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「っ……!」
レイヴァンセルグの答えに、迷いはなかった。当然の事を語る口調だ。
「己を守りたくば、強くなればよかろう」
「強い者が守ればいいだけの事だわ!」
人には得手不得手がある。武芸に長けていなくとも、商才に長けているかもしれない。芸事に長けているかもしれない。あるいは、勤勉な美点を持つかもしれない。もしくは優しい人かもしれない。
人の価値は――勿論、才能によって上がる。しかし、例え才がなくとも、人として生まれてきた以上、人としての尊厳は守られてしかるべきだ。
「それは人間の価値観だろう」
激昂したカティアに、レイヴァンセルグは疲れた息をつく。こうしてレイヴァンセルグと価値観の違いで言い合いをするのは、珍しくはなかった。
レイヴァンセルグはカティアの価値観を否定しない。ただ、己の意見も変えないだけ。そして、受け入れもしない。
「ここは我の世界だ。気に入らなくば、我を倒して貴様が変えろ。我は逃げも隠れもせん。全ての挑戦を受けて立つ!」
「……っ……!」
暴力が全てを決める、魔族の世界。
間違っていると思うのに、カティアには変えるだけの力がない。
力でも――話し合いでも。
(話しても、通じないのよ、こいつ等には……ッ!)
しかし同時に、彼等には覚悟もある。
力及ばず己が負けた時は、強者に搾取されるのが『当然』だと、受け入れているのだ。
「……その人達は、どうしてるの」
「知らぬ。献上品の管理は全て執事に任せた故」
「管理がずさんね」
「よく盗まれないねえ」
感心した様子のイルスカウラに、カティアは息をつく。盗まれないのは、決して忠誠心からではない。
「だって、盗んだのがバレたら首が飛ぶもの」
職の話ではなく、物理的に飛ぶ。
例え発覚するのが何百年後でも、当人が次元をまたいで逃げていても、気がついたその瞬間から、地の果てまでも追って制裁が加えられる。
「ふん! 我が領界に入った者の魔力は、全て記憶している! 何人たりとも我から逃れる事など出来ぬわ!」
レイヴァンセルグの領界の住人の数は、それこそ星の数すら超えるだろう。
それでも、彼の言葉はハッタリでも何でもないと、この場の全員が判っていた。
「……私、セルグに最強の魔力があるのは力の持ち腐れだと思うの」
「まあ、だからこうして俺達はこんな所でお茶できるんだけどね」
面白くなさそうに言ったアリアンローシェと、苦笑して答えたイルスカウラ。そこには確かに、レイヴァンセルグの持つ力への羨望があった。
「ふん」
二人の抱いた感情に気付いているのだろう、レイヴァンセルグもつまらなそうに鼻で笑う。
つい先程まで和やかだった空気が、いきなりピリ、と張り詰めた気がした。
「私、執事の人に会って来るわ」
その緊張の中、カティアはあえて気にしない振りで、席を立ってそう言った。
巻き込まれないよう逃げるためでもあったし、こうして誰かが動けば、多少なりとも場の空気が緩和されると思ったからだ。
「じゃあ、俺もそろそろ戻ろうかな」
「私も帰るわ」
席を立ったカティアに続いて、イルスカウラとアリアンローシェも席を立ち、とりあえず、場に満ちた緊張は瓦解した。
「じゃあ、また」
「さっさとその人間、捨てなさいよっ」
「我の勝手だ」
それぞれ空間を割って二人が帰ると、広い庭にはぽつんとカティアとレイヴァンセルグが残された。
「……」
「どうした。執事の元へ行くのではなかったか?」
「行くけど……ねえ」
「何だ」
「寂しくない?」
「はぁ?」
何を言っているのかと、正気を疑う目でレイヴァンセルグはカティアを見上げる。
「貴方の周りって、誰もいないわよね」
追従する家来ならば、腐るほどいる。実際に腐ったゾンビもいる。
しかし、カティアの言葉の意味が、数の話ではないと分かったのだろう。レイヴァンセルグは軽く眉を寄せただけだ。
「寂しくない?」
「我の辞書にそのような腑抜けた文字はない」
「貴方の辞書に文字ってあったんだ」
「貴様、我を何だと思っている! 生まれて三千辺りで数えるのをやめたが、我の人生の中で読んだ蔵書は千に及ぶ!」
「さっ、三千年以上生きててたった千冊ぐらいっ!?」
胸を張って言ったレイヴァンセルグだったが、カティアは感心どころか、思った以上に悲しい数字に慄いた。
三年間で一冊読んだかどうか。いや、年齢によっては、もっと悲惨な数字が出て来るだろう。
……怖くて、実年齢を訪ねる事は出来なかった。
(いえ、聞いた所で分からないでしょうけど)
何しろ、本人が数えるのをやめたと豪語している。
「我を人と同じ尺度で測るのはよせ。寂しいなどと、弱者の抱く下らん感情だ」
「嘘でしょ」
「嘘ではない!」
子供のような返しで怒鳴って否定してから。
「まあ、少々退屈ではあるがな」
「やっぱり寂しいんでしょ」
「寂しくなどない」
「……」
はあ、とカティアは息をつく。不毛な堂々巡りの言い合いに疲れてきた。
「だから、貴様の実力に見合わぬ我への不遜な態度は、嫌いではない」
「それはやっぱり、寂しいんだと思うわ」
「寂しくなどないッ!!」
「はいはい。もういいから」
(別に、どうでもいい事だし)
カティアにとって、レイヴァンセルグは力を得るために利用するべき相手だ。それだけだ。
カティアが力を得る事が、レイヴァンセルグの娯楽になるというのなら、お互い損のない関係ではないか。
(レイヴァンセルグも、イルスカウラと同じよ)
たまたま、カティアの世界がレイヴァンセルグの支配地域ではなかったという、それだけだ。
テーブルを離れて歩き出したカティアに、声は掛からなかった。
どこでもない遠くを見て、ティーカップを傾けるレイヴァンセルグは、相変わらず堂々と威圧的で、絶対の王者ではあったけれど――言った通り、退屈そうではあった。




