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第1話 異世界のボロ小屋と、欠陥だらけの魔道具

挿絵(By みてみん)


 日本で働いていた頃、俺は生活雑貨メーカーの商品企画部に所属していた。


 新商品のアイデアを考え、試作品を作り、使いやすさを検証し、販売方法まで考える。


 世の中にある不便を見つけ、それを少しでも便利に変える。


 それが俺の仕事だった。


 もちろん、楽しいことばかりではない。


 上司から無茶な納期を押しつけられることもあれば、会議で何時間も意見をぶつけ合うこともある。


 せっかく考えた企画が予算の都合で消えることだってあった。


 それでも、店頭に並んだ商品を見たときは嬉しかった。


 自分の考えたものを誰かが使ってくれる。


 それは、なかなか悪くない仕事だった。


 だからこそ、二十五歳になった今も、俺は商品を考えることが好きだった。


 ただし。


 その日も、いつもどおり仕事を終え、帰宅するために夜道を歩いていた。


「……明日の会議、もう少し企画を練り直すか」


 そんなことを考えながら交差点を渡ろうとした、そのときだった。


 不意に、けたたましいクラクションが鳴り響いた。


「え……?」


 振り向いた瞬間、目の前に大型トラックが迫っていた。


 逃げる間もなかった。


 強烈な衝撃が身体を襲い、視界が大きく揺れる。


 意識が遠のいていく中、俺は自分が死ぬのだと理解した。


 ――まだ、やりたいことがあったのに。


 それが、俺の最後の思考だった。


     ◇


「……どこだ、ここ」


 目を開けると、見知らぬ石畳の上にいた。


 身体を起こし、慌てて自分の手足を確認する。


 身体は二十五歳の頃のまま。着ている服も、事故に遭ったときのものだった。


「……俺、生きてるのか?」


 周囲を見回す。


 見知らぬ建物。見慣れない服装の人々。遠くには巨大な城壁がそびえている。


 そして、道を行き交う人々の中には、頭に獣の耳を生やした者までいた。


「ここは……日本じゃないよな?」


 トラックに轢かれたはずの俺が、どうしてこんな場所にいるのか。


 少し離れた場所では、馬車のような乗り物が走っていた。


 いや、馬車というより、荷台を引いているのは角の生えた大きな動物だ。


 俺はしばらく、その光景を眺めていた。


「……夢か?」


 頬をつねる。


 痛い。


 もう一度つねる。


 やっぱり痛い。


 夢ではないらしい。


 スマートフォンを取り出そうとポケットを探したが、何も入っていなかった。


 財布もない。


 身分証もない。


 そもそも、ここがどこなのかすら分からない。


「参ったな……」


 落ち着け。


 まずは状況を整理しよう。


 見知らぬ場所にいる。


 周囲の建物や服装は、どう考えても現代日本ではない。


 言葉はなぜか理解できる。


 そして、通りの向こうを歩いている女性の頭には、猫のような耳が生えていた。


 ……うん。


 どうやら、普通ではない場所に来てしまったらしい。


 異世界転移。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 小説や漫画なら何度も見た展開だ。


 だが、実際に自分の身に起きると、感動より先に生活の心配がやってくる。


 金がない。


 仕事もない。


 住む場所もない。


 そして、腹が減っている。


「まずは食い扶持を探さないとな」


 俺は立ち上がり、人の流れに沿って歩き始めた。


     ◇


 この街は、グランベルというらしい。


 道中で何人かに尋ね、ようやく街の名前と大まかな事情を知ることができた。


 この世界には魔法が存在する。


 魔物もいる。


 冒険者という職業があり、商人や職人が集まる大きな街もある。


 そして、俺がいるグランベルは、商業と冒険者の活動で栄えている地方都市だった。


 街の中心部には大きな商店が並び、武器屋や防具屋、薬屋なども見える。


 道端では露店が開かれ、果物や焼き菓子が売られていた。


 魔法の道具を扱う店もあるらしい。


 俺はそれを聞いて、少しだけ希望を持った。


 商品企画の知識が役に立つかもしれない。


 この世界の生活用品は、まだまだ改良の余地がありそうだ。


 何より、魔法があるなら、現代では実現できなかった商品だって作れるかもしれない。


 問題は、そのための金も設備もないことだが。


「……まずは仕事だな」


 俺は商業ギルドを探した。


 冒険者ギルドというものもあるらしいが、剣を振るった経験はない。


 魔物と戦うより、商売のほうがまだ勝算がある。


 しばらく歩くと、街の中央通りに面した大きな建物が見えた。


 看板には、天秤を模した紋章が描かれている。


 商業ギルド。


 どうやら、ここで間違いない。


     ◇


「身分証がない、ですか?」


 受付に座っていた女性が、困ったように眉を寄せた。


「はい。事情があって、遠くから来たもので」


「紹介状も?」


「ありません」


「保証人は?」


「いません」


 女性は書類に目を落とした。


 当然だろう。


 見知らぬ男が突然やってきて、仕事を紹介してほしいと言っているのだ。


 信用しろというほうが無理な話である。


「申し訳ありませんが、正式な商人登録には身元の確認が必要になります」


「そうですよね」


「ただ、臨時の仕事であればご案内できるかもしれません。何か得意なことはありますか?」


「商品の企画や、道具の改良なら経験があります」


「企画……?」


 女性は聞き慣れない言葉に首をかしげた。


 俺は説明を少し変えた。


「使う人の不便を見つけて、もっと便利な道具を考える仕事です。商品の使い方や売り方を考えたり、改善点を探したりもします」


「なるほど。職人というより、商人に近いのでしょうか」


「そうですね。どちらかといえば、商品を考える側です」


「でしたら、一度こちらをご覧ください」


 女性は机の下から、数枚の紙を取り出した。


 そこには、街の職人たちが作った道具の一覧が記載されていた。


「この街では、魔道具を作る職人が何人か活動しています。ただ、小規模な工房が多く、販売や宣伝まで手が回らないことも珍しくありません」


「なるほど」


「もし商品を考える能力があるのでしたら、職人の手伝いから始める方法もあります」


 それは悪くない提案だった。


 だが、俺は少し考えた。


 誰かの下で働くのもいい。


 しかし、せっかく異世界に来たのだ。


 自分で商品を考え、自分で売る。


 そんな生活をしてみたい。


「ちなみに、店を持つことはできますか?」


「店、ですか?」


「はい。小さくても構いません」


 女性は一瞬、驚いた顔をした。


 そして、少し考え込んだあと、奥の書類棚へ向かった。


「実は……ちょうど一つ、扱いに困っている物件があるんです」


「物件?」


「以前、小さな魔道具工房として使われていた建物です。現在は空き家になっていて、長い間使われていません」


「それを借りられるんですか?」


「借りるというより、条件付きで譲渡することも可能です」


「譲渡?」


「ええ。商業ギルドとしても、空き家の管理を続けるのは負担ですから。建物を修繕し、そこで実際に商売を始めていただけるのであれば、無償でお渡しすることを検討できます」


 無償。


 その言葉に、俺の意識が一気に引き締まった。


「詳しく聞かせてください」


     ◇


 案内されたのは、街の中心部から少し離れた場所だった。


 大通りから一本外れ、さらに細い路地へ入る。


 人通りは少ない。


 近くには小さな住宅や倉庫があり、商店街の賑わいからは少し距離がある。


「こちらです」


 女性が足を止めた。


 そこにあったのは、小さな木造の建物だった。


 ……いや。


 建物と呼んでいいのか、少し迷う。


 屋根の一部は傾き、外壁の塗装は剥がれている。


 窓は曇り、入口の扉は斜めに傾いていた。


 そして、入口の上には古びた木製の看板が残っていた。


 看板には、かすれた文字でこう書かれている。


『月灯り工房』


 長い間、雨風にさらされていたのだろう。文字は薄くなり、板の端も傷んでいる。それでも、店の名前だけは何とか読み取れた。


「こちらが、その工房です」


「……なかなか年季が入っていますね」


「正直に申し上げますと、かなり古いです」


 女性は苦笑した。


「以前は魔道具を作る職人が使っていたそうですが、何年も前に閉められました。現在はギルドが管理しています」


「修繕費は自分持ちですか?」


「はい。ただし、土地と建物の譲渡費用はいただきません」


 俺は建物を見回した。


 正面から見ると小さいが、奥行きはそれなりにありそうだ。


 店先に商品を並べるスペースもある。


 裏側には小さな作業場もついているらしい。


 立地は少し悪い。


 人通りの多い場所ではない。


 だが、家賃がかからないのは大きい。


 最初から高い家賃を背負えば、売上が安定するまでに資金が尽きる。


 それに、ここを自分好みに改装できる。


 俺は扉に手をかけた。


 ぎいぃ……。


 嫌な音を立てて、扉が開いた。


 中は埃だらけだった。


 古いカウンター。


 壁に取りつけられた棚。


 隅に置かれた作業台。


 床には木屑が散らばっている。


 けれど、思ったより広い。


 商品を置く棚を整理し、カウンターを磨けば、店として使えそうだった。


「気に入りましたか?」


「はい」


「本当に、こちらでよろしいのですか? もっと条件のよい物件もありますが」


「今の俺には、これくらいがちょうどいいです」


 俺は笑った。


「家賃がかからない。それだけでも、かなり助かります」


「そう言っていただけるなら、こちらも安心です」


 俺は、もう一度入口の看板を見上げた。


『月灯り工房』


 古びてはいるが、悪くない名前だと思った。


 夜に小さな明かりを灯すように、誰かの暮らしを少し便利にする。


 そんな店にできたらいい。


 それに、以前ここを使っていた職人も、何か思いを込めてこの名前をつけたのかもしれない。


「……この看板、残しておいてもいいですか?」


「看板ですか? もちろん、建物と一緒にお渡しするものですから」


「ありがとうございます」


 俺は看板を見つめながら、小さくうなずいた。


「じゃあ、店の名前は『月灯り工房』にします」


 自分で一から考えた名前ではない。


 けれど、この場所に残されていた名前を受け継ぐのも悪くない。


 むしろ、ここから新しく始める自分には、ぴったりな気がした。


 こうして俺は、異世界で自分の店を持つことになった。


     ◇


 その日のうちに、俺は建物の掃除を始めた。


 掃除道具は、近くの雑貨屋で最低限のものを購入した。


 残った金はわずかだ。


 贅沢はできない。


 まずは床を掃き、棚を拭き、壊れかけた扉を仮止めする。


 窓の隙間には布を詰めた。


 屋根の修理は明日以降だ。


 日が暮れる頃には、ようやく室内の様子が分かる程度になった。


「ふう……」


 俺はカウンターに腰を下ろした。


 疲れた。


 だが、悪くない疲れだ。


 自分の店を持つ。


 それは、前の世界でも一度は考えた夢だった。


 会社で企画を通し、商品を作る。


 その先には、いつも会社の都合があった。


 予算、納期、販売方針、上層部の判断。


 もちろん、それらが必要なのは分かっている。


 けれど、いつかは自分の考えた商品を、自分の責任で売ってみたかった。


 ここなら、それができる。


「さて……問題は商品だな」


 店だけあっても意味がない。


 売るものが必要だ。


 俺は作業台の上に、手のひらを置いた。


 そのときだった。


 視界の端に、青白い文字が浮かんだ。


『固有能力を確認』


「……は?」


 文字は空中に表示されている。


 目をこすっても消えない。


『《オールクリエイト》』


 続けて、頭の中に意味が流れ込んできた。


 思い描いた道具を、魔力によって生み出す能力。


 素材も工具も必要ない。


 必要なのは、作りたいもののイメージだけ。


「……まさか」


 俺は作業台の上を見た。


 試しに、前の世界でよく使っていた照明器具を思い浮かべる。


 手に持って運べる、小型のランタン。


 暗い場所を照らすための道具だ。


 ただし、現代の懐中電灯のような形ではない。


 手のひらより少し大きな金属製の枠に、透明なガラスをはめ込む。中央には小さな魔石を収め、上部には持ち運び用の取っ手をつける。


 魔石の光をガラス越しに広げ、周囲を照らす仕組みだ。


 形状。


 大きさ。


 光の強さ。


 取っ手の位置。


 頭の中で細部を組み立てる。


 すると、手のひらが淡く光った。


 ぽんっ。


 小さな音とともに、作業台の上に銀色の小型ランタンが現れた。


「……できた」


 俺はそれを手に取った。


 金属の枠は軽く、四方には透明なガラスがはめ込まれている。


 中央には青白い魔石。


 上部には持ち運び用の取っ手がついていた。


 見た目は、想像した通りだった。


 俺は側面にある小さな刻印に指を触れた。


 ぱっ。


 中央の魔石が光り、ガラス越しに柔らかな白い光が広がった。


「おおっ!」


 思わず声が出た。


 明るい。


 暗い室内を十分に照らせる。


 光は一点だけに集中せず、ランタンの周囲を広く照らしている。


「これは便利だぞ……!」


 魔石を使っているようだが、仕組みは分からない。


 しかし、そんなことは今はどうでもいい。


 俺は手元のランタンを見つめた。


 作れる。


 何もないところから、商品を生み出せる。


 材料も設備も必要ない。


 俺は能力の説明を思い出した。


 思い描いた道具を生み出す。


 つまり、商品企画の知識がそのまま使えるということだ。


「これは……すごいぞ」


 胸が高鳴った。


 異世界に来て、ようやく自分の強みを見つけた気がした。


 俺はもう一度、ランタンを手に取った。


 今度は、実際の使用感を確かめる。


 持ち運びやすさは悪くない。


 光量も十分。


 取っ手があるので、手に持つだけでなく、壁のフックや荷物にも掛けられそうだ。


 ただ、気になる点が一つあった。


 魔石の刻印に触れて、光を消す。


 もう一度触れる。


 光る。


 問題はない。


 だが、三度目に触れた瞬間。


 ぱっ。


 光が消えた。


「……ん?」


 刻印に触れ直す。


 光らない。


 取っ手を持って軽く振ってみる。


 反応なし。


 しばらく待つ。


 もう一度触れる。


 ぱっ。


 光った。


「……時間を置かないと再点灯しないのか?」


 どうやら、これが欠陥らしい。


 能力の説明が頭に浮かぶ。


『創造された道具には、必ず一つ以上の欠陥が付与される』


「欠陥……?」


 俺はランタンを見つめた。


 便利だ。


 十分に使える。


 ただし、何度も点灯と消灯を繰り返すと、一時的に光らなくなる。


 完全な商品とは言えない。


 だが、使い道がないほどではない。


「なるほどな……」


 俺は考えた。


 何度も点灯と消灯を繰り返す用途には向かない。


 しかし、一度点灯させて、しばらく使い続けるなら問題ない。


 倉庫の中を照らす。


 夜の作業場に吊るす。


 野営地で一定時間、周囲を照らす。


 使い方を限定すれば、十分に商品になるかもしれない。


 そして、もう一つ。


 同じランタンを作ってみることにした。


 再び、先ほどと同じ形を思い浮かべる。


 青白い光が集まり、二つ目のランタンが現れた。


 俺は二つを並べた。


 見た目は同じ。


 性能も同じ。


 そして、同じように点灯と消灯を繰り返すと、やはり三度目で光らなくなった。


「……同じ欠陥か」


 何度作っても、このランタンは同じ欠陥を持つらしい。


 つまり、能力には一定のルールがある。


 商品ごとに欠陥が固定されているのか。


 それとも、作るたびに違うのか。


 少なくとも、このランタンについては同じだ。


 俺は二つのランタンを机に置いた。


 完璧ではない。


 だが、商品として成立させる余地はある。


 むしろ、欠陥を前提にして売り方を考えればいい。


 それは、商品企画の仕事で何度もやってきたことだった。


「まずは、これを売ってみるか」


     ◇


 翌朝。


 俺は店の外に出て、建物の正面を確認した。


 昨日よりは多少きれいになったが、まだまだ店らしくない。


 入口の上には、古びた『月灯り工房』の看板が掛かっている。


 文字はかすれているものの、まだ読める。


 俺はその看板を見上げた。


 新しい看板を作る必要はなさそうだ。


 この名前で商売を始めると決めたのだから、まずは店の中を整えよう。


 店内には、作ったランタンを二つ並べた。


 値段は慎重に決めた。


 この世界の物価はまだよく分からない。


 近くの雑貨屋で見た簡単な魔道具より少し安く設定する。


 利益は少ないが、まずは買ってもらうことが大切だ。


 そして、看板の横に手書きの紙を貼った。


『暗い場所を広く照らす携帯用魔法ランタン。長時間の連続使用におすすめ』


 欠陥を隠して売るつもりはない。


 使い方を誤れば、客に迷惑をかける。


 最初から正直に説明する。


「よし」


 俺はカウンターの後ろに立った。


 店を開ける。


 扉を外に向けて開いた。


 ……しかし。


 一時間経っても、客は来なかった。


 二時間経っても、誰も来ない。


 通りを歩く人はいる。


 だが、こちらをちらりと見るだけで、店に入ってくる人はいなかった。


「まあ、立地が立地だしな」


 分かっていたことだ。


 大通りから外れた場所にある。


 看板も小さい。


 商品も二つだけ。


 これで客が押し寄せるほうがおかしい。


 俺は店の前に出て、看板の位置を直した。


 そのとき。


「おや? こんなところに店ができたのか」


 年配の男性が足を止めた。


「はい。昨日から準備を始めまして、今日開店しました」


「何を売っているんだ?」


「魔道具です。こちらの小型魔法ランタンを扱っています」


 俺は商品を一つ手に取り、魔石の刻印に触れた。


 ガラスの内側で青白い光が灯り、周囲を柔らかく照らす。


「ほう。小さいのに、ずいぶん明るいな」


「はい。倉庫や作業場など、一定時間、周囲を照らす用途に向いています」


「いくらだ?」


 俺は値段を伝えた。


 男性は少し考えたあと、財布を取り出した。


「一つもらおう」


「ありがとうございます」


 記念すべき最初の客だ。


 俺は丁寧に商品を包み、使い方を説明した。


「ただし、何度も点灯と消灯を繰り返すと、一時的に光らなくなります。しばらく時間を置けば、また使えます」


「ふむ。少し癖があるんだな」


「申し訳ありません。ですが、一度点灯させて使い続ける分には問題ありません」


「構わんよ。倉庫で使うつもりだからな」


 男性はランタンを受け取り、満足そうに店を出ていった。


 俺はその背中を見送った。


 売れた。


 たった一つ。


 それでも、初めて自分の考えた商品が売れたのだ。


「……よし」


 思わず拳を握った。


 売上は大きくない。


 まだ生活費を稼ぐには足りない。


 だが、最初の一歩としては十分だ。


     ◇


 昼を過ぎた頃、商業ギルドの受付嬢が店にやってきた。


「こんにちは。営業の様子はいかがですか?」


「おかげさまで、一つ売れました」


「それはよかったです」


 女性は店内を見回した。


「まだ商品は少ないようですね」


「はい。少しずつ増やしていくつもりです」


「焦らずに頑張ってください。こちらは譲渡した建物の確認も兼ねていますので」


「ありがとうございます」


 彼女はカウンターに置かれたランタンを見つけた。


「これは何でしょう?」


「小型魔法ランタンです。暗い場所を広く照らせます」


「少し見せていただいても?」


「もちろんです」


 俺はランタンを手渡した。


 女性は魔石の刻印に触れ、光を確認する。


「便利ですね。持ち運びもできるのですか?」


「はい。取っ手があるので、手に持っても、フックに掛けても使えます」


「なるほど」


「ただし、何度も点灯と消灯を繰り返すと、一時的に使えなくなります。少し時間を置けば復帰します」


「そうなのですか?」


「はい。ですから、倉庫や作業場など、長時間点灯させて使う用途を想定しています」


「なるほど。用途を選ぶ商品ですね」


「そうです」


 女性は納得したようにうなずいた。


「正直に説明されているのはいいことだと思います。商売では、信用が大切ですから」


「そうですね」


「それにしても、こちらの工房で商品を作っているのですか?」


「ええ。自分で考えて作っています」


「それは面白いですね」


 女性はランタンを返した。


「もし商品が増えたら、商業ギルドにも知らせてください。小規模な店でも、取り扱い商品の紹介をお手伝いできる場合があります」


「本当ですか?」


「もちろんです。ただし、登録や審査は必要になります」


「ぜひお願いします」


 少しだけ、道が開けた気がした。


 商業ギルドとつながりを持てれば、店を知ってもらう機会も増える。


 商品を増やし、実績を作る。


 それが今の目標だ。


     ◇


 夕方。


 客が帰ったあと、俺はカウンターに座って売上を確認した。


 ランタンが一つ売れた。


 今日の売上はそれだけだ。


 食費と雑貨の購入費を差し引けば、ほとんど残らない。


「厳しいな……」


 だが、悲観するには早い。


 店はまだ開店したばかりだ。


 商品も一種類しかない。


 もっと商品を増やす必要がある。


 それに、ランタンの欠陥についても考えなければならない。


 同じ種類を作れば、同じ欠陥が出る。


 ならば、欠陥の内容を把握したうえで、用途に合わせた商品を考えるべきだ。


 能力は便利だ。


 だが、何でも完璧に作れるわけではない。


 その制限を理解して、商品を企画する。


 俺にできるのは、それだ。


「明日は、別の商品を作ってみるか」


 俺は作業台に向かった。


 頭の中で、次に作る道具を考える。


 生活に必要なもの。


 冒険者が使うもの。


 商人が喜ぶもの。


 この世界の人々が、何に困っているのか。


 まだ知らないことばかりだ。


 だからこそ、面白い。


 俺は小さく笑った。


「よし。まずは食べていける店にしよう」


 大きな店にするのは、そのあとだ。


 従業員を雇うのも、支店を出すのも、まだ先の話。


 今は、この小さな工房を潰さないことが最優先だ。


 俺は店の扉に鍵をかけた。


 外はすっかり暗くなっていた。


 看板の文字が、街灯の明かりに照らされている。


『月灯り工房』


 まだ誰にも知られていない、小さな魔道具屋。


 ここから始めよう。


 商品企画マンだった俺の、異世界での新しい商売を。


 ただし――。


 この能力で生み出す商品に、まともなものがどれだけあるのか。


 その答えを知るのは、もう少し先のことだった。

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