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第122話  廃船市場




SIDE:ノエル



 重力に任せて穴の中を落ちて行くと、一〇階分くらいの廃船の層を通過したあと、視界が一気に開けた。


 蜘蛛の巣の最下層にあったのは巨大なドーム状の空間で、廃船の壁に囲まれた海上を船やイカダが行き来している。



「下は空洞になっていたのね」



 私は落下しながらも余裕で周囲を観察するアイリスをお姫様抱っこして、



「飛ぶよ?」


「きゃっ!?」



 目についた足場へと【短距離転移】した。


 人気の無い桟橋に着地して私の腕の中で赤くなっていた婚約者を下ろすと、アイリスは幸せを噛み締めるように喜んでくれた。



「んんっ……ありがと!」



 どうやら私の紳士的な対応は好評だったらしい。


 うむ、やはりイケメンというのはお得だな!


 こういうキザな言動をするだけで好感度がモリモリ上がっていくのを感じる。



「けっこう人がいるみたいだから逸れないように気をつけてね?」


「ええ!」



 そして自然と私の腕に抱き着いて恋人繋ぎをしてくるアイリスを受け入れて、私は改めて蜘蛛の巣の最下層を観察した。


 そこは廃船の壁が地上一〇〇メートルほどまで積み上げられ、すっぽり海を覆うように造られたショッピングモールのような空間だった。


 廃船の壁には船室を利用した店舗が並び、酒に酔った海賊が暴れたり、人外種族が目当ての品物を探して行き来している。


 さらに海の上にもイカダの足場や客を乗せた小船が浮かんでいて、海から上がってきた【魚人】や【人魚】たちがイカダや船にいる客を相手に呼び込みを行っていた。



「――お魚~、お魚はいかがですか~?」


「――西大陸からの漂流物を仕入れたよ! 中身を確認してない樽が今なら金貨五枚だ!」


「――ねえ、そこのかっこいい海賊さん……ちょっとこっちにおいでよ……あんただけに人魚の秘密を見せてあげる♪」



 どうやらここにいる商人たちは素人から玄人まで幅広く物を売っているらしく、ほとんどは海から取れた海産物や漂流物を販売しているみたいだった。


 ちなみに最後の人魚さんは鼻の下を伸ばして近づいてきた海賊を海に引っ張り込んで身ぐるみを剥いでいたので、おそらく強盗の類だろう。


 なるほど、これが【廃船市場】か。


 その雑然とした巨大ショッピングモールに私は目を輝かせ、となりのアイリスを見ると彼女も私と同様にワクワクしているみたいだった。



「二人で買い物って初めてね!」


「…………そうだね?」



 確かにこれまで私たち悪戯っ子が行動する時は必ずリドリーちゃんがくっついて来ていたから、アイリスとこうしてまともなデートをするのは初めてである。


 いちおうここにはシャルさんもいるけれど……アイリスの性格をよく知っている愛剣は賢明にも三人目がいることを主張せず『剣のフリ』を貫いてくれた。



「…………」



 腰にある愛剣から『頼むから今は突っ込むなよ?』という無言の圧力を感じる……。


 流石に私もシャルさんの存在を主張して恋人の機嫌を損ねるほど空気が読めなくはないので、アイリスに手を引かれるままデートを楽しむことにした。



「行きましょうっ!」



 鼻息荒くショッピングに向かう恋人の姿に、私も覚悟を決める。


 だいたいこういう買い物イベントでは男がただの財布として扱われ、ボロ雑巾のようになるまで引きずり回されるものと相場が決まっているけれど……かわいい婚約者を喜ばせるためならば私は喜んでこの身を擦り減らそう。


 そんな覚悟で私は近場にあった洋服を山積みにした船のほうへと連行されていく。



「いらっしゃい! かわいいお嬢さん! 新作のドレスを仕入れてるよ!」



 小綺麗な格好をしたアイリスを見た店主が良客だと思って声をかけてくるが、しかしアイリスは洋服店を見向きもせずに通り過ぎた。



「あれっ!? 見て行かないの?」


「? 服なら使い切れないほどアルル師匠にもらったから、今はまったく必要ないでしょう?」


「ああ、うん……確かに…………」



 たとえ大量に服を持っていたとしてもさらに服を欲しがるのが貴族のお姫様だと思っていたのだが、どうやらアイリスは無駄な買い物をしないタイプの女の子らしい。



「あっちに食材店があるわ! 安くて品質の高い小麦粉があるか探しに行きましょう!」



 揺れるイカダの上を器用に飛び移りながら目当ての店を梯子して行くアイリス。


 食材店、薬草店、香辛料店と、いくつかの商船で必要な物を必要なだけ買い込むアイリスは楽しそうだったが、女の子が好きそうな装飾品店すら素通りする彼女に私は思わず訊ねた。



「……ね、ねえ? アイリスはアクセサリーとか興味ないの? なんなら船ごと買ってあげるけど?」



 暁工房の稼ぎを使えばいけるだろうと思って提案するが、しかしアイリスは少し考えてから首を横に振る。



「補助効果を付与してくれる物なら興味があるけれど、さっきの店にあったのはただの指輪とかネックレスだったから使わないと思うわ。剣を振る時の邪魔になるし」



 あなたが特別に選んでくれた物なら喜んで身に着けるけど、と補足してくれるアイリス。


 そのままサクサク買い物を進めていく婚約者の姿に、私は故郷にいるとある女性の影を幻視した。



「……母様そっくりだ」



 思い返してみれば、もともとアイリスは普段着を三着くらいしか使っていないし、その普段着ですら丈夫さや動きやすさを重視する傾向がある。


 長いこと元冒険者である母様から剣を習っていたことで影響を受けてしまったのだろうけれど……私はその影響を肯定的に受け止めた。


 美人で、頭が良くて、浪費癖が皆無とか……理想の恋人か?


 すでに買い物リストの半分以上を購入してくれているアイリスとの買い物は、実に男らしくてストレスフリーだった。



「次はロレッタたちの寝具を探しましょう」


「すぐに店を調べるね!」



 素敵な婚約者を持って嬉しくなった私はアイリスの目指す店を探すためにスマートメアリーを操作する。


 思念操作で検索エンジンに『家具店 寝具』とキーワードを入力すれば、販売している端末とは違ってすべての機能が解放されている私の端末はすかさず目的の店の情報を表示してくれた。


「大きな家具は壁のほうで売ってるみたいだよ? メアリーによれば七階にある家具店がオススメみたい」


「メアリーのオススメなら間違いないわね」



 スマートメアリーは私とアイリスとリドリーちゃんが好む情報を優先して表示してくれるため、家具店リストの最上段にある店の場所を告げると、アイリスは迷うことなく私の手を引いて歩き出す。



「あっ!?」



 しかし彼女はすぐに立ち止まって、家具店とは別の方向へと足を向けた。



「……なにか欲しい物でも見つけたの?」



 物欲しそうな声音に宝石でもおねだりされるのかと私が身構えると、アイリスは生花を売っている小舟へと駆け寄って、そこで売られていた一輪の花を手に取った。



「これ……覚えてる? あなたがエストランド領に来た私に初めてプレゼントしてくれたお花……この島の近くにも生えていたのね……」



 となりにある宝石店よりも花を愛でる少女の姿に、私は花屋の店主へと金貨を手渡す。



「この花ぜんぶください」


「ふふっ! ひとつあれば充分よ?」



 …………天使かな?






     ◆◆◆






 それから妻に飲ませる爪の垢を求める花屋の店主に金貨袋を渡してお花の定期購入契約を済ませ、私は頭に花を装備した最高のお嬢様といっしょに必要な買い物を済ませた。


 スマートメアリーを取り出して確認したところ、時刻はまだ午後二時三〇分くらい。



「――だいぶ早く終わったね。このあとどうしようか?」



 私の問いかけに、アイリスがデートに満足したと判断したシャルさんが声を上げる。



「妾は冒険したいのじゃ! ここの奥から強い魔力を感じるからな!」



 念のためアイリスのほうに視線をやると、彼女は軽く頷いてシャルさんの提案に乗ることを了承してくれた。



「ここには【骸骨亀】の【中層】より下へと入る道があるんじゃないかしら? 首の開口部からなら甲羅の中にも出入りできると思うし」



「ああ……確かに亀ってそういう身体の構造してるもんね……」



 この島の【表層】は巨大亀の甲羅の上に堆積した土の上にあって、【中層】はその土の下にある地下空間――つまりは甲羅の上に造られている。


 そして肉の無い骸骨亀の甲羅の内側ならば、さらなる空間が広がっていてもおかしくないだろう。


 それにシャルさんの言う通り、【廃船市場】の奥からは強大な魔力が漂ってくるのを感じるのだ。


 そちらの方角には廃船が密集していて簡単には進めないだろうけれど、奥まで進んで行けばなにか面白い物が見つかりそうである。



「それじゃあ、もう少し遊んでく?」


「ええ、せっかくだからこの機会に冒険してみましょうか? 私も【中層】の下になにがあるのか気になっていたし」


「うむ! 怪物が出てきたら任せるのじゃ! 妾がグサ―ッと殺ってやるからな!」


「剣を振るのは僕たちだけどね?」



 そしてもう少し遊ぶことを決めた私たちは、さっそく【廃船市場】の奥へと向かうことにする。


 七階から海面の下に薄く見える巨大亀の頚椎の方向を確認し、その付け根を目指して積み重なった廃船の山を探検していくと、やがて私たちは海の上にひとつの入口を見つけた。



「あれは……魚人用の商店街かな?」


「イカダの足場が続いてないから、船で入ればいいのかしら?」


「とりあえず近づいてみるのじゃ!」



 シャルさんの提案に従って、私とアイリスはそこへと向かった。


 廃船の壁に造られた階段を下りて行き、次の階段を探したけれど近くに見つからなかったので、面倒になって手すりを乗り越え飛び下りる。


 私は【血液操作】で足場を作り、アイリスはスティングさんと同じ方法で海面へと着水し、そのまま海上を歩いて見つけた入口へと向かう。


 廃船の岸壁にポカリと開いたその海上通路の前まで行くと、そこには『入船禁止』の看板が掲げられており、そこから先には海上を歩いて移動するしかないことがわかった。



「……一般人は立ち入り禁止ってことね」



 無理をすれば泳いで入ることもできるだろうけれど、ここの海には強盗人魚が生息しているので水に入るのはやめたほうがいいだろう。


 水面を歩く特殊技術がないと利用できない通路へと入って行くと、そこには左右に飲食店の屋台が連なっていた。


 入口の近くにあった【蛸人族(ダゴン)】の女店主が、私とアイリスの姿を見て目を丸くする。



「おっ! 吸血鬼がここに来るなんて久しぶり! 君たち水の上を歩けるなんて器用だねぇ!」



 その店ではリドリーちゃんが好きな【リコの実】に飴を薄くコーティングした林檎飴のような物を売っていたので、私は適当にお金を取り出しながら情報収集することにした。



「五つください」


「まいどっ! ひとつ銀貨三枚で合計銀貨一八枚ね!」



 計算が間違っているけれど、私はあえて指摘せずに二枚の金貨をお姉さんの蛸足へと握らせる。


 だいたい金貨一枚で銀貨一〇枚分以上の価値があったはずだから、これだけあれば足りているだろう。



「ミストリア王国の現行金貨で支払いね! えっと……こっちは少し擦り減っているから銀貨一二枚分で……こっちは欠けも無くて綺麗だから銀貨一三枚分と計算して……」



 ……これだからこちらの世界の買い物はめんどくさいのだ。


 私や母様が金貨で支払いをするのも、この一枚ごとに価値の異なる通貨を扱うことが嫌いだからである。


 アイリスに頼めばチャチャッと値段交渉を済ませてくれるのだが、今回は情報料も兼ねているのでそのまま受け取ってもらうことにする。



「お釣りはいりませんよ」


「えっ!? こんなにもらっていいの!?」


「その代わり、少しお話を聞かせていただきたく」


「ああ、そういうこと……」



 すぐにこちらの望みを理解してくれたダゴンのお姉さんから五つのリコ飴を受け取って、そのうちの二つを影の中のメアリーへと手渡す。


 一つは食べていいけれど、もう一つはリドリーちゃんに持ってってあげてね?



 ぷるっ!



 私の指示に従ってリコ飴が転送されるのを確認して、私は残りの飴をアイリスとシャルさんに配ってから、ダゴンのお姉さんにこの通路のことを聞いた。



「――ここは私たち魚人や人魚の神殿みたいな場所でね? このまま通路を奥へと進んで行くと、ラグナリカ様とミストリア様の神像が祀ってあるのよ」



 それから詳しく聞いたお姉さんの話によれば、この道はお寺や神社の前にある参拝客向けの商店街らしい。


 なんでも彼女たちは双月神の他に、巨大な亀の神獣であるザラタンのことも信仰対象にしているらしく、この先にあるのは主にザラタンへと祈りを捧げるための場所なのだとか。



「……それなら頭で祈ったほうがいいのでは? 灯台の周りなら綺麗なお花畑もありますし」



 先ほど甲羅の上から見た景色を思い出しながらそんな疑問を投げかけてみると、ダゴンのお姉さんは苦笑した。



「あっちは聖域だから侵入禁止よ? 勝手に入ろうとしたら殺されちゃうんだから」



 その聖域とやらに出入りしている子を知っているので横へと視線を向けると、アイリスは肩を竦めてお姉さんの言葉を肯定した。



「確かに無許可で入った者はキノコの苗床にされているわ」



 じゃあこの島で売られているキノコって……いや、深く考えるのはやめておこう……。


 そして情報収集を済ませた私たちは、お姉さんにお礼を言ってから通路の奥へと進んで行く。



「坊っちゃんはあんまり奥に行かないほうがいいからねー」


「?」



 なぜかお姉さんからそんな忠告をされたが、その理由はすぐに判明する。


 途中で美味しそうな物を購入したり、土産屋を冷やかしたりしながら最奥部まで進むと、やがて奥から清らかな力が流れてくるのがわかった。



「ん? 神聖気?」


「けっこう濃密に漂っているわね……どうりでほとんど吸血鬼を見かけなかったわけだわ」



 私はもう神聖気でダメージを受けないから気づかなかったけれど、おそらく【廃船市場】で感じた魔力の中にも、微量の神聖気が含まれていたのだろう。


 その大元が気になって足早に通路を抜けると、通路の先は聖堂のように厳かな空間となっており、その奥で蒼く輝く巨大な魔法陣が海面から上半分だけ顔を出していた。



「うわっ……すごっ……なんだこの魔法陣!?」



 それはこれまで目にしたどんな魔法陣よりも複雑で、同時にまったく無駄のない洗練された作りをしていた。


 優れた頭脳を持つ私は大半の魔法陣をひと目見ただけで解析できるのだが、この魔法陣に関しては基本的な機能すらも理解できない。


 そのあまりにも高度なその術式をどうにか読み解こうとしていると、となりでアイリスが唖然と呟く。



「……なぜかしら? あの魔法陣からミストリアの力を強く感じるわ」



 その言葉にシャルさんが呑気に反応した。



「そりゃあ当然じゃろ。ここはミストの家なのじゃから」


「「ええっ!?」」


「入口を見たら思い出したのじゃ! そもそもザラタンはミストとラグナの家を護る神獣じゃったわ!」



 急に凄いことを思い出す愛剣にドン引きする私とアイリス。



「……つまりここは」


「……実際に神話の女神たちが暮らしていた場所ってこと?」



 私たちの予想に、シャルさんは遥か遠い昔を懐かしがるように笑った。



「うむ! ミストがラグナを閉じ込めようとして創った、頭のイカれた愛の巣なのじゃ!」


「「ええ…………」」



 女神の家を護る魔法陣の前には、二柱の女神像が、なぜか仮面を着けた姿で祀られていた。






田舎暮らしの吸血鬼2巻 3月25日に発売予定です!

なにとぞよろしくお願いいたします!

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あれ?ミストさんは創造神だけじゃなく、ラグナさんも溺愛してたってこと? 二股&男女おかないなし? あと、闘神と鬼神は別にいて、鬼神(の生まれ変わり?)はリスさんってことでいいよね? 間違えてたら、…
脳ナシのシャルさん。 名前は『体と合体した時に思い出した』と、魔眼の使い方は『眼が覚えている』と言っていたけれど、昔の記憶はどの部位に残っていたのかな~ 第2巻、会社の近くの大型書店で売っていたので…
魔法陣は閉じ込め用かな...?
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