、内容もよく覚えてねーし、つまらねえからあんま読まねえ」

「集中力なさすぎよ! 後、寝過ぎ!」


 ただの個人の問題だった。


「うーん……。貴方の場合、取りかかる本から厳選するべきなのかもしれないわね」


 本は、基本的には楽しい物のはずだ。本を集めた図書館が存在するというのなら、魔族とて、そこのところの感性にそう違いはないはず。

 一瞬本気で考えてしまって、カティアは慌てて自分の思考を追い出した。魔王の読書を手助けしてやる理由は何もない。


「レイヴァンセルグの三千歳で千冊って、褒める所だったのかしら」

「あぁ? 何言ってんだ。セルグは今八千だろ。後二百と……アレ、いくつだっけ。忘れたわ」

「そうでしょうね!」


 確かに、もう自分の年を数えるのも面倒になって来る年齢だ。


「つーかお前、人間が何でセルグの城にいるんだ?」

「……事情があって」


 色々話すのが面倒になって来て、カティアは一言で片づけた。


「ふぅん。まあいーや。俺セルグと戦りに来たんだが、ちょっくら呼んで来いよ」

「え? 戦うの? レイヴァンセルグと?」


 あまりに意外だったので、聞き間違いようのない明確な言葉を、もう一度聞き直してしまった。


「おう」

「……止めておいた方がいいんじゃない?」


 ガルの魔力量は、イルスカウラと同程度に感じられた。レイヴァンセルグに敵うとは、カティアにはとても思えない。


「テメー、俺が負けると思ってんだろ。しかも一方的に」

「……思ってるわ」


 魔力を探れば、誰でも行きつく結論なので、本人を前にややためらったものの、カティアは正直に頷いた。


「んなもん、戦ってみなきゃ分かんねーだろ。あいつに勝てば、俺が最強だ!」

「最強になってどうするの?」

「どうするって、変な事聞くなあ。別にどうもしねーよ。てっぺん目指すの当り前だろ」


 迷いのない、単純明快な答え。その道にいるから、頂を目指したいのだというのならば、カティアにも理解出来た。


「貴方にとって、暴力は手段じゃないのね」


 何かを成すためではなく、上があるから登りたい。ガルの欲求はそれだけだ。


「? 強けりゃ何でもできんだから、手段でもあるだろ」

「……そうね」


 そして、強くなければ何も出来ない。


(悔しいけど、そう思っている相手がこっちを迫害して来るんだから、こっちも力を付けなきゃ駄目なのよね)


 言葉は通じるのに、話は通じない。何故なのだろう、とカティアは虚しくなる。

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