21 甘い物と贈り物
「鏡花! 一緒にたい焼きを食べよう!」
玄関が派手に開き、伊吹の声が響いた。午後3時ぴったり、虎尾家のお茶の時間である。鏡花が「甘いものが好き」と言ってから数日、伊吹は鏡花のために毎日甘い物を買い漁っているのである。
昨日は高級大福、その前は珍しい洋菓子だった。
「おかえりなさい、伊吹。それから、ありがとう」
鏡花が変わらずに礼を言うと、伊吹は嬉しそうに尻尾を振り彼女に褒めてもらうのを今かいまかと待っている。そんな様子を見て、紬と葉は顔を見合わせてため息をついた。
「鏡花さんも鈍感というかなんというか。ねぇ紬さん」
「仕方ないわ。鏡花さんはご実家でとてもひどい待遇を受けていたの。誰かが自分を好いているなんて考えることもないのでしょう」
「そんな……鏡花さんを嫌いな奴なんかこの屋敷にはいないのに」
「葉、鏡花さんの前にいた環境は本当にひどいものだったのよ。私がちょっと調査しただけでもわかるくらいには。あの家じゃ、行方不明になった鏡花さんを心配する人などいなかったわ。一人の奴隷がいなくなって不便だなみたいな、そんな様子だった」
「なんだよそれ。人間ってなんでそんな……」
「私たち妖だって同じでしょう? 種族がどうとか強さがどうとかで」
「そっか、紬さんも俺も族に追い出されたもん同士だもんな」
「さ、お茶の準備をしないと。葉、茶室の方をよろしく」
「はーい」
***
特別仕様で生地が分厚くふわふわなたい焼きは四人を見事に魅了した。甘さ控えめの餡とこんがり焼き目ついた生地の相性は良く、外はカリカリ中はしっとりとした食感もなんとも楽しく最高だった。
「そうだ、鏡花。今日はこれも君に渡そうと思ってな」
「はい?」
鏡花が湯呑みを置いて伊吹の方を向くと彼はなんだか緊張した様子で小さな箱を手にしていた。
「よく似合うと思って買ってきたんだ。いや、実はその石は揃いで」
箱を開けてみるとそこには華奢な宝石のついた首飾りが入っていた。美しい紫色の宝石は小さいながらに輝きを放っている。
「綺麗……ですね」
「この石、同じ原石から取り出した世界に二つしかないものらしい。対になる石は俺が」
彼は胸元から首飾りについた石を摘んで外に出して見せるとニコリと笑った。鏡花はそっともらった首飾りをつけてみる。鏡花の白い肌に紫色の宝石がよく映え、その儚さがなんともいえない美しさを引き立てていた。
「おぉ、よく似合っているよ」
「あり……がとう」
「嫌だった……とか?」
「いえ、男性にこうして贈り物をもらうのは初めてだったのでなんだが不思議な気持ちです。でも嬉しいのも本当で……ありがとう」
伊吹は紬と葉に目配せをする。二人はすっと茶室から出ていった。ピリピリとした緊張感のある雰囲気に、鏡花は背筋を伸ばした。
「あのさ、俺は鏡花を嫁にしようと思っている。急にこんなこと言われてびっくりするかもしれないが、俺の気持ちだ」
「よ、嫁?」
あまりの唐突なことに鏡花は言葉を返せなかったが、最近彼の様子がおかしかったことと妙に辻褄があっているような気がしてどんどんと心臓の音が大きくなる。
何かと一緒に居たがったり、甘い物を毎日買ってきていたり……まるで恋焦がれる男子学生のようではあった。
鏡花はまさか自分が公爵に愛されているなどと微塵も考えていなかったので、意識はしていなかったが……。
「あぁ、正式に妻になって欲しいと思っている。君は身分とかそういうのを気にするかもしれないが俺はそうじゃない。俺が好きだからそうしたいと思った。もちろん、俺のことが好きじゃないというなら諦められるように頑張る……と思う」
「そんな……でも」
「わかってる。俺が迫っている選択は君にとって大きな負担になっているし、断りにくい環境だってことも。けど、俺の気持ちは本当で……だから考えて欲しい」
「は、はい」
鏡花は俯いて顔を真っ赤にした。伊吹の表情が、瞳があまりにも真剣で誠実で愛に溢れているような気がしたからである。まさか自分が、という思いと溢れて溢れんばかりの愛情の見え隠れに鏡花は動揺が隠せなかった。
(私、いま……公爵に求婚されて……る?)
「それじゃあ、答えが決まったら教えてくれ。それまでは今まで通り過ごしてもらって構わないし。もし、結婚が嫌でもここにいくらでもいてくれていいからさ。鏡花、もう一度言わせてくれ、好きだ」
真っ直ぐで屈託のないその言葉を受け止めて、鏡花は小さく「はい」と呟いた。




