第123話 双月神の秘め事
SIDE:ノエル
神々が実在するこの世界において、基本的に信仰の対象はその国を統べる王族の祖神となる。
特に中央大陸の【東部連合】と呼ばれる国々はその毛色が強く、王族が宗教的な最高指導者でもあるためわかりやすいのだが、私が生まれたミストリア王国に関しては少し事情が異なっていた。
ミストリア王国で信仰されている神様は【双月神】である。
蒼月神ミストリアと金月神ラグナリカ。
この二柱の女神はミストリア王国と西大陸、さらに南部諸島を含む【双月同盟】と呼ばれる地域で広く信仰されており、そして私が今いる【蓋門島】は、地理的に言えばおよそ双月同盟の真ん中に位置していた。
かつて父様に教えられた地理の知識を思い出しながら、私は自分が立つ場所の特異性を再認識する。
「なるほど……つまりここは【双月教】の聖地だったのか」
おそらくこの島の存在が秘匿されているのは【門】があるというだけでなく、ここにある魔法陣のように、双月神が創った神造物が数多く島の中に存在しているからだろう。
そんなこの島の事情を察したところで、同時に私は【蓋門島】で多く見かけた種族についても納得した。
アラクネに合成獣、そして吸血鬼。
これらはみんな錬金術の開祖である金月神ラグナリカによって生み出された種族だ。
そしてゾンビにレイスにスケルトンなど、死霊系の存在は蒼月神ミストリアと深い繋がりを持っているのだろう。
アイリスが【燐気】を扱えるように、蒼い瞳を持つ私が死霊魔術の才能に恵まれているように、蒼月神ミストリアもまた死霊魔術と深い関わりがあるはずなのだから。
もしかして魚人もまたどちらかの女神の関係者なのかと思考を巡らせながら、私はアイリスの手を引いて神が創った魔法陣へと近づいてみる。
「【神古紀】の技術って本当にぶっ飛んでたんだなー」
近くで見ると蒼と銀の光を放つ巨大魔法陣はいくつも重ねられており、おそらく別次元を利用した技術が使われていることがわかった。
「……ノエルはこれを解読できるの?」
「ちょっとだけならね」
すべてを解読しようと思ったら数百年はかかるだろうけれど。
そんな見解を伝えるとアイリスは少し遠い目をして、「このこともお父様には黙っておきましょう……」と、ハルトおじさんへの報告を諦めた。
ミストリア王家に関係しそうなことだから、ミストリア王国の貴族として行動するか悩んでいたのだろうけれど、下手に報告したら蓋門島とミストリア王国がこの魔法陣を巡って戦争になってしまうだろう。
それくらいの価値をこの魔法陣から感じながらさらに詳しく調べようと近づいて行くと、目の前に到着したところで魔法陣が形を変えた。
「えっ!?」
「おおっ?!」
グニャリ、と私たちの前だけ開いた魔法陣。
まるでそれは『通っていいよ』と言われているみたいで、私とアイリスが困惑していると、横から杖を突いた亀人のお爺さんが話しかけてきた。
「……おやおや、あなたたちはミストリア様の血を引く方でしたか。中に入っても構いませんが、あまり深入りすると【天騎士】が襲ってきますのでお気をつけください」
どうやらこの結界は蒼月神の血に反応する仕組みらしい。
ミストリアの血を引く人はそれほど珍しくないのか、特に驚くこともなく警告してくれるお爺さん。
「「天騎士?」」
私とアイリスが同時に首を傾げると、亀のお爺さんは「ホッ、ホッ」と笑って顎ヒゲを撫でつける。
「この中はミストリア様の愛の巣ですからな。彼女とラグナリカ様以外の者が立ち入ると、たとえそれが血縁関係者でも防御機構が発動してしまうのです」
「ああ……」
なにやら納得したらしいアイリス。
それにしても蒼月神って金月神のことが好きだったのか……だからミストリア王国は同性愛者に寛容なのかもしれない。
イザベラさんとセレスさんもけっこう堂々とイチャついていたし。
続けて亀のお爺さんは防御機構について詳しく教えてくれる。
「【天騎士】というのはラグナリカ様を閉じ込めるために創られた不死身のゴーレムでして、彼らは巣を荒らす侵入者にも襲い掛かってくるのです」
「ああ…………」
二回目の納得ボイスを出したアイリスは、祖神のイカれた所業を知って耳まで赤くした。
「……人の振り見て我が振り直せ、とはこのことじゃな」
赤面するアイリスに呆れて呟くシャルさん。
まあ、アイリスもゴリアテを愛の巣に改造しようとしていた節があるから、この黒歴史を見て考えを改めてくれることを期待しよう。
この話を聞き続けるとアイリスへの精神的ダメージが大きそうなので、とりあえず私は彼女の手を引いて魔法陣の中を覗いて見ることにする。
「すぐに戻ります」
「お気をつけて」
いちおう亀のお爺さんに一言入れて魔法陣をくぐると、そこは青空の中に無数の白い廊下と階段が浮かぶ不思議な空間だった。
白い廊下の幅は三メートルくらい。
その下を見ても、そこには青空と白い道が続いているだけで、他には何も見当たらない。
「うわ、なんだここ……長くいると気が狂いそう……」
「ここはミストの頭の中みたいなもんじゃからな……ラグナへの愛が重たすぎるのじゃ……よく見てみろ主君、お主の足元に狂気の歴史が刻まれておるわ……」
「?」
シャルさんに促されて真っ白な廊下を凝視してみれば、そこには細かく古代文字が刻まれていて、それらは日記のような内容を延々と綴っていることがわかった。
私はすべての古代文字を解読できるわけではないけれど、ところどころ読み取れる箇所から内容を推測するならば、だいたいこんな感じだろうか……。
『――今日はラグたんの服に私の指が当たった! これはもしかしなくても運命かもしれない!』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――しゅき? いや大しゅきっ! 今日のラグたんはなんと私と目を合わせてくれた!』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――ラグたんに三億回目のプロポーズをしたら「……私、好きな人がいるから」って返事をもらえた……それってつまり私のことだよねっ!?』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――ラグたんと出会ってから六九七四年と二ヶ月六日五一分三七秒が経った。ラグたんへの愛は今日も深まるばかりだ……だから私はラグたんの捨てたティッシュを食べることにした』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――今日はラグたんを愛の巣に招待した。魔導騎士を半分くらい壊されちゃったけれど、まだ巣の中にラグたんの香りが残ってる……そうだ、これを参考にラグたんの香水(神器)を創造しよう』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――……ラグたんに神器を没収された……でも本気で殺しにくるラグたんもかわいかった♪』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――なんと今日はラグたんの髪の毛を手に入れたっ! つまりこれは遺伝子を抽出して神工的に子作りしても良いってことだよね!?』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
『――私のラグたんが悲しんでいる……それもこれも全てはあのクソ神が世界を滅ぼそうとしたからだ……ぜったいぜったい許さねぇ……』
『――ラグたん! ラグたん! ラグたん! ラグたん!』
……これは私の意訳だから本来の蒼月神はこんな言葉使いではないだろうけれど、内容としてはおよそ間違っていないだろう。
なにやら神々の黒歴史の一部を垣間見てしまったが、真実を語ったら双月教の信者に消されそうな内容だったので、私は目にしたものを記憶から消そうと努力する。
「気をつけろよ、主君……ミストの血筋は愛する者と十分なスキンシップが取れないと、やがて暴走してこんな感じになっていくのじゃ……」
シャルさんからの警告を聞いて、チラッ、とアイリスのほうへと視線を向けると、彼女は両手で顔を覆って現実逃避するように蹲っていた。
「……あうぅ…………」
耳まで真っ赤になっている様子を見るに、彼女もこの呪詛の内容を解読してしまったらしい。
「……大丈夫だよ、アイリス。たとえ君が【先祖返り】の半神でも、先祖と君は別人だって僕はわかってるから」
婚約者の背中を擦りながら私がフォローを入れると、アイリスは首を横に振って、廊下の一部に細い指先を向ける。
「違うの……私はノエルとすでに夫婦だから、こうはならないってわかってるんだけど……ここに知りたくない歴史が記されていたの……」
私とアイリスはまだ婚約者だが、しかし藪を突いてヘビを出すこともないのでスルーして彼女が指差す古代文字へと目を向けると、そこにはこんな狂気が刻まれていた。
『――玉のような女の子が生まれた! 髪の毛から生み出したからラグたんの要素は0.001%くらいしかないけれど、それでも間違いなく私とラグたんの子供だっ! 超かわいいっ!』
『――ラグたんっ!!! ラグたんっ!!! ラグたんっ!!! ラグたんっ!!!』
「これ、たぶんミストリア王国の始祖王様のことよ……」
「「うわぁ…………」」
自分の国を起こした偉大な王様がこんな狂気から生まれたと知ってしまったら……それは確かに目を覆いたくもなるだろう。
あまりの醜聞に私とシャルさんがアイリスの心境を察して同情していると、白い廊下の先に一体の全身鎧が舞い降りた。
ガシャッ、と六枚の光の翼を広げて着地した鎧は、おそらく亀のお爺さんが言っていた【天騎士】だろう。
優雅なフォルムの女性用アーマーが腰から剣を引き抜く。
アイリスは一瞬戦うべきかと迷ったようだが、すぐに遠くの青空からも【天騎士】が飛んでくるのを見て撤退を決断した。
「……戻りましょう」
「……うん」
私もこの空間に長居したくはないため、すぐに彼女の言葉に従って魔法陣へと引き返す。
我々が後退する姿勢を見せると【天騎士】はその場で停止して、追ってくる様子もなかったため無事に外へと戻ることができた。
「いかがでしたかな?」
穏やかに訊ねてくる亀のお爺さんは、この神域を管理する神官なのだろうか?
ほんの二、三分の滞在だけでどっと疲れた私とアイリスは、声を揃えて感想を口にする。
「「頭がおかしくなりそうでした……」」
「そうでしょうとも」
神妙に頷いた亀のお爺さんは、ホッ、ホッ、と笑い、続けて魔法陣の左右に設置された神像の由来を教えてくれた。
「かつてこの島で研究に明け暮れた金月神ラグナリカ様は、その美しさ故に仮面を片時も手放さなかったといいます」
大陸側にある双月神の像は普通の美女の姿をしていたが、聖地であるこの場所の像こそが本来の姿なのだろう。
どうして金月神が仮面を着けていたのかを理解して死んだ魚の目になる私とアイリスに、亀のお爺さんは続けた。
「そしてまたラグナリカ様に会う者たちもまた、片時も仮面を手放さなかったといいます……吸血鬼たちは顔が整っていますから、特に」
……仮面って太陽光対策ではなく、蒼月神への嫉妬対策だったの?
神妙に語るお爺さんへとアイリスが質問する。
「……ならばなぜ、ここにあるミストリアの像まで仮面を着けているのですか?」
人々が顔を隠す元凶になった蒼月神まで仮面を着けていることに彼女が首を傾げると、亀のお爺さんは、ホッ、ホッ、と笑って胸に右手を当てた。
「それは愛です……金月神様への深い愛故に、蒼月神様も仮面を着けているのです……」
「「ああ…………」」
好きな人と同じ格好がしたかったのね……。
「……やつに比べたらアイリスはまだかわいいほうじゃな…………」
神像へと意識を向けながら呟くシャルさん。
最後に亀のお爺さんが神官らしく、私たちへと助言をくれる。
「異界から流れ着いた言葉にこのような格言がございます――『触らぬ神に祟りなし』と。お若い方々、これに懲りたなら、この島の【深層】を探ることはやめておきなされ」
それは興味本位でここまでやってきた私たちへの戒めでもあるのだろう。
私とアイリスは敬虔な信者の如く、深々と頷く。
「……その言葉、魂に刻んでおきます」
「……ええ、嫌でも忘れられないもの」
冒険の結果、吸血鬼たちが持つ仮面文化の背景を深く知ることができたものの……私たちは今すぐ【忘却薬】を大樽いっぱい飲みたくなった。




