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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第三章 暁月夜、仰ぐ東天に星宿の瞬くこと

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第30話 ラリッサ・マシャドは知っている

 ラリッサ・マシャドは恋を知らない。


 学校で、あるいは街角で見聞きする恋愛模様は、ラリッサにとって本や芝居の中で描かれる物語と違いのない絵空事であった。


 好きな人はいる。でもその気持ちは、みんなが言う「好き」とは別の感情だ。


 自分が恋の当事者になることはないと、受け入れられたのはいつ頃だろう。

 諦めと同時に、もう一つの確かな思いを抱いたことは憶えている。




  *




 (みお)が姿を消した。異界の悪魔に取り憑かれてから、一ヵ月ほどが経った朝の出来事であった。


 街へ捜索に向かった(けん)()・ジャンルカとは別に、ラリッサは心当たりに従って宿を出発した。




 案の定、(とうげ)(みち)の途中で澪を発見する。


「やっぱりこっちに来とったんね」


 返事はない。澪はただ、観念したように足を止めた。

 ラリッサは後ろから歩み寄り、澪が被った麦わら帽子をそっと外した。


 振り向きざまの赤い目元が、こちらをじっと()めつける。こぼれ落ちた長い髪の左半分が、すっかり白髪に変わっていた。


「何で……ここだって、わかったの……?」

「わかるよ」


 女の勘というほど大層なものでもない。自分であれば、こんな姿を人に見られたくはないと考えるはずだから。


 それに、ほかの理由もある。


「……この先が自殺の名所だから?」

「澪ちゃんはそがぁなことせんじゃろ」

「そんなの……わかんないよ?」

「わかる。うちの知っとる澪ちゃんは、献慈くんこと一人にしたりしないけぇ」


 ラリッサが言い終わらぬうちに、澪は両手で顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。


「でも、献慈は……こんな姿になった私のこと……」

「するわけないじゃん」

「……嫌いに、なるかもしれないでしょ」


 絞り出すようなくぐもり声がいたたまれず、ラリッサは自分も身を低くした。


「ならんよ」


 否定しつつ、不安も頭をよぎる。


「……もしかして献慈くん、澪ちゃんこと触ったりしてくれんようなったとか?」

「…………」

「ごめん、うち()いたらいけんこと……」

「……してる……けど。毎日」

「しとるんかーい!」

「……フフッ」

「あはは」




 少しだけ普段の調子を取り戻した(みお)を、ラリッサは道脇の適当な岩へ座らせる。


「ほんまは知っとった。こっちの方、『扉』があるかもしれんのんじゃろ?」

「うん。リッサは頭いいね」


 以前に(おん)(みょう)(りょう)が調べてくれた、湖畔の遺跡とは別の候補地のことだ。


「でも、多分無理よ。霊脈の歪みは消えとるし」

「わかってる。一か八か、私の中にある異界の因子に反応してくれないか、()けてみたかったの」


 澪が顔を逸らす方向へ、ラリッサは回り込みつつ隣に腰を下ろした。


「異界の……あの時戦った悪魔のことよね?」

「とどめを刺す直前、ためらっちゃった。この子からしてみたら、突然訳のわからない世界に迷い込んで、不安で暴れてるだけなんじゃないかって」


 澪の性格を思えば察せられる。もしかすると、同じように異世界からの迷い子である(けん)()の境遇を重ね合わせてしまったのかもしれない。


 おそらくはその瞬間、澪と悪魔の精神は同調してしまったのだ。


「澪ちゃん、今も悪魔の声が聞こえよるん?」

「今日はまだ……でも、やっと名前教えてくれた。カーヴェっていうんだって」


 カーヴェは『扉』の向こうから迷い込んだ姉妹・オーサを探し出そうと、この世界に(とど)まるため、澪に取り憑いた。


 しかし、推測が正しければオーサとはおそらく、あの日(じゅう)()(せい)が討伐・送還したほうの悪魔である可能性が高い。


 現在、オーサも『扉』もこの世界には存在しない。この行き違いを解消するには、カーヴェを異界に帰してやるしかないのだ。


 だが、澪と同化してしまっているカーヴェだけを、どうやって?

 答えは、ラリッサを含めて誰も持ち合わせていない。


「それにしたって無茶じゃ。もし仮に『扉』が開かれたとして、(みお)ちゃん一人が危険に(さら)されるんよ?」

「でも! 私一人のことで、みんな、また……」


 澪は過去、母親の仇討ちに仲間を巻き込んだという負い目があるのだ。ましてや今回の事態は、自分が判断を誤った報いであると思い込んでいる。


 澪は明らかに冷静さを欠いていた。

 だからといって、それを言葉で(さと)すのは今すべきことではない。


「澪ちゃん、一旦帰ろっか?」


 女子たるもの、行動あるのみ。


「い、今から?」

「うんうん、わかっとるよ。しょぼくれた顔で帰るん、たいぎいけぇね。たちまち気分上げとかんといけんよね」


 ラリッサは、戸惑う澪を尻目にメイク道具を取り出した。


「え……?」

「うちに任せんさいや!」




 (みお)は手鏡を前に、目をぱちくりとさせていた。


「これ……私……?」


 左右に白黒半々となった髪は綺麗にセットされ、心労で荒れた肌は化粧で見事に整えられている。


 無理に健康を取り(つくろ)わず、あえてゴシックな雰囲気に寄せてみた。

 ラリッサが引き出した、澪の新しい魅力がそこにあった。


「ほうよ。ぶち気分上がったじゃろ?」

「うん」


 病みメイクに(ふち)()られた瞳は、活き活きと輝いていた。


「今はアドリブじゃけぇ、あとでもっと格好良うしちゃげる――」


 出し抜けに、澪が体を寄せてきた。


「ありがとね。リッサ」


 友のぬくもりは、幼き日に見つけた希望とよく似ていた。

 病弱で孤独だった少女を優しく包み込んでくれた、祖母のあたたかみ。


 大切な人から受け取った真心を伝えたくて、ラリッサは抱擁する。


「澪ちゃん……」


 ラリッサは恋を知らない。

 でも、この胸を満たす気持ちを、どう言い表せばいいのかは知っている。


「大好きよ」

(みお)(変異) イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330667761750939

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