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堤門探偵事務所 〜怠惰な不死者は、場末の探偵事務所でブラックコーヒーと厄介事を押し付けられる〜  作者: 真野真名
事件その7 中身違い

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2、「一件、混ざり物があるな」




「目が、金色に光ってたそうよ」


 琴巴が小さく息を呑んだ。


「で、取り押さえたんですか」


「ええ。結束バンドを切ったって聞いたから、最後はロープでぐるぐる巻きにした。事務所に連れ帰って、落ち着くまで保護」


「保護」


 琴巴がたいへん率直な声を出した。


「それ、言い換えただけですよね」


「物は言いようよ」


「その言いようで法律が曲がります?」


「曲がらないから困ってるの」


 瑠衣はさらりと言った。

 そして次の一言を、さほど重くもなく続けた。


「朝には死んでたわ」


「待ってください」


 琴巴が即座に割って入った。

 さすがに顔色が変わっている。


「今さらっと“死んでた”って言いましたよね」


「言ったわね」


「あと保護って言いましたけど、縛って連れ帰ってる時点で全然保護じゃないですよね」


「そこは今さらでしょ」


「今さらでも言いますよ! あと、え、死んだ? 本当に?」


「本当に」


 琴巴は一瞬、本気で立ち上がりかけた。

 私は止めなかった。嫌なら別室へ行けばいい。むしろそれが普通だ。


「……これ、私が聞いてていい話ですか」


「よくはないわね」


 瑠衣が言った。


 「向こうへ行ってもいいのよ」


 志織も私も特に引き止めなかった。

 だが琴巴は数秒迷ってから、結局座り直した。


「あとで一人で聞かされる方が、もっと嫌です」


 健全な判断とは言い難いが、この事務所では比較的まともな部類に入る。

 瑠衣も少しだけ目を細めた。


「見込みあるわね」


「そういう褒め方、全然嬉しくないです……」


「殺したのか」


 私は話を戻した。


「殺してない」


 瑠衣の返答は早かった。


「騒ぐから、落ち着くまで縛ったまま口は塞いだ。でも息ができることは確認していたし、手も出してない。その辺は弁えてる」


 瑠衣は、まるで昨夜の献立でも思い出すような平坦な声で続けた。


「弁えている人間のやることじゃありません」


「そうかしら」


「そうです」


 琴巴の突っ込みは、法治国家の住人として極めて正当なものだったが、瑠衣はそれを煙草の煙のように軽く吹き飛ばした。


 私は続きを促した。


「病死か?」


「そこが変なの」


 瑠衣の声が少しだけ低くなる。


「連れ帰った時は、どう見ても中年のサラリーマン風だった。四十代くらいかしら。でも朝になったら、急に老人みたいになってたのよ。皮膚がしぼんで、髪も白くなって、全体が一気に干上がったみたいに」


「死体は」


 瑠衣は一拍だけ間を置いた。


「……処分したわ」


「うわあ……」


 琴巴が、心の底から出たらしい声を漏らした。

 先ほどまで和菓子に困惑していた女子大生が、今は死体処理の報告を正面から受けている。人生の分岐としてはだいぶ失敗寄りである。


「だから困ってるの」


 瑠衣は静かに言った。


「こっちで抱えておくには、少し嫌な死に方だった。うちの縄張りで妙な薬が回ってるなら、それも困る。だからあなたに来たのよ、統」


「欲しいのは何だ」


「供給元の手掛かり。全部辿れなくてもいいわ。どこから入ってきてるのか、その尻尾だけでも掴みたい」


「売人は」


「見えない」


 瑠衣は首を振った。


「客層もばらばら。学生も、夜の女も、隠居した老人もいる。飲み屋の客も、路地裏の半グレも。既存の薬みたいに、誰かが表で売りさばいてる感じじゃない」


「錠剤や吸引でもなさそうですか」


「たぶんね。むしろ注射剤に近いんじゃないかって話がある。アンプルみたいなやつ。だから手軽に扱えない。そのぶん、余計に顔が見えない」


 志織が言った。


「現時点の物証は」


「死んだ男の身分証とスマホ」


 瑠衣は封筒を机に置いた。


薄井うすい武史たけし。あとは証言が一件。中溝淳って男。女を脅そうとしたら、逆にその女が切れて、連れの男ごと叩きのめしたそうよ」


「女の名前は」


犬塚いぬづか紫乃しの。その日知り合った相手。すずらん通り裏で立ってた女の一人だって」


 すずらん通り裏。

 昼はただの寂れた裏道、夜になると“用件を明言しない商売”が増える場所だ。


「ほかにも似た話があるわ」


 瑠衣は指を折った。


「カツアゲしようとして逆にやられた半グレ。中央公園の外周路を、早朝に短距離走みたいな速度で走ってた老人。二日続けて現れて、その後は消えた」


「ターボジジイですね」


 琴巴がぼそりと言った。


「なに、その雑な呼び名」


「町の噂です」


「人の命名能力って、本当に信用ならないわね」


「全面的に同意します」


 瑠衣は最後の一本を折るように、静かに言った。


「それと、ひったくり犯を一瞬で叩きのめして去っていった少女の話」


 私はそこで、少しだけ黙った。


 琴巴はそれに気づかず、素直に顔を上げる。


「やっぱり全部その薬なんじゃないですか」


「……いや」


 私は封筒に手を置いた。


「一件、混ざり物があるな」


「え?」


「町の噂は便利だ。似た話を勝手に同じ箱に放り込んでくれる。だが、箱の中身まで同じとは限らない」


 琴巴は首を傾げたままだったが、志織は何も言わない。

 分からない時に分かったふりをしないのは、彼女の数少ない美点だ。


 瑠衣がこちらを見た。


「心当たり、あるの?」


 瑠衣の視線が、私の思考の底を覗き込もうとする。


「ないとは言わない。だが、今は情報の仕分けが必要だ。ラベルが間違っている自販機ほど、喉を鳴らしている時に不快なものはないからな」


「相変わらず嫌な言い方」


「役に立つ時の私はだいたいこうだ」


「そうね。だから来たの」


 瑠衣は封筒をこちらへ滑らせた。

 中には、身分証のコピーとロックのかかったスマホが入っている。


「報酬はいつも通り。余計なところまで掘り返したら、その分はちゃんと上乗せするわ」


「最初から余計なものが混ざっている依頼で、それを言うか」


「だって、うちの若いのじゃ全部まとめて殴って終わらせるもの」


「それは否定できないですね……」


 琴巴が小さく呟く。

 たぶん今、鬼面組に対する理解が一段だけ進み、人生に対する信頼が一段だけ減った。


 私は身分証の名前を見る。

 薄井武史。四十七歳。町内在住。

 写真の顔は、どこにでもいる疲れた中年会社員だった。少なくとも、金色の目で椅子を引き抜いて振り回しそうな顔には見えない。


 志織はもうスマホを手に取っている。

 別室では、スズナが何かに抗議し、駿平が必死に宥め、保が「じゃあ俺も一口だけ」と本筋に一切寄与しないことを言っている気配がした。

 ひどくいつも通りの事務所だった。

 だからこそ、机の上の封筒だけが少し異質に見える。


「まず何からやるんですか」


 琴巴が聞いた。

 さっきより少しだけ声が硬い。だが逃げていない。


「死体がないなら、死体の周辺から組み立てる」

 私は答えた。「スマホ、所持品、拘束時の状況、接触相手、場所、時間。

 まともな薬なら、もう少しまともな壊れ方をする」


「まともじゃない、と」


「覚えがある」


 そこまで言って、私は封筒を閉じた。

 覚えがある、というのは便利な言い回しだ。知っているとも、見たとも、関わったとも断言せずに済む。


 だが今回に限っては、それで十分だった。


 目が金色に光る。

 急に身体能力が跳ねる。

 短時間で理性の輪郭が崩れ、最後には中身から先に駄目になる。


 甘い顔をしたものの中身が、まるで別物だった時の壊れ方に、私は覚えがあった。




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