第120話 買い出しとお茶デート
SIDE:ノエル
スマートメアリーを使ってリドルリーナ様の応援活動を開始した翌日。
朝のうちに戦闘訓練と変身術の修行を行い、相変わらず繁盛している携帯ショップをおっさん二人と三人娘に任せて、私はアイリスといっしょに買い物に出かけることにした。
家の前で我が家の台所を管理するスティングさんからメモを受け取り、髑髏の仮面と外套を装備した私は買い物リストに目を通す。
「小麦粉と調味料に食器類に寝具が三組と……足りない物がけっこうありますね?」
予想外の方向に商売が成功してくれたから当面の生活費を稼ぐことには成功したけれど、収納魔法を使って我が家の巨大倉庫になっていたリドリーちゃんが拉致されたことでいくつかの日用品も足りなくなっていた。
私の確認に【龍神族】の青年が頷き、真面目な顔で手書きのメモを指差す。
「あの便利な侍女がいなくなったうえに一気に人数が増えたからな、今日は主にすぐに必要な物と嵩張る家具を買ってきてくれ。人手が多いことはありがたいが……生活を整えんと捜索活動もままならん」
スティングさんは変身術を得意とするマティアス探しに時間がかかると判断しているようで、まずは地盤を整えてから活動する腹づもりらしい。
どうも彼はこの島に突撃してカプランさんに捕まった経緯があるみたいなので、今度はじっくり計画を立てて仇討ちの相手を探そうとしているのだろう。
ときどき食材の買い物ついでに島の調査をしているみたいだが、スティングさんは主に島の歴史や人口調査をしているみたいなので、その行動からは長期戦を覚悟している様子が窺えた。
ちなみに三人娘とジェフおじさんはスティングさんの神炎料理をバクバク食べていたので、今のところはマティアスが化けている可能性は無いらしい。
私はそこらへんまったく考えずに雇っていたのだが……【変身術】とは実に厄介な能力である。
スティングさんは自分の身近にマティアスが潜伏していないかを確かめるために【神聖気】を含んだ神炎料理を利用しているみたいだった。
……ただの料理好きじゃなかったんですね?
意外と細かいところに気を使ってくれていた青年は、子供を導く保護者のように買い物先の情報を教えてくれる。
「買い出しに行くなら【廃船市場】に向かうといい、坂を下って海沿いを【骸骨亀】の首に向かって行けば容易く辿り着けるだろう」
その説明にアイリスが納得した。
「ああ……あそこには市場があったのね」
「知ってるの?」
私の質問にアイリスは頷く。
「まだ入ったことはないけれど、灯台に向かう時に見かけたわ」
ふむ……つまりアルルさんに呼び出された時に見ているわけか。
「それじゃあこうすれば迷うことはなさそうだね?」
彼女とはぐれないように私が恋人繋ぎで手を握ると、アイリスは頬を赤く染めた。
「ええ、今日は私がノエルをエスコートするわ」
どうやら彼女が詳しい場所を知っているようなので、道案内は任せるとしよう。
家を離れる前にアイリスが人で溢れる店内で働く三人娘へと声をかける。
「あなたたち、なにか困ったことがあったら赤板で連絡するのよ?」
「「「はい! お姉様!」」」
なんとも現代日本的なやり取りをしつつ、元気な返事を聞いた私は剣の姿にしたシャルさんが腰にいることを確認し、アイリスと手を繋いだまま店から離れた。
「行ってくるのじゃ!」
護身用の愛剣であるシャルさんはともかく、今日は私が美少女を三人も眷属にしてしまったお詫びのデートも兼ねているので、ロレッタちゃんたちは店番である。
ジェフおじさんはもともと店の雑用係として雇っているし、スティングさんは高度な【変身術】を使うというマティアス対策のために店に残ってもらい、そして私とアイリスとシャルさんは言われた通りに【学食通り】の坂道を下って行く。
そして私を先導してくれるアイリスは家から一〇〇メートルほど離れたところにあるカフェに入って、私たちを見送っていたスティングさんが、カクッ、となった。
「ここのパンケーキがとっても美味しいの!」
……すみません……今日は買い物よりもデートがメインみたいです。
遠くから子供の買い物を心配してくれていたスティングさんに軽く頭を下げ、私はアイリスに引っ張られてカフェへと入る。
どうやらここは【迷板亭】の系列店らしく、レイラさんと同じ【鬼幽】系の店員さんたちが出迎えてくれた。
「「「いらっしゃいませ、お嬢様」」」
「いつもの二つ」
「かしこまりました」
ひとりの女性定員が厨房へと注文を伝えに向かい、残りの二人が私とアイリスを席まで案内してくれる。
我が家の下にある【学食通り】には数十件の飲食店が連なっているため、私はまだこの店には入ったことがなかったのだが、どうやらアイリスは何度か利用したことがあるらしい。
「いつの間に開拓していたの?」
だいたいいつも一緒にいるので不思議に思って訊ねると、店内を歩きながらアイリスがこの店の常連になった経緯を教えてくれた。
「アルル師匠に連れてきてもらってるの。あの人は死霊系の賢者だから、こういった店では顔が効くみたい」
そう言って半透明の店員さんたちを見るアイリス。
ああ、なるほど……だからアイリスが『お嬢様』なんて呼ばれているわけか。
アルルさんの紹介だからVIP扱いを受けているのだろう。
当然のように私たちは海を眺めることができる最も良い席に案内され、店員さんたちが引いてくれた椅子に座ると、ものの三〇秒もしないうちにアイリスが注文したパンケーキと紅茶が運ばれてくる。
「「おおぅ……」」
それは分厚い生地が十段重ねになっているうえに、フルーツとホイップクリームがこれでもかと盛られていて、そのバケツサイズのデザートに私とシャルさんは愕然とした。
さっき昼食を食べたばかりなんですけど……今からこれに挑むの?
チラッ、とエスコートしてくれたアイリスのほうを窺うと、彼女はさっそくパンケーキを切り分けて、お行儀よく、しかしフードファイターのようなペースでバケツパンケーキを切り崩していく。
今日の彼女は【変色】の魔法で黒くした長髪をポニーテールにくくり、アルルさんにもらった地球風のピーコートとタイトなパンツでコーディネートを纏めているため、なんともインスタ映えしそうなデザートを食べる彼女の姿に、私はまるでここが日本のカフェのように思えてきた。
「ふふっ」
「? どうしたの?」
思わず零した笑い声に、アイリスが首を傾げる。
かつての故郷を思い出していたと言ったら心配されそうなので、代わりに私はデートらしく恋人のオシャレを褒めることにした。
「いや、今日の君はいつもより綺麗だと思って」
「……もう……ノエルったら……」
赤面して片手を差し出してくるアイリス。
その手を握ってイチャイチャしていると、
「うぐっ……砂糖を吐きそうなのじゃ…………」
剣の姿のままシャルさんが追加の注文をした。
「コーヒーひとつ、ブラックで!」
……この島コーヒーまであるの?
それから私はシャルさんといっしょに自分の分のバケツパンケーキに挑戦したが、二人で一枚食べたところでギブアップして残りをアイリスに食べてもらう。
シャルさんが注文したコーヒーはちゃんと店のメニューに載っていたため、モリモリ食べる恋人の姿を眺めながら、私もコーヒーを注文して香りを楽しんだあと口にする。
「ん、土っぽい……たんぽぽコーヒーみたいなやつだこれ……」
普通に紅茶が出てきたからコーヒーもあるかと思ったのだが……どうやらたんぽぽに似た植物を使った代用品をコーヒーとして販売しているらしい。
コーヒー豆が見つからなかったのか、それとも地球から流れてきた資料を間違って解釈したのか……独特の風味を持つ偽コーヒーはあまり口に合わなかった。
ちなみにエストランド領で飲んでいたお茶は、この世界特有の茶葉を使ったものや、黒豆を炒ってお茶にしたものである。
この島に来た時に見た私の愛車や【迷板亭】のインパクトが強くて今まで気にしていなかったが、紅茶もコーヒーに似た物もこちらの世界で目にしたのはこの島が初めてだった。
偽コーヒーはともかく、いろんな世界から物が流れてくるらしいこの島で紅茶がよく飲まれているということは、それだけ地球産のお茶の品質が高いということだろう。
どうやって茶葉を手に入れたのかは知らんけど……この島は【神古紀】からあったらしいから、神々がいた時代なら調達する方法があったのかもしれない。
故郷の文化が異世界で根付いていることに少しだけ優越感を抱きつつ、私は口直しにエストランド領で飲んでいたこっちの世界のお茶を注文する。
「すみませーん、『リュカス』をひとつ」
「私も同じ物を」
私に便乗してアイリスも愛飲しているお茶を注文した。
地球の言語だとお茶を指す言葉は『チャ』か『ティー』だったけれど、こちらの世界におけるお茶を指す言葉は『リュカ』となる。
地球のお茶に『チャイ』があるように、こちらの世界でも『リュカ』に一文字加えたお茶はいくつかあって、エストランド領でよく飲まれているのが『リュカス』だった。
確か普通の『リュカ』とは製法が違って、茶葉を蒸した後に錬金術で雑味を抽出したものが『リュカス』だったかな?
懐かしい紅茶を飲むのもいいけれど、やはりこういったお茶は普段から飲み慣れているもののほうが口に合う。
そう思って注文すると、店員さんは困った顔をした。
「申し訳ございません……そちらはただいま茶葉を切らしておりまして……」
「え?」
その回答に私は首を傾げ、店員さんの背後の壁に並ぶリュカの茶葉が詰まったガラス瓶を指差す。
「……そこにリュカがあるんですから、あとは加工すればいいだけでは?」
「え?」
今度は私の言葉に店員さんが首を傾げた。
なにやら会話が噛み合っていないみたいなので、私は実際にやってみせることにする。
「それじゃあこれでそこにある茶葉をそのままください」
買い物用に持ってきた金貨を一枚差し出すと、困惑しながらも店員さんは小さなガラス瓶に入った茶葉をくれたので、私は父様の真似をして茶葉の加工を行った。
やり方は実に簡単である。
茶葉が入った瓶の上に右手を翳して【抽出】の魔法をかけるだけ。
リュカの中に含まれる魔素の見分けなんて誰でもできるんだから、あとは最も多い魔素が残るように調整してあげればいいだけなのだ。
抽出した雑味の魔素は凝固させてメアリーのオヤツに。
実家のリビングで父様がよくやっていた茶葉の加工を思い出しながらリュカスを完成させ、私はお気に入りの茶葉が詰まったガラス瓶を店員さんへと返す。
「これでお茶を入れてください。残りの茶葉はぜんぶあげますので」
「あ、はい」
なにやら途中から表情を固くしていた店員さんはなぜか私に十枚の金貨を手渡すと、茶葉を大切そうに抱えて店の奥へと引っ込んで行く。
……なんでお金くれたの? 迷惑料かなんか?
意味不明な店員さんの行動を茶葉を切らしていたお詫びと解釈し、買い物資金を増やした私が前に視線を戻すと、そこではアイリスがフォークに刺さったパンケーキを持ち上げたまま固まっていた。
「? どうしたの?」
今度は私が首を傾げると、アイリスはフォークをお皿に置いて嘆息した。
「あのね、ノエル……リュカスって滅多に手に入らない高級茶だから……」
「??? うちでは毎日飲んでたけど?」
アイリスの家にも常備されてたし。
「それは義父様が加工できるからで……この島でもそこそこ希少だし、大陸では三年待ちくらいが当たり前なのよ?」
「メルキオルのやつもたいがい器用じゃからなー」
アイリスの言葉に同調するシャルさん。
「ええ……なんでそんなに? ものの一〇秒もあれば加工できるのに……」
我が家で飲まれているお茶の秘密を教えられて衝撃を受ける私に、アイリスはさらにリュカスの知識を教えてくれる。
「だから普通はもっと加工に時間がかかるの……高価な専用の設備を揃えて、普通の錬金術師が真っ当な【錬金術】を使って、半年くらいかけて雑味を抽出して……【古代錬金術】を使ってこんな加工ができるのは一握りの天才くらいよ?」
「なんだって!?」
つまり私はいつの間にかチート能力を手に入れていたということか!
茶葉の加工というチート能力を!
まさかの情報に思わず私は席から腰を浮かせたが……すぐに冷静になって腰を下ろす。
…………うん、微妙。
一〇秒かけて加工した茶葉の利益が金貨九枚って……これなら普通にスマートメアリーを売ったほうが儲かるじゃん……。
加工の作業工程もずっと続けられるほど楽しいものではないし、だいたい私は金貨を複製創造するチート能力をすでに手に入れてしまっているので、父様から教わった茶葉の加工は趣味として楽しむ程度のものになりそうだった。
父様直伝のチート能力の利益率が低いと判断した私は、ちょうど届いたリュカスの香りを楽しみながら、ティーカップを掲げてアイリスへと微笑む。
「高級茶を飲みたくなったらいつでも言ってよ。アイリスが望むだけ用意してあげるから」
なんともセレブなその発言に、アイリスはパンケーキを頬張りながらジト目を向けてきた。
「……ノエルはこの店をひとりで使うの禁止だから」
「え? なんで?」
続けてアイリスは高級茶が入った自分のティーカップで私の背後を差し示し、それに吊られて振り返ると、そこでは三人の女性店員たちがギラギラした瞳で私のことを見つめていた。
「デートでこれを飲ませてもらうのって、女の子たちの憧れなのよ」
そう言ってアイリスは、私が作った高級茶を自慢するように口にした。
田舎暮らしの吸血鬼2巻 2026年3月25日に発売予定です。
数多の秘密を抱える田舎村に足を踏み入れてしまった行商人視点の番外編も書いてみたので手にとっていただけましたら幸いです。




