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堤門探偵事務所 〜怠惰な不死者は、場末の探偵事務所でブラックコーヒーと厄介事を押し付けられる〜  作者: 真野真名
事件その1 勘違いストーカー

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1、拘束

【旅する不死者は昼も歩く】のすばるが主人公のスピンオフ作品です。本編も併せてよろしくお願いします。










 視界は完全な闇に閉ざされている。もっとも、それは一般的なヒトの網膜を通した場合の話であって、私の目には、ここがひどく埃っぽく、隙間風の吹き込むコンクリート造りの廃工場であることがはっきりと見えていた。


 私は現在、錆びたパイプ椅子に縛り付けられている。手足に食い込んでいるのは量販店で買えそうな安物のナイロンロープだ。この材質の紐で縛られるのはこれで三回目くらいだろうか。 

 大航海時代の荒い麻縄や、ローマ時代の冷たい青銅の鎖などに比べれば、肌触りは決して悪くない。ただ、ひたすらに風情に欠ける。


 ああ、煙草が吸いたい。


 胸ポケットにはハイライトの箱が入っている。押し掛けアルバイトの琴巴ことはには「煙が拡散しないNASA開発の宇宙タバコだ」という非科学的な言い訳をしているが、あれは単に私の能力で周囲の煙を異空間に隔離しているだけだ。今ここで吸っても誰の迷惑にもならないはずだが、あいにく両手が塞がっている。


 この程度の拘束を引きちぎるのは造作もない。固く締まったジャムの瓶を開けるより少ない労力で済む。だが、わざわざ私をここまで運搬してきた連中からすれば、目を離した隙に被害者が自力で脱出している状況は想定外の事態だろう。彼らが無駄にパニックを起こし、事態が入り組んでいくのはひたすらに非効率だ。円滑に誘拐される側にも、それなりの受動的な協調性が求められる。


 しかし、このまま大人しく被害者のロールプレイを継続するということは、私の帰宅時間が遅れることを意味する。深夜、誰もいない空間でミルクをたっぷりと入れたコーヒーを飲みながら、無表情で上方落語の音源を聴く。あのささやかで完璧な日々のルーティンが、見知らぬ半グレ集団の都合によって脅かされている。


 被害者として待機すべきか、面倒を承知で帰路につくべきか。効率と嗜好品の狭間で、私はひたすら無益な葛藤を続けていた。



 そもそも、なぜ私が探偵などという労働の極みのような職業に就き、挙句の果てにこんな埃っぽい廃工場で椅子と一体化しているのか。


 すべての原因は数日前に遡る。我が堤門探偵事務所に持ち込まれた、あのひどく不愉快な依頼のせいだ。




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