95章
上昇するエレベーターの中で要=テタルトは、誰に指示された訳でもなくレーザーライフルをセットし、背中にイカロスを装着した。そして脳内でエクトが喪失した状況及びモニターを通じて又聞きしたエドの報告の内容から、これから起こるであろう未来を想像する。
「そんな事したって無駄だよ」
要の脳内に幼い男の子の声が響く。
「未来で起こる事を見て、今何をすべきか正しく判断出来るのは不動の掟とその息子だけだ。僕たちは彼らにはなれない」
「だがこのまま黙ってエクトと同じ道を辿ってられるか!」
要が言い返すとほぼ同時に男の子の声が止み、エレベーターが地上階に到着した。ガゴンッという音を立てて扉が開きかけるとほぼ同時に、要=テタルトは扉の僅かな隙間へレーザーを発射した。
レーザーの進む先は暗闇だった。細長い筋が暗闇に溶け込むように吸い込まれて行く。扉が完全に開ききると、例の黒いモヤモヤとした煙が泥の様にエレベーターの中へ流れ込んできた。
要=テタルトは煙に触れない様にエレベーターの扉の上部の縁に片手だけでまるでロッククライミングをするかの様にぶら下がった。そしてもう片方の手で奥のスペースからエアボードを取り出すと、両足に装着した。
「外の様子は何か見える?」
「いや、真っ暗で何も」
モニターからの質問にもまともに答えられない程に真っ暗闇の状況下で、厳しいな、と要は小さくつぶやくとイカロスを起動させ、腕力の勢いを使ってエレベーターの外へ飛び出した。
暗闇の中はあちこちから錆びた鉄のような臭いがした。要=テタルトは顔をしかめ、レーザーライフルを再度発射した。その光で僅かでも暗闇を打ち消そうと思ったのだ。だが、要の予想に反し、レーザーライフルの光は数メートル先で突然屈折した。進路を変えられた光は、別方向へ進みながら、あるものを浮かび上がらせた。
「あれは…?!」
あるもの、それは暗闇の中でミイラの様に縛られたエクトの姿だった。それを見た要は、何故か第2の生を受ける前の、海底に鎖でつながれた自分自身の姿を重ねずにはいられなかった。
「待ってろ!今解放してやる!」
要=テタルトは飛行しながらミイラ状のエクトの周辺を狙ってもう一度レーザーライフルを発射した。その時、テタルトとエクトの間を遮る様に、地面が盛り上がり、触手の様にテタルト目掛けて襲いかかってきた。
「美崎君!引き返して!」
モニター越しにスイの声がした。要は悔しげにミイラを一瞥すると、そのまま踵を返してエレベーターに向かって一目散に戻った。エレベーターの中に入ると即座に扉を閉めるボタンを押した。
扉が完全に閉まる寸前、黒い煙の塊がテタルトを追ってエレベーターの内部へ入り込もうとした。だが完全に遮断され、煙は砂の様にはらはらとエレベーターの床に落下した。これで地上の外部とはまた切り離され、テタルトは地下へと降下し始める。
「せっかくエクトを見つけたのに連れて帰れなかった。すまない」
「気にしないで。美崎君が無事に戻って来れただけでも良かったわ」
地上から戻ったテタルトは酸化鉄の臭いを発していた。正確には血の臭いではあったが、要はずっとその臭いを嗅ぎ続けていた為か気分が悪くなった。
「大丈夫?」
要の様子に違和感を覚えたスイはそっと話しかける。
「俺は問題ない。ただ、エクトを解放できなかったのが悔やまれるだけ…」
「そうだね、上手くいかなかった事は残念だった。でも、次はどうしたら良いか、考えてみましょう…私も一緒に考えてみるわ」
要は無言で頷くと、スイをその場に残してアリッサのラボへ向かって行った。
翌日、会議室のモニターにはテタルトが見たエレベーターの外の様子やレーザーが屈折した時の様子などの静止画が映し出されていた。
「それで、君達はエクトを放棄すると言うのだね?」
落ち着いた様子でドゥーリトルがテーブルを挟んで向かい合うドリーとフェイ、そしてカビーア・ラジャンとドミニク・ブラウネルに問いかけた。
「はい…テタルトにより外の様子をいくらか確認は出来ましたが、エクトを回収するにはコストもかかりますし、何よりもパートナー達にとってもハイリスクです。他のアバターを犠牲にする訳には…」
「そうか。ところでエクトのパートナーの様子はどうなったのか?」
「バイタルサインは確認出来ているのですが、相変わらず意識が戻らない状態が続いています」
「この件について他の支部には相談したのか?」
「いえ、まだ…」
「なるほど。では早急にアフリカ支部へコンタクトを。この状況についてライオネルの見解を知りたい」
「…承知しました」
「所長、外部への公表はいかがします?」
「人工衛星からの映像は確認出来ているのか?」
「衛星ラムペティエーからのデータが受信出来ております」
「ならば地上でゲートが塞がれた旨だけを公表を。現時点でエクトの事は非公開とするように」
ドゥーリトルの即断により物事は再び大きく動き出した。
アメリカから10時間の時差を進むネオ・ムセイオンのアフリカ支部にて、ムハンマドとハーリドは大会議室に呼び出されていた。
「君達のペアリングが共に成功した事は、アフリカ支部もやっと他の支部と対等に並ぶ資格を得たということだ。君達の努力に深く感謝する」
「…ありがとうございます、ドクターオケレケ」
人当たりの良さそうな表情で答えたのはハーリドだった。
「それで、俺達を此処に呼び出したのは何か理由があるんだよな?」
「口を慎め、ミード」
「良いんだハーリド、その通りだよ諸君。エヴドモとして同調に成功した君達には次のフェーズへ進んで貰いたい」
「次のフェーズ…イカロスでの移動ですか?」
「そうだ。また併せて大西洋横断に向けて長時間の同調に耐えられるかも適正を見たい」
カール・オケレケの発言にムハンマドは心を躍らせた。
「本当に?俺達がアメリカ支部の奴らと対等になれるって事ですよね?」
「そうだ、それも夢じゃない。それどころか我々は今アメリカ支部が面している危機を救う事で、一気に立場を逆転できる可能性だってある」
「危機…?アメリカ支部で何が起こったんです?」
「デビューしたてのエクトが地表で失われたという話だ。衛星写真によると、地表に覆い被さった『何か』の中に取り込まれてしまったという説がある」
「『何か』って?ジンでも現れたとでも言うんですか?」
「それは分からない。だが、その正体を突き止めるためにアメリカ支部は大騒動してるという話だがね…」
「ふうん」
ミードことムハンマドはちらっとハーリドに視線をやった。ハーリド、アフリカ支部におけるチーム3の若き責任者は使命感が燃え始めたような表情を浮かべており、それを見てミードはまたあーあ、と半ば諦めたような顔付きをした。
「ミード、ハーリド、君達エヴドモはまずは他のアバター同様イカロスでの飛行とレーザーライフルの使用が地上で可能なレベルまで到達してもらいたい。いいね?」
「はい、ドクターオケレケ!」
「だけど、どうして平和維持軍や世界連合は動かないんですか?」
「ミード!」
ムハンマドの中には今回のアメリカ支部で起こった状況に対し、ネオ・ムセイオンがどうして素直に外部からの協力を求めないのか、という疑問が根底からあった。
「それは我々ネオ・ムセイオンの独立を守るためだよ、ミード。我々が自由に国境の縛りなく研究を続けていくためには、アメリカ支部でこれ以上失態を晒すわけにはいかないのさ」




