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くにつほし九花烈伝〈レトロモダン活劇 第二幕〉  作者: 真野魚尾
第三章 暁月夜、仰ぐ東天に星宿の瞬くこと

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第31話 極星烈士

 その男は茶店の軒先で団子を頬張っていた。


 (よわい)六十とは思えぬ黒々とした巻き髪と顎ヒゲ、獣人の羊角が目を引いた。着ているのは大陸の装束である(チャン)(パオ)で、腰に巻いた帯との間には倭刀を差している。


「よう、ルジ公。お前さんも一服して行くかい?」


 男の親しげな口ぶりが瑠仁(るじ)(ろう)を迎えた。いや、実際迎えに来たのはこちらのほうなのだが。


「ご厚意かたじけない。(しか)れど、ご多忙な先生を拙者ごときが(とど)め置くわけにも参りますまい」

「そうかい。なら早速、お(ひい)様の所へ案内してもらおうかね」


 男は(しょう)()(だい)に勘定を置くと、一足のもとに瑠仁郎の隣へ跳び移る。立ち上がった動作すら視認できぬほどの機敏さであった。




 竹林を走り抜け、川を飛び越え、野山を駆け上る。

 瑠仁(るじ)(ろう)の真横には、(パオ)(すそ)をなびかせる男の姿が常にあった。


「いい風が吹いてらあ。眺めも最高だ」


 忍者の早足に軽々と並走しながら、景色すら楽しむ男の余裕に、瑠仁郎は内心舌を巻く。軽功の妙技も()ることながら、常人とは心の持ちようがまるで違う。


「ところでこないだの邪教騒ぎ、ルジ公も活躍したんだってな。二等に昇級する日も(ちけ)えんじゃねえのかい?」

「そう願いたく。拙者も早く皆と肩を並べられるよう精進するでござる」


 瑠仁郎たち一般の烈士は、一等烈士を頂点に六等までの等級で格付けされている。

 例えば今現在、(じゅう)()(せい)新月組(しんげつぐみ)のメンバーでは瑠仁郎と(けん)()が三等、ほか全員が二等烈士である。


「お前さんたちは出世が(はえ)えよな。この分じゃお(ひい)様も二、三年で上級の仲間入りかねえ」


 上級烈士とは、一般烈士と一線を画する強者たちで、二つの等級に分かれている。


 全世界にわずか百名余り、一騎当千の「明星(みょうじょう)烈士」。

 明星をも(りょう)()する傑物、人中の騏驥(きき)たる七人の「(きょく)(せい)烈士」。


 そんな極点の七星に名を連ねる一人こそがこの男――


(ズー)(シェン)先生、あの庵にござる」

「おう、ありがとさん」




 瑠仁(るじ)(ろう)たちは小さな山荘の前で足を止めた。主である幽慶(ゆうけい)の姿はなく、ほか二人の仲間が出迎える。


 先に進み出た(うる)()が、(ズー)(シェン)に向かって(うやうや)しく(きょう)(しゅ)する。


「ご足労を(わずら)わせて申し訳ございません、師父」

「オレが来たいと言ったんだ、気にするな。それよか『師父』ってのはやめてくれ。お前さんに武術を教えたのは気まぐれにすぎねえんだ」


 礼を返しつつ、紫深は香夜世(かやせ)の差し出した腰掛けに座った。


「承知しました。先生」

「まあ、細けえことはいい。〝四刻式〟を見せてみな」

「はい」


 潤葉は大太刀を抜き、(とう)()――一連の技を(つな)いだ型――を演舞する。

 まさにこの〝四刻式〟こそ、師弟の出会いを繋いだ套路であった。




 (おう)()出身の(ズー)(シェン)だが、幕府の長である将軍(ショーグン)とは懇意の仲であり、護衛としてたびたび旧都を訪れてもいた。


 ある日、旧華族の集まる宴に呼ばれた折、会場の隅で退屈そうに佇む財閥の令嬢に目が止まる。

 ()(なぐさ)みに、自身が修める(ミョウ)(トウ)(ジュツ)の基本套路を見せてやった。


「こいつはな、百回繰り返すと百倍強くなれるんだ」


 幼き令嬢はその言葉を真に受けたのか、紫深の動きをひたすらに真似て見せる。

 酒が入っていたこともあり、気を良くした紫深は小さな弟子に正しい姿勢の手ほどきをして場を去った。


 数年後、再会した令嬢――谷津田(やつだ)(うる)()は、見違えるほどの使い手に成長していた。


 套路には流派の真髄が込められている。あの出会いの日以来、何千、何万回と型を繰り返すうち、潤葉の気は練り上げられ、技は研ぎ澄まされていたのだ。




 そして今。

 見る者が見れば、研鑽の度合いは一目瞭然であろう。


「いい功夫(クンフー)を積んでるようだな」


 (ねぎら)いもそこそこに、(ズー)(シェン)は次なる試験を弟子に課した。


「それでは……」

「本番だ。悪魔を(ほふ)ったお前さんの絶招、撃って来な」


 徒手空拳、身構えすら取らず、紫深は(うる)()の正面に立つ。

 潤葉もまた(ちゅう)(ちょ)なく、秘剣〈(じゅう)()(りゅう)(せい)()〉の構えに移った。


「ご無礼を」


 確殺の気合い――背負い太刀と抜刀が瞬息の間に交差する。凄絶なる剣気が、無防備な紫深の身を四つに斬り裂いたかに見えた。


(捉えた――……否)


 瑠仁(るじ)(ろう)の目に写ったのは、大きく後方へ飛び退(すさ)る潤葉と、


「やるじゃねえか。大したもんだ」


 その場から一歩も動かず、団子の串をつまみ持つ(ズー)(シェン)の立ち姿であった。


 自分へと向けられた、ささくれ立った串の先端を見て、(うる)()は何を思うだろう。


「まだ腰の物を抜くには値しませんか」

「十年早えよ。……十年後はひょっとするかもしれねえが」


 紫深の手放した串は、時間差で塵となって消し飛んだ。




 (ズー)(シェン)を小屋の中へと招き入れ、四人は卓を囲む。


「今さら訊くが、和尚はお出かけかい?」

「今日は新月組(しんげつぐみ)の所へ出向いています」


 茶を注ぐ傍ら、香夜世(かやせ)が答える。


「〝太刀(たち)(ばな)〟の娘がアタマ張ってるチームか」


 紫深と(おお)曽根(そね)(みお)の母親の邂逅については、瑠仁(るじ)(ろう)たちも耳にしていた。


 二十余年前、当時明星烈士の(ズー)(シェン)、片や二等烈士〝太刀花の君〟。実力差こそ明確ながら、高みを目指す執念の刃は星に届きかねないほどであったと。


 さながら今の(うる)()のように。


「澪君は僕に道を示してくれた人だ。こんな所じゃ終わらない」

「……ほう。何かは知らんがその話、オレも一枚噛ませちゃもらえねえかい?」


 眼光炯々(けいけい)たる(ふる)(つわもの)の目元に、笑い(じわ)が刻まれた。

(ズー)(シェン) イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/mano_uwowo/news/16817330669378312924

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